第13話

 爆撃の時が迫っていた。 

 そのことを知るすべもないアンナは、各種弾丸でずたぼろにされながら、真奈たちのほう近づく。おちてきた天井の一部、岩などにたくみに隠れつつ、アルティフェックスの裏側に回った。

「アンナ!」

 真奈は柱の裏側から飛び出そうとして、たちまち殺人ロボット警備兵の銃弾にさらされる。今度はミレートスが真奈をとめる番だった。半分特殊金属の重い肉体の下敷きになって、真奈の不釣合いな胸が潰れた。

「真奈……」

 見上げると、三十メートルほどむこう、瓦礫の陰にアンナが伏せている。

「アンナ、なんてひどいことに」

「人工皮膚はかなり傷ついたが、内部期間のダメージは軽微。ただ胸郭温度が二度上昇している。内部電力も残量三十パーセント。

 軽量版パンツァーヘムトは分解寸前だ」

「あと送電システムは一つだ、あれさえやれば」

「いや、アルティフェックスは地下シッェルターに電力供給源をもっている。アクセスしたときに解析した。

 光ファイバー・ケーブルとともに、岩盤の中を頑丈な送電ラインが通っている」

「どっから電力を送ってんだい。まったく敵ながら準備周到だね、呆れるよ。

 ともかく下におりられれば、おしまいかい。こっちに勝ち目はないよ」

「……砲撃が、とまった」

 とミレートスかつぶやいた。


 二十世紀末、アメリカ航空宇宙局が開発したサターン五型ロケット運搬用クローラー。それを一回り大きくしたような巨大運搬装置四台に載せられた史上最大最高の電子脳。先進各国の最新科学技術によって、準大国の国家予算に匹敵する巨費と五年近い歳月を投じて作られた、世界支配電脳中枢。

 そしていまや人類文明の破壊者、偽りのメシア。

 それが重低音の機械音とともに、きしみつつごくゆっくりと沈みだした。砲撃がやんだことで瓦礫の除去がすすみ、巨大リフトの修繕がはかどったのだ。

 しかしあまりにも重い「脳」をのせた斜行リフトは、すこし降下してはすぐにとまる。その間、大量の電力を使うアルティフェックスは、一つだけのこったメーザー放射送電装置からの電力をたらふく「食って」、地下の神殿へむかう準備をしていた。

 真奈は柱の陰から、悔しそうに見つめている。どうしようもなかった。

 ミレートスは、ほとんど電力ののこっていない個人多目的通信装置ユニ・コムに叫んでいた。

「こちら鳥栖、田巻二佐! 砲撃を続行してください」

 真奈は驚いたが、なにも言わなかった。

「アルティフェックスはシェルターへの退避を再開しています。この電波を追って攻撃してください。わたしのことはもういいです。人類の未来がかかっている」

「……鳥栖元巡査部長、田巻や」

 いつものから元気もなく、艦橋の片隅で軍用電話を使っていた。

「ようやってくれた。もうええ。脱出したまえ。

 惨い任務はこれまでや、君はホンマようやった」

「でも、アルティフェックスが」

「君のきれいな体も、もうすっかり出来上がっとる。はよ帰ってきぃ」

「でもどうやって。ここから脱出なんて」

 真奈はミレートスの左腕をつかんで、口を近づけた。

「はじめから生きて帰らぬ特攻じゃなかったのかい」

「……五百瀬予備一曹、大切なアンナ連れて、ともかくそこからはなれい」

「デカい隔壁がしまってて出られないよ」

「ええか、よう聞きよし。今、フロギストン爆雷を積んだ大型輸送機が、そっちへむかっとる。脱出せんと、君らもアンナも消えてまう」

「……いよいよ真打登場かい。でもあの電子の化け物が穴倉に逃げ込めば、人類の負けじゃないのかい。

 あんなのに支配された世界なんて、美しく花の咲き誇る地獄だよ」

 アルティフェックスはまた一メートルほど沈降して、とまった。がすぐまた。沈みだしたのである。作業ロボは土砂をのぞき、修理を続ける。そして巨大な電子脳がその「奥津城」に鎮座したときに、人類の運命は決してしまうはずだった。


 大きさで言えば、かつての大型戦略爆撃機ほどであろう。

 輸送機を改造した機体は、それ自体が巨大な爆弾だった。複雑な純粋核融合装置をつむがゆえに、その運搬はミサイルなどではまだ不可能とされている。

「ファロ島まで二十五分」

 浅黒いベテラン機長はそう報告した。旧航空自衛隊時代からのたたき上げである。成層圏は静かである。広がる雲の下の、人間達の愚かな行為とは無縁だった。 このまま一生飛びつつけていたい。来年初孫の生まれる機長は、何度もそう考えていた。

