第15話
工学・
父の違う妹が心配そうに周囲を警戒するなか、日本から運んだ削岩ロボットと中型作業ロボットを使い、あのアルティフェックスが退避しようとしていたシェルターにむかった。
「お兄様も熱心ね。執念と言うか……」
核融合爆発によって大半は崩壊し、融けていた。しかし幸い、海水は浸入していない。大きな穴となっていて、原型をとどめていなかった。
巨大なアルティフェックスは脆くも砕け散り、熱に弱い人工ニューロンは蒸発している。かろうじて四枚の巨大パネルの枠組みが、部分的に残っている。しかし上から岩石や天井が落ちてきており、なにもかもが埋まっていた。
南部は三十時間以上眠らず、ほとんど何も食べずにロボット二基の作業を見守っている。青ざめた顔は無精ひげで覆われ、いつも着ている薄よごれた白衣は、巨大な穴を吹き抜ける風にはためいている。
トイレを終えてもどってきた浪子は、すこし距離をおいて声をかけた。
「お兄様。すこしはやすまないと」
「もう少しだ。アンナの最後の通信を分析した。発信源はここだ。
アンナは女神だ。そうだ浪子、おまえの言うとおりだ。女神の魂は不滅だ。
クヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……」
巨大空洞に不気味な笑い声がこだまする。浪子の背筋に冷たいものが走った。
しばらくすると削岩機を左手に、ショベルを右手にとりつけた全長三メートルほどの無骨極まりないロボットが、穴の底から報告した。
「メインブレインの反応有。微弱な信号をだしています。
周波数分析、アンナのものと確認」
南部の顔色があからさまにかわった。思わず暗い穴に飛び込もうとするのを、浪子がなんとか後ろからとめた。
「お兄様! 死ぬ気!」
下の瓦礫までは十数メートルある。
南部は巨大な穴のふちにはいつくばって、のぞきこんだ。
「それだ、いそげ、いそいで掘り出せっ!」
浪子は悲しげな顔をしていた。アンナの本体がのこっているはずはない。胸郭にある「脳」のデータを保存するコア・メモリーかなにかだろう。
飛行機の「ブラックボックス」のように厳重に保護されてはいる。
しかし人工ニューロンの「脳」はアルティフェックス同様、消滅しているのだ。それでも南部は狂気じみた高笑いをやめない。
「いいぞ、やっと見つけた。アンナ、わが女神よ。もどってきておくれ。
うひひひひ、いひひひひひひひひ! あはははは、けっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
信州北端の
だが今は国営自然公園もあり、半ば観光地化している。昭和も中期までは町との交流などほとんどなく、義務教育すら免除されていたという。
この深山幽谷が、真奈の生まれ故郷だった。この先は鬼か天狗の聖域、と言われる口深山集落である。古くから小さな湯治場があった。
元統合防衛官は、銃砲所持許可を当然得ている。彼女は最後のマタギだった祖父から譲り受けた九九式短小銃をかついで、森の中を歩き回っていた。
もとより獣を狩ることもない。森林野生保護員の資格を持っていて動物を守っているのだ。彼女は戻ってからすぐ、国家憲兵隊からの連絡を受けていた。
あの頼もしそうな法務一尉から、あらためていっさいが謀略参謀、田巻己士郎二等佐官の計画した「特殊作戦」であったことを聞かされた。
あの世界を支配しかねない人工頭脳「アルティフェックス」の抹殺と、そんなものを作り上げた連中の一掃のために、国際テロ・ネットワーク「真実の夜明け」を利用したのだ。
しかし潜入させたミレートスと呼ばれる元警官の行方は、国家憲兵隊ですら判らない。いっさいは情報世界の闇に沈んでしまった。
また田沢昭二法務一尉は、まだ予備役一曹である真奈に現役復帰をすすめた。 今度は国家憲兵隊の准尉として、国の役に立たないかと言う。真奈は当然のように断った。宮仕えはたくさんだった。
そのあとにユニ・コムの電池がきれ、充電もしていない。こうしてしばらく、下界との交わりをたっていた。
総てが終わっても真奈の心は晴れない。戦友を失った悲しみは当分癒えそうにはなかった。
爆音が、深山幽谷に響く。薄雲がのどかに流れる冬の青空を見上げた。
その機種はもともと、統合自衛部隊に納入されている垂直離発着多目的機「あまこまⅡ型改」の原型として開発されたものだ。
新日本機工所属の銀色の三発ダクテッドファン機は、比較的音も静かだった。 信州深山郷の山々の上を飛んでくる。真奈を探しているのはあきらかだ。
電池の切れたユニ・コムその他電子機器は、小屋においてきている。しかし静止衛星その他で、この最後の山女の位置はすぐにわかった。
真奈は森の中のやや開けたあたり、なんとかダクテッドファン機が着陸できそうな草原に立っている。直上で滞空しだしたダクテッドファン機のドアがスライドして、あの赤穂浪子が飛び出した。
