「知っているとはどういうことでしょうか?」


 「つまりアルス君が旅をしていた三年間に何があったかを知っているということ」


 過去を知っている。

 それはアルスを動揺させるには十分すぎる発言だった、さらに旅をしている三年間と彼女は言っている。

 つまり彼女は知っている、かつてアルスが所属していたグループの名を知っているのだ。

 これではまるで過去の弱みを握ったものがあからさまな脅しをしているようではないかとアルスは内心で腹立たしく感じていた。


 「それは脅しですか、それとも……」


 アルスは矢継ぎ早に言葉を紡ごうとしたが、ルーシアはそれを首を横に振り否定する。


 「そういう事ではなくてね、今のアルス君は過去に囚われているように見えてならないの、だからせめて事情を知っている私だけでも理解者として気軽に相談してほしいの」


 表情から見ても嘘を付いているようには見えない。

 要は過敏になりすぎていたのだ。たしかにルーシアは何も脅しのようなことは言っていない、単にアルスが答えを急いだだけだ。

 アルス自身は平常だと思っていたそれは本当に思い込みだったらしい。


 「ありがとうございます」


 お礼を述べるが実際アルスの内心は複雑なものだ、ルーシアは何も言わずに頷いて真剣な表情から元の笑顔に戻った。


 「最初から暗い話で悪かったわね、楽しみは後にとっておく派なのよ私」


 はぁと間の抜けた納得しているのかため息なのか微妙な返事を返すが、そんなこと気にもとめた様子はなくルーシアは話を続ける。


 「まあ楽しみなことと言っても教室のクラスをここで言うだけなんだけど、そのクラスはちょっとだけ訳アリの子たちが集められたところなんだけど、アルス君は馴染んでくれると信じているわ頑張って」


 ルーシアが認めるほどの訳アリとは一体どんなクラスなのだろう、アルスは学園に通うことが億劫になった。

 

 「教室への案内はランちゃんに頼もうかしら」


 そうルーシアが言ったのと同時に入口のドアからコンコンとノックする音が聞こえ、ルーシアがそれを許可する。


 「失礼します」


 まさかと思いアルスが振り返るとそこには案の定、ランがタイミングを見計らったかのように入室した。いったいどんな地獄耳をしているんだ。


 「ちょうど良かったわ、アルス君の教室案内お願いできるかしら?教室は例の子たちがいる所なのだけど」


 ルーシアはランに選択肢を与えているようですでに拒否権はない。


 「もちろんです」


 「良かったわ、それじゃあアルス君もランちゃんに付いていってちょうだい」


 はい、とだけアルスは返事をして、すでに退室したランに続いてドアに手をかけた。ルーシアを最後に横目で見やると楽しそうに手を振っていた。

 この人も結局ハールと同じように底が知れないというか掴みどころが全くない人だと思った。


 「それでは教室へ案内いたします」




 しばらく歩くと教室の前に男性が立っているのが見える。

 それと同時にランも歩くのを止めた。


 「こちらの方がアルス様の担任を務めるロット様です」


 ロットと紹介された男は無精ひげを生やし髪はボサボサどこか気だるそうに頭をポリポリと掻いている。ロットの年齢は外見若そうに見えるが中身や態度が中年のおっさんそのものだとアルスは思った。


 「一応お前の担任をするロット・ヴェルトだ。生徒が増えるのはメンドくせえがよろしくな」


 ロットは外見だけではなく言葉も気だるそうに喋る。


 「よろしくお願いします」


 アルスは頭を下げながら王都に入ってから普通に話せる人と会っていない気がすると思った。


 「それでは私の用事は済みましたので失礼いたします」


 ランはそう言ってそそくさとどこかへ去っていった。

  

 「まったくいつもあの人は素気ねえなあ」


 ロットはこれまた気だるそうにランの後ろ姿を見て呟く、アルスもそれには同感だ。


 「アルスって言ったか?もう分かってると思うがここがお前の教室だ」


 ロットは隣の教室を指さす、アルスはこの教室に見覚えがあった。

 それは学長室に向かう時に見た生徒が四人しかいない教室だ。


 「この教室は生徒が四人しかいねえ、少人数なのはそのうち分かることだが生徒とは仲良くやってくれよ仲が悪いとまとめるのが面倒くせえからな」


 そんなに面倒くさくて何でここで教師なんてやっているのだろうとアルスは思った。

 ロットはそんな風に思われているなど知る由もなく、教室のドアをガラガラと開け放ち教室の中へ入っていく、アルスもそれを追って教室の中に入った。

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