「十分後に予定の爆撃コースをとる。最終目標を指示されたし」


「フロギストン爆雷運搬機から、最終確認要請」

 工科大学出の痩せた通信士官が、艦長にそう淡々と報告した。

 田巻二佐は、ファロ島からの反撃がもうほとんどないことを確かめて以来、橋立の艦橋で様子を伺っている。

 すぐ前の平面モニターには、島の北海岸から撤収する陸戦隊の潜水艇と上陸支援舟艇がうつっている。撤退間際の反撃もなんとか制圧し、三百人近い科学者、技師を脱出させていた。しかしいまや犠牲者も少なくない。

 小さな砂利浜は血に染められ、肉片や臓腑が散乱していた。

 特別国際連合部隊の四艦は北海岸沖三十キロにまで接近し、攻撃を続けている。

「君の現地諜者からの情報によると、あの化け物電子脳は地下シェルターまで用意しているそうじゃないか。爆雷の効果は大丈夫なのかね」

「それだけは予想外でした。ともかく最後の攻撃命令は総理がくだしはります。

 これで先進各国の首脳のあいだで、上田先生の株もあがるわ」

 内閣間の調整も、野党への説明も終えていた。一部には憲法に抵触するという意見もあったが、現在首都で進行しつつある「粛清」もあって、明確な反対意見はなかった。田巻は暗号電話で、首相の上田の最終許可を仰いだ。


 中南米のピラミッドを思わせる銀色の電子脳は、すでに半分以上斜行退避トンネルに姿を没している。

 今も毎秒数センチと言うごくゆっくりとした速度で、沈んでいく。

 作業ロボと警備ロボはなんとか周囲の瓦礫を取り除き、巨大リフトの運行をサポートしていた。ロボットと呼ばれる資格もない全自動機械どもが、彼らを支配する「女王バチ」に気をとられているあいだ、アンナはのこった軽機関銃の弾丸を、たった一つになったパラボラアンテナに集中させた。

 しかしもうさして意味はないかもしれない。

 地下シェルターには独自の電力源もあると言う。おりられてしまえば、巨大な蓋もしまって純粋核融合爆弾も効果がないだろう。

 警備ロボ、正確にはオペラートルがのこった拳銃弾を浴びせかける中、アンナはなんとか真奈とミレートスの隠れるあたりに転がり込んだ。

 真奈は思わずアンナを抱きしつめてしまう。ミレートスは冷静である。

「もうここまでかな。アルティフェックスが隠れてしまう」

「まさか、こんなところで命を投げ出すとはおもわなかった。いや、命を山神さまにお返しするんだ。おとうのいるところに……。お爺は怒るかもなぁ。

 ねぁハンサムさんよ。あんた肉体取り戻すために、損な仕事をひきうけたって」

「かつて、自慢の体を爆弾で吹き飛ばされてね。職務中に。

 なんとしても取り戻したかったけど、たいへんな金と手間隙がかかるんだ」

「でもこんなところまで来て。もう生きてもどれないよ」

「君こそなんて無謀な。君までまきこまれる理由はなかった。ましてアンナまで」

「この世界最高のアンナさえついてれば、自分はなんでも出来ると信じてたんだ。

 でもあの電子の化け物を前にして、最後のマタギの孫娘なんかになにも出来ないことがよくわかったよ。人間の科学は、ついに自分たちの支配者、神まで作っちまったよ。邪神、悪神だけどね」

