この世界の学校は一般的に初等と中等教育の二段階に分かれている。

 初等では六歳から八歳の二年間に四則演算や読み書きなどの基礎教育を受け、初等を卒業すれば中等に進学して初等で学んだことの応用を二年で徹底的に学ぶ。

 そうして卒業する時に発表される総合成績で選択できる職業が決められる。成績優秀者は幅広い職業選択ができ、逆に成績平凡な者の選択肢は限定される。


 初・中等教育は義務教育だ。しかしこの教育を受けている者は四割程度というのが現状、それは金銭的な面も要因に挙げられるが、もう一つ大きな要因として親がしている仕事を継ぐ世襲制がこの世界ではほとんどであるということだ、教育を受けることよりも小さい頃から親の仕事を手伝い一人前になることが、最も安定していて家系も存続させることができるからだ。


 そうした現状や教育体制を知りはじめて体制改革したのが、現国王のグラディア・ラークである。彼は初等教育と中等教育だけではこの国を進歩させる人材は生まれないと考え、新しい教育機関を設けることにした。


 そうして設立されたのがシグルズ学園という専門教育機関だ。 




 アルスが教室内へ入るとそこはだだっ広く無駄な空間が多いように感じた、それもそのはずだ。教室にいる生徒の数は四人、机の数は五つだけであり、室内の空間と人数がまったく合っていないのだから。


 「それじゃあ紹介するが、今日から編入してきたアルスだ仲良くしろよ」


 ロットは教卓に書類を置くと、隣にいるアルスを紹介した。


 「アルスと言います、これからよろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げて四人の生徒の反応はというと、寝ている少女と本を読む少女に寝ている男子、真面目に聞いているのはメガネを掛けた知的そうな少年だけだ。


 「まあ何だ、こういう奴らということは分かってくれ。交流は俺の話が終わったあとにじっくりと深めてくれ」


 少人数なのはもしかして不真面目だからという理由ではないのかと思えてくる。ということは自身も不真面目という理由でここへ入れられたのか、とアルスは落胆した。


 「アルスの席は一番後ろにあるから座ってくれ」


 ロットは一番後ろの机を指差した、これだけ少人数だったら言われなくても空席のところを見れば分かる、アルスは言われたとおりに指定された席に着席した。


 「仲間が増えたことだからみんなにはもう一度伝えておくが、俺を困らせるような面倒くせえことだけは起こすなよ、という訳で今日のHR《ホームルーム》は終了だ、明日も遅れるなよ」

 

 と、ロットはそういって教卓に置いた書類をつかむと早々に教室からでていってしまった。

 学校とはこんなにラフなものなのだろうか。

 学校に行ったこともましてや勉強などしたことのないアルスはこれが普通ではないことが今のアルスには分からなかった。

 

 それにしてもあの人はなぜ教師なんてしようと思ったのか、心の底から疑問を抱からざるを得なかった。


 HRが終了したことで自然と生徒だけになり話し掛けるチャンス。 

 ただ、先ほどの自己紹介をほとんどが聞いていないことを考えると話しかけれるのは一人しかいない。


 「あの、ちょっといいかな」


 知的そうなメガネを掛けた少年は帰りの支度をしていたのか、カバンを手に教科書を整理している途中だった。少年は身体ごとアルスに向けてメガネをクイッと上げる動作をしてアルスに焦点を合わせた。


 思わずアルスが上から目線になり見下ろすような形になってしまったが、この少年かなりの美形である。整った顔立ちに肌はこの室内のライトだけでも肌が艶々して輝いている。切れ長な目に瞳はロイヤルブルーでまるでそこだけ夜が訪れているように深く青い。

 アルスには到底同性とは思えなかった。


 「レイトに何か用ですか?」


 レイトと言われて、アルスは思考を巡って自分のことを名前で言っているのだと気づいた。


 「レイトって名前なのか、さっきも言ったから分かると思うけどぼくはアルスって言うんだ。普通にアルスって呼んでくれ」


 レイトはコクコクと頭を縦に振り了解のジェスチャーを示した。

 

「よければなんだけど他のみんなの名前も教えてくれないか?」


 話題など幾らでも出てくるだろうが、アルスはレイトが答えやすい話題がベストであると考えこの質問にしたのだ。

 