高さはまだ数メートルほどある。そのとき真奈は、この美しい女性技師の両足が、ロボ・ナースと同じロボット・レッグであることを思い出した。
大事故で、付け替えたのだった。浪子は中空で一回転すると、芝居じみたポーズで片膝ついて草地に降り立った。
「おひさしぶり」
そういいつつ立ち上がると、空にむかって手を振り、ダクテッドファン機を誘導する。なかばロボット化された多目的機は周囲の木々をゆらしながら、森のなかの空間に着陸した。
そして操縦席から降りてきたのは、あのいささか爽やか過ぎて嫌味な、菅野の微笑だった。
「連絡できなくて心配したぞ」
「自分は山での暮らしがあってるよ。その後どうです」
「君にあわせたい人がいてね」
菅野が左手首のユニ・コムを操作すると、ダクテッドファン機の機体が半分ほどでわれ、中からスロープが出てきた。
そのスロープをつたわって、ゴムタイア六輪の小さな台車がでてきた。その上には「上半身」が乗せられて、小さな機械類にとりかこまれている。
真奈はその見慣れた顔を見て一瞬驚いたが、すぐに悲しげな微笑になった。
「……作ったんだね。次のアンナを。ミナベの旦那がよく納得したもんだね」
「次の、じゃないわ。あのアンナよ」
「まったく同じ顔だけど、アンナじゃないよ」
その新アンナはまだ、左腕と下半身がなかった。
「真奈、あなたが連合部隊に回収されたことは聞いた。あのミレートス嬢はどうなった」
「……はじめまして、アンナ二号。自分にしごいてほしいかい」
「わたしは二号ではない。記憶を引き継いでいる。わたしはわたしだ」
「うそだ。あんたはアンナじゃない」
「あなたとともに脱出した、ミレートス嬢はどうなった」
「………知らない。海から引き上げられたあとは。
覚えているのかい、あのときのことを」
「記憶と、個性と呼べる個体特徴を受け継いでいる。
ファロ島地下シェルターの裂け目からあなたたちが脱出したあと、わたしはアルティフェックスの意志と交流した。そのさいの記憶も保持している」
「……あんた本当に、あのアンナなのかい?」
「当然さ」
聞きおぼえのある、嫌な声だった。あの口ひげもみすぼらしい南部孝四郎が、ダクテッドファン機「試作あまこま」の助手席からおりてきた。
「本体が消滅する前に、全記憶をコア・メモリーに固定して封鎖していた。
それをなんとか回収してあらたな人工脳に記憶させた。記憶と『機械個性』は継承している。だから女神としての意思は、連続しているんだ。
この人は間違いなく、わたしのアンナだよ」
「つまり……アンナなんだね」
「わたしが作り上げた女神は一人。そして不死だ。まあおまえごときの為にわざわざ来てやる必要もなかったが、アンナが会いたがってな。ま、いいかな、と」
少し照れていた南部の息がとまった。真奈が抱きついたのだ。筋肉の塊のような腕で、しめつける。呼吸ができなかった。
真奈は続いて、上半身だけのアンナに抱きついた。涙をあふれさせた。言葉も出なかった。アンナもなにも言わず、氷のような無表情なまま、右手だけで真奈の頭を抱いた。
やっと息ができた南部は、ふらついていた。
そこへ異父妹の浪子が近づいてきた。
「お兄様は、史上最高のロボット技術者ですわ」
と無精ひげの生えた頬にキスをした。南部孝四郎は真っ赤になって、その場に尻餅をついてしまう。
「アンナ……お帰り。会いたかったよ。おかえりなさい」
「この場合、適切な言葉なのだろうか」
真奈は涙をふきつつ立ち上がった。
「真奈は新日本に復帰するのか。菅野役員がそれを望んでいるが」
「ああ、また貴様をみっちりしごかないとね」
それを聞いて、菅野と浪子は嬉しそうに顔を見合わせた。
「アンナの下半身もすでにできている。この大先生が仕上げに拘ってて遅れているが。いろいろと準備もあるだろうから、明日にでもまた迎えをよこそう」
真奈は大きく頷いた。
そして銀色の機体が冬の青空にきえていくのを、いつまでも見送っていた。
「立ってもええで。ゆっくりな」
白一色の広い病室の中で、長身の女性は恐々と立ち上がった。
自動ベッドが後退していく。女は白く薄い手術着一枚である。均整の取れた肉体は、芸術的ですらある。
長くしなやかな足がふるえている。保存肉片から実に二年近い歳月をかけて復元したのだ。
「無理しなや。まだまだリハビリが必要や。数年ぶりの肉体やし」
元巡査部長鳥栖美麗は、部屋のすみにある大きな鏡の前に立った。かつての筋肉質な肉体に比べて、いささか痩せている。しかし確かに自分の肉体だった。
肌もすべすべとして、赤子のような体臭が香る。
「わたし………とりもどせた」
「約束どおりな。あの爆弾テロで吹き飛んだ君の体、一から再生にエラいかかったわ」
