10

  寮を出るとすでに陽は落ちて暗くなっていた、だが夜といっても人通りは少なくない、労働者は仕事が終わりこれからが稼ぎ時の店も多いだろう。


 どこか良い店がないか探しがてら、この辺りの土地勘を身につけておこうと考え、アルスは何の当てもなくブラブラと辺り一体をしらみ潰しにさまよい歩き、王都の本通、裏通り、路地裏、その他いろいろなところを歩きつくした。


 そうして二、三十分ぐらい経っただろうか、ある程度地理も把握した頃に、アルスの鼻をくすぐるような良い匂いが漂ってきた。

 匂いに釣られて辿り着いた先は本通から少し逸れた脇道に古ごけた一軒家、に見えたが入口玄関に掛けられた木の板には営業中の文字、入口の右側には看板が立て掛けられていて正真正銘レストランのようだ。店の名前は”コロン”というらしい、変わった名前だなと思った。


 お腹もだいぶ減らしたアルスは今さら店を選んでいる余裕もなければ、お腹が満たされればどこでも良かった、アルスはコロンというお店に足をすすめた。


 アルスがドアノブに手をかけて開けようとした瞬間、中からドアが思い切りよく開けられ、中から出てきた人とアルスは出会い頭にぶつかった。


 アルスはぶつかった頭を押さえながら、相手の人相を確認しようとしたがなぜか全身を黒いマントで覆い隠しはっきりと見えない、身長や体格からして男であることは確かだ。

 それでも相手が焦っていることが行動で分かる、焦っている理由もすぐに理解できた、男はマントから出た右手にギラリと街灯に照らされて光るナイフを持っている。


 「クソが、邪魔なんだよ」


 相手は毒づくと辺りを見渡してぶつかったアルスを発見すると、ナイフを構え臨戦態勢に入った。

 

 これは非常にマズいことになった、王都は決して治安は悪くないと聞いていたのだがどうやら今回はハズレクジを引いてしまったらしい、まさか護身用と勝手に決めつけたグラムで本当に護身することになるとは世の中分からないものだ。


 相手がこのまま逃げてくれるならそれを見送ったというのに、相手は何故かアルスにナイフを構えている、これは自分が両手を挙げて降伏しても相手は確実に殺しに掛かってくる、アルスも覚悟を決めてグラムに手を掛け剣を抜き放とうとする、


 「あれっ?」


 抜けない、、、

 何故だ、相手に悟られぬように今度は鞘を左手で押さえ右手で柄を思いっきり引きぬこうとするがまったくビクともしない、


 それを見て相手は勘付いたらしく素早くナイフをアルス目掛け刺突してきた、剣を抜くことを一時断念し右側に辛うじて躱すと躱した拍子に足のバランスを少し崩してしまう。気のせいか身体も思うように動かない、体勢を立て直し剣を抜くこと自体をやめて鞘ごと構える、殴打して倒すに作戦変更だ。

 斬ることを目的にした剣といえど鞘で殴れば、大人一人倒すことなど容易である。


 しかしこの男強盗とはひと味もふた味も違う、先ほどしてきた先制の刺突にしても隙を少しだけ見せたからといって、そこらの人間が見極められるような仕草は一切していない、今もむやみに襲ってくるのではなくこちらの隙を伺っている、手練れというよりも暗殺を生業にしている者の動きだ、だからこそアルスに自分を目撃されてしまい瞬時に消そうとしたのだろう、これはとても厄介だ。


 そう考えていると、男が飛び出てきた店から新たに少女が出てきたそれも顔は血で濡れて悲惨な状態になっている、目の前の男にやられたのは明白だ。

 そんなことをされたはずの少女が何故出てきてしまったのだ、アルスは頼むから気付かないでくれと願いながら少女と男との距離をなるべく離そうと少しずつ後方へと下がりながら睨み合いを続けていると、


 「兄さんの剣を返して!」


 少女は悲痛な声を出し男の背中を睨んでいる。

 男も気づいたようで少女の方向へは向かずに一瞬だけ視線をずらしてすぐに視線を戻す、さすがに隙を見せてはくれない、しかしアルスは男の目を見て動揺していることが見て取れた。


 男はアルスを追うことをやめじりじりと元に戻りはじめる、アルスが動くと思った瞬間には男は地面を勢いよく蹴り飛び退りながら身体を方向転換、標的を変更して少女がいる方向へと疾走していく。


 アルスもその動きを瞬時に察知すると、男を追いかけようと走り出すが間に合わない、そう判断したアルスは走るスピードを抑え気味にして右手に持ったグラムを振りかぶり男の身体を狙って投擲した。


 グラムは回転しながら風を切る勢いでぐんぐんと男に迫っていく、男が気づくとスピードは落とさずに左手をグラムの方向へとかざす、すると男の手に当たるかと思われたグラムが寸前でピタリと止まってグラムが地面に落下した。

 男はギフト持ちであることが分かるとアルスが舌打ちをする。


 これではほぼ勝ち目がない、アルス自身もギフトを持っている、それを使えば戦うことも撃退することもできるだろう、しかし今アルスはギフトどころか身体もロクにコントロール出来ない。


 見れば男はすでに少女の前に立ちナイフを振り下ろそうとしている。


 「逃げろ!」


 アルスはもう遅いと分かりながらも咄嗟にそう叫ぶ、少女がビクッと体を震わせたがそれ以上の変化はない。

 目の前で人が殺されるのはイヤだ。


 アルスの願いむなしく男が少女にナイフを振り下ろした、瞬間アルスの目には男の身体に閃光が迸ったように見えた。


 「我が妹に手を出そうとは兄である私が許さない」


 ブロンドヘアをなびかせながら正義に満ち溢れた声ははっきりと朗らかに告げられた。


 夜にもかかわらずそこだけ昼間が訪れたかのようだった、実際に空から光の筋が一本落ちてきてその光が炸裂したと思えば、次の場面はナイフを落として横たわっている男と少女を後ろに庇い堂々とした青年が男を見下ろしているという図になっていた。


 「訳わかんねえ」


 アルスはそう呟かざるを得なかった。


 

 


 


 

 


 


 


  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る