 「いいですよ」


 レイトはいいと許可をしてくれた、しかし表情が希薄なタイプのためか、それを快く思っているかは外見から読み取ることができない。


 「レイトの後ろの席のこの人はルチア・レイン」


 アルスは左側にいる机に突っ伏している少女を見やるが、手で顔を覆い隠し爆睡しているため寝顔どころか顔が見えない。


 「レイトの隣の席が、スパイク・ラーリ」

 

 アルスは奥側の机でこれまた寝ている少年を見た、顔が見えているが気持ちよさそうな表情で爆睡している今度はいびきのおまけ付き。


 「斜め後ろで本を読んでいるのが、ソフィア・アントラ」


 そういってアルスはルミという少女を見た。彼女を見るのは初めてではない、実際に近くで見るのは初めてだがアルスは学長と面会するために教室前の通路を通った時偶然目が合っている。


 「そしてレイトはただのレイトです。・・・こんな感じでよかったですか?」


 レイトは自身の紹介もして、アルスに首をかしげて確認を取った。

 いちいち動作が色っぽく同性ながら思わずアルスはドギマギしてしまった。


 「ああ、ありがとう」


 「それじゃあレイトはそろそろ帰ります」


 いわれてアルスはレイトの道を塞いでいることに気がつき左横へと身体をずらしたその時、


 「んっ、HR終わったの?」


 目をこすりながら、レイトの後ろの席で突っ伏して寝ていた少女ルチアが目を覚まし上体を起こした。

 ルチアのブロンドヘアがふわりと舞い、仄かに香るシャンプーの匂いがアルスの鼻をくすぐる。

 目覚めたばかりで薄目のルチアだが、そこから覗く瞳は紅く薄目でもとても目立つ。


 「おはようルチア、HRは終わったよ」


 レイトは親しげにルチアにHRが終わったことを告げた。


 「あっそうなんだありがとうレイト、、、……ところであんた誰?」


 ルチアはレイトにお礼を言った後に寝ぼけまなこでアルスに視線をシフトさせると、しばらく沈黙してからぶっきらぼうに疑問を投げかけた。


 何の脈絡もなく飛んできた質問にアルスはあっとか、えっなどとあたふたしてしまい咄嗟に答えれずにいる。そんな姿を見たルチアは何なの、と言いたげに顔をしかめた。


 「彼は今日編入してきたここの生徒で、アルスって言うんだよ」


 レイトが気を利かせてくれてアルスとルチアの間に入ってアルスの紹介をしてくれた。


 「アルス、、、あ~なんか先生が新しく編入してくる生徒が来るからって待たされてたんだったわ、あんたがその編入生か、とりあえずよろしくね」


 アルスはルチアを一見サバサバしたタイプだと思った。


 「なんか失礼なこと思ったでしょ?」


 アルスは反射的に首をブンブン横に振って否定したがじっとジト目で見られて、観念して正直に謝罪すると、ルチアはまあいいわとそれ以上の追及はしなかった。

 表情に出しているつもりは無かったが、ルチアは意外に鋭いと思った。


 「そんなことよりHR終わったならって……、もうソフィーいないじゃない」


 ルチアは自身の隣の席にいるソフィアの机を指差して一驚した。

 ソフィアはクラス内ではソフィーと呼ばれているようだ。


 「ソフィーならさっき一人で帰ったよ」


 「なんだぁそれなら皆で帰ろうよ、編入生も寮でしょ?」


 「あぁ、直接この学園に来たからまだ行ってはないけど、あとアルスでいいよ」


 この学園では各地から学びに来る生徒を対象に寮を提供している。

 どうやらルチアやレイトも寮生活をしているらしい。


 「そっかアルスね、なら一緒に行こうその方が迷う心配も無いでしょう」


 アルスにとってそれは良い案だ。断る理由も無いので返事を返すと、


 「よし、ならさっさと帰ろー」 


 「ちょっ、胸当たってるって」


 ルチアは自身のカバンを持つとアルスとレイトの肩を半ば強引に組み、アルスの羞恥の声など気にせず否応なしに教室から連れ出された。




          ――― 一時間後 教室 ———

 

 一時間前までのけん騒は無くなり、今は一つの音が埋め尽くしている。



 「スピィー、、、スピィー、、、スピィー」



 一人の赤髪の少年から発されるそれはいびきであった。



 赤髪の少年は眠る。 



 ただただ、、、眠る。



「スピィー、、、スピィー、、、スピィー、、、スピィー、、、スピィー、、、

スピィー、、、スピィー、、、スピィー、、、スピィー、、、スピィー、、、

スピィー、、、スピィー、、、スピィー、、、スピィー、、、

スピィー・・・・・・」

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