元ミレートスは鏡に完璧な肉体を押しつけ、嗚咽しだした。
「君はもうテロリストリーダーのミレートスやない。北海道州警察伝説の英雄。元武装警察巡査部長の、
UA社は今でも君に就職世話する言うてるし、なんやったら…もっとええ仕事もあるわ」
築地旧市街区は十数年前の震災でものこった、数少ない地域である。いまではしっとりとした昭和の香りの残る、景観保存となっていた。
旧同盟通信ビルのむかいにある料亭は、その昭和の頃から残る名店である。いまどき「料亭政治」などを行うのは、上田首相ぐらいだった。
いや上田と言うより、その謀略好きな懐刀がこの店を気に言っていたのだ。奥座敷は目立たないように特殊な警備が施されている。極秘会合用の部屋である。
京間十畳の「いつもの部屋」に床柱を背負って陣取るのは、珍しく着流し姿の現首相。そして田巻は灰色の軍令本部勤務服に銀色の
「トリニタースの残党には、これからゆっくりと白状してもらわなあきまへんな。警察の尋問とは、いささか次元が違いますわ、ウチらのは」
「正直、わしゃ期待しとりぇせんがや」
「うちらの深層心理尋問術が、手ぬるいとでも?」
田巻はうれしそうだ。特別報奨金にくわえて、特殊機密費も増えた。好物のアワビと伊勢海老を食べつつ、今では高価な手作り日本酒を飲んでいる。
「田巻君が大物じゃ言うちょった、元閣僚と財界のご意見番、内務省の殿様にはまんまと自殺された。その後始末でおおわらわだった。
事前に踏み込まれること、知っとったみたいだがね」
「……つまりリークしたヤツが、いるわけですか」
「または始末した奴がな。結局トリニタース直結言われちょった大物は、みぃんな死んでしまったわけだ。つまり残ったモンは、小物ばかりちゅうことだがや」
「………なるほど。敵もなかなかやりますな。裏をかかれたか。
しかしこの世界をリセットしようなんて連中は、ともかくわが国中枢から一掃できた。残党でも小物でもいいから、徹底的に情報とったりますわ」
「ただな、田巻君。欧州とアメリカはほぼ手付かずだぞ。やりすぎると反撃をくらう。注意せんとな、とろくしゃあことだが」
「反撃されんように、徹底的にやらなあきまへんのや」
「それにしても、でぇりゃあ恐がいことを考える連中だな」
「……そうでしょか」
「君は前にも、あいつらの人類大幅削減計画なんてものを、認めかけとったね」
「まあ、他に方法がなければね。
自然保護が叫ばれだして半世紀以上。そのあいだにも、自然環境にとっての最大の敵である人類は増え続けてます。
当然自然環境は悪化、二酸化炭素も増えて気温も上がってる。
自然保護と、人類の豊かな生活は多分相反するものでっしゃろ。そして人類を選ぶか自然を選ぶか言うまでもない。自然のこれ以上の破壊と収奪は、自ずから人類を危機に陥れます。
つまりどっちにせよ、残された時間と方法はほとんどないわけや」
「…………恐ろしい話だよ」
「みんな気付いてて、誰も言い出せなかった。だからトリニタースの連中は、恐ろしい計画をアルティフェックスに押し付けようとしたのかも知れまへんなあ」
「つまりあれは、人工脳の暴走ではなかったわけかね」
「今となっては何もわからへん。でも地球人類と大量消費文明に破滅が近づいているのは、多分まちがいおへんやろ。ほんま、どないしたらええやら」
「なら君はなぜ、アルティフェックスをほふったのかね。削減される側の人類に同情したからではあるまい」
「本音言うと削減は必要、でも削減されるのが我々であっては、困るからです」
「………それは確かにそうじゃが」
「けど、このままでは確実に破滅は訪れます。しかし各国の利害とエゴがぶつかって、全人類はおかしなったレミングよろしく、破滅にむかって突き進む。
その先になにがあるか、誰にもわからへん………」
内閣総理大臣上田哲哉はまずそうに、猪口の酒を飲んだ。
真奈は大きく息をすった。緑の香りに海の香りもまじる。
「潮の香りってのも、いいもんだな」
マグレヴ新線駅からのロボ・タクシーを帰したあと、真奈は新日本機械工業本社工場の、全自動警備正門に立った。彼女の顔かたちと声紋は記憶されている。
門は自動的にあいた。そこには、完成したあのアンナが立っていたのである。 いつものショートヘアに洗いざらしのティーシャツ、そして短いジーンズのバンツとブーツである。
「おかえり、真奈。この場合は適切な挨拶と推定される」
「待たせたね、戦友!」
こうして真奈はゆっくりと、正門を潜って行った。駆け出したいのを押さえて、確実に長身のアンドロイドに近づいた。
金属質な門の上には一羽、名も知らぬカラフルな小鳥がとまっていた。
了
ANNA3 偽りの救世主≪メシア≫ 小松多聞 @gefreiter
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