5
コンコンと扉を叩く音が響いた。
ここはシグルズ学園の学長室、ルーシアは今日はお客さんが多いものだわと少しほくそ笑み、どうぞと訪問者に返事を返した。
ルーシアは今日編入生のアルスを招き入れて会話をした、そして今回が二度目の訪問者だ。
学長室で事務仕事をしていることがほとんどのルーシアは外部と接触することはまずない、来賓客も秘書のランや副学長が対応してしまう、ゆえに二度というのはルーシアにとって希少な体験といえた。
アルスと会話をしてまだ一時間と経っていない、アルスはきっとあの時の会話で少なからず苦手意識をもたれただろうとルーシアは考えている。
あの時ルーシアはアルスに理解者として気軽に相談してほしいと言い、それに対しアルスはありがとうと言った。
理解者とは二重の意味でルーシアは言っていたのだがあの様子ではもう一方の意味はハールからまだ知らされていないらしいとルーシアは分かった。
しかしルーシアはあの秘密のことであるとしても、あれが本心から出た言葉とははなから思ってなどいなかった、実際にルーシアの読みは合っている。
それほどアルスの心境は複雑なことも理解している、でなければルーシアがあそこまでの口を利くことはできない。
「失礼しますよ、学長」
「あら今度のお客様はあなたですか、ロットくん」
「白々しい、分かってたんじゃないですか俺がドア叩く前から」
「どうかしらね」
実際にルーシアは分かっていた、ロットが教室を出た時から、それでもルーシアはわざとらしく肩を竦ませてみた。
「そんなことよりアルス君はあのクラスで馴染めそうかしら?」
「あいつらとなら馴染めるでしょう、まあ馴染めなかったとしても無理にでも馴染んでもらわないと、この先困りますがね」
ロットは適当な返事を返すがルーシアはなら良かったと安心した様子だ。
「それで俺が来たのはそのアルスのことでお尋ねしたいことが」
ルーシアは何かしらと続きを促す。
「単刀直入に聞きますが、彼は何ですか?」
「アルス君はただの学生ですよ」
ルーシアはわざとらしく
「確かにただの学生に見ていたでしょうね、事前に調べていなければ」
少しルーシアの目を細められたがロットは気にしない。
「それで何か分かったの?」
「ええ彼、アルスの直近過去三年の情報が一切無かった、それどころかアルスの情報自体ほとんど噂レベルのものばかりだ」
それならとルーシアが言いかけるが、ただとロットが語気を強め強引に言葉を続ける。アルスの目の前で面倒くさいと言っていた時のロットが、今は鷹の目のように鋭い眼光である。しかしルーシアは動じる様子が一切ない
「それが一つの可能性を示している、一年前のあの事件の首謀者と言われる組織”ラグナロク”、確かあの組織の人間も出所が今も不明な奴らばかりだった、一年という間を開けてひっそりと一人や二人が表舞台に出てきても不思議じゃない」
ロットはまだもう一つの証拠を持っているが、今はこれだけの証拠で十分であると判断した。
ルーシアはロットの言葉を最後まで聞き終えると、諦観したのかしばらく室内の天井の斜め上を見据えて、そうねぇと呟いた。まるで誰かを思い浮かべているようだ。
そうしてしばらくしてからロットの方向を向き直ると口を開いた。
「ロットくん、私たちと共に罪を背負う覚悟はあるかしら?」
ロットは悟った、アルスがラグナロクに所属していたことを認めさせた、させてしまった、つまりここまで知ってしまったロットを味方に取り込み口止めしようとしているのだ。
「それ無いって言ったら俺どうなっちゃうんですか?」
それでもロットは平静を装い、おどけてみせる。
「私みたいなおばあちゃんが、ロットくんを如何こうできるわけないじゃない」
相変わらずど下手なウソをつくものだとロットは内心笑った。
「分かりましたよ、元々無ければこんなことしませんって」
ロットはアルスの正体を問い詰めるためにルーシアに会いに来ただけだったが、まさかアルスの秘密にルーシア自身関わっているとは思ってもいなかった。
「それじゃあ聞かせてもらいましょうか学長の言う覚悟ってのを」
ロットは先ほどまでの鋭い眼光ではなくなり、ただ深々とルーシアの話し出すタイミングをうかがう。
当のルーシアといえば胸に手を当て呼吸を整えているようだ。しかしそれは第三者から見たらの話であり、実際は周囲に部外者がいないかを調べているのだ。
ルーシアは人がいないことを確認すると、元から姿勢の良い背筋がさらにピンと伸びる。そして、
「私たちはこの国に反旗を翻す計画をしているの」
ルーシアは静かに凛とした声音で王都に謀反を起こすことを告白した。
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