「マタギってなんだ」

「山の猟師。知らないかい。もっとも、前世紀に滅んじまった。じいちゃんはナントカ無形文化財として、たった一人で山を歩いていたよ。

 ところであんたは元、警官だったのかい? 巡査部長とか言ってたけど」

「ええ。祖父の代からね。いえもっと前か。先祖は薩摩郷士で、川路大警視の部下だった。代々警官であることを、誇りにしてた。

 あんなことに巻き込まれるまでは、わたしも誇りに満ち合われていた。

 はじめはわたしをこんなにしたテロリストどもに復讐してやりたくもあり、任務で『真実の夜明け』に飛び込んだ。

 でもその複雑で恐ろしい実体に気付いたとき、自分がとんでもない役目をになっていることがわかって、愕然とした。世の中の裏側、深遠を覗き込んだんだ」

「……どんな実体なんだい」

 その時、電池のきれかけていたミレートスのユニ・コムが反応した。

「やっと通じたか、なにしとんねん! まだそこかっ!」

「田巻二佐、どうして砲撃を続けないんです。もうアルティフェックスは九割がた姿を没しています。多分厚い蓋がしまるはずです。

 そうしたらもう万事休すだ。エクスキャリバー・ミサイルでも無理です」

「ええか、電波が届きにくい。ようききや……そっちの天井に割れ目があるやろ」

 二人は高い天井を見上げた。何度もの砲撃で岩盤が割れ、青空から陽光がさしこめている。土煙の漂う巨大なトンネルに、後光のような光がさしこめる。

「その割れ目の直下からできるだけ下がれ。そしてなにか遮蔽部で身を隠せ」

「なにがあるんです」

「約束の脱出手段を送る。当初予定の強襲陸戦隊による救出は不可能となってもた。いそぎや。あと十分以内に、そこをフロギストン爆弾で攻撃する」

 それで通信は終わった。電池が切れ、ユニ・コムは沈黙した。

「いったいどうなってんだい」

「ともかく遮蔽物に隠れないと」

 片側にはロボット兵士などが集まり、アルティフッェクスの退避をいそいでいる。片側には厚い防護隔壁がしまっており、出られるわけもない。

 隔壁わきに、資材用のコンテナが置かれている。そのむこうにでも逃げ込むしかなかった。

 真奈はアルティフェックスにむらがる各種ロボットたちの動向を探った。


「砲手、こちら軍令本部差遣特別情報参謀の田巻や。目標のデータは確認したか」

 アルティフェックス砲撃のために急遽編成された、特別艦上砲撃部隊の部隊長一尉は、衛星データと無人観測機からの映像、そして内部からの電波誘導で正確な位置を確認していた。

「特殊弾装填開始、炸薬調整開始しました」

「よし、座標は転送した。再確認せえ。あくまで慎重にな」

 その様子を艦橋で確認していた田巻に、連絡が入る。

「特別挺進爆撃機、部隊警戒域に侵入」

「……いよいよや、はよ撃ったらんと、組み立てにも時間がかかる」

 救出部隊は次々と潜水し、母艦に収納されつつあった。特別連合部隊はすでに攻撃線を越えて、北海岸沖二十数キロにまで接近している。

 これ以上近づくのは危険だった。

田巻の進言で砲撃は続いている。おかげでアルティフェックスの沈降はまたやや阻害されている。しかしふりそそぐ瓦礫は、作業ロボたちが手際よく取り除く。

 なかには落下した岩石に破壊されるロボもある。アルティフェックス側のロケット砲、ミサイルは尽きかけていた。

 対空砲火の主力は強力なレーザーである。しかしモリブデン反射膜におおわれた巨大砲弾はレーザー光を反射して落下し、岩盤と特製ベトンの天井を吹き飛ばす。

 天井が崩れ落ち、巨大トンネル内は濛々たる砂煙である。

 ミレートスは咳き込んだ。真奈は恨めしげに言う。

「本当は脱出手段なんてないのかもな。

 あの陰険な謀略参謀、一思いに自分達を片付けるつもりかな」

「そんなことはしないと思う。約束は守ろうとする。守れるかどうかだけど」

「あんた元々、あの化け物を片付けるために『真実の夜明け』に潜入したわけか。

 でもあれをつくった連中も怪物、それを破壊しよって連中こそ化け物だね」

「簡単な説明は受けたけど、ここまでスゴいものとは想像もできなかった。いや、情報統監部すら全容をつかめなかったんだ。初期設計から大きく進化している。

 史上最高最大の人工脳アルティフェックスは自分で考え、自らを改造し、自分の設計したあらたなロボットを開発しだした。

 そして、地球を支配して恐ろしい計画を実行するんだ。

 それを知った奴等は、おびえだんだ。でも奴らにもどうしようもなかった。すでにとめられないほど、アルティフェックスは進化していたんだ」

「やつらって、なんだい」

「詳しくは知らない。トリニタースと言うらしい」

 三位一体と言う意味である。日・米・欧州の先進国の政治経済を裏から操る利権集団。そして地球と人類文明の将来を憂う、選ばれしエリート達。

 トリニタースは低開発国の犠牲のもと、人類の大規模リストラと資源再配分を企てているらしい。

 それは増えすぎた人類、特に非先進国側に多大な犠牲を払うものだった。


「つまり各国がくりだしている国家脳、ナショナル・ブレインの総大将に、あのアルティフェックスを祭り上げようとしたわけですわ」

 田巻は遥かに煙るファロ島を見つめつつ、艦長一佐に言った。

「そしてアルティフェックスに命じたのは、賢人秘密結社トリニタースの二つの究極目標。『全人類の幸福』と『地球環境保護』、つまりまったく相反するものを二つとも実現せいつう、無茶な宿題をあたえたんです」

「その唯一の答えが人類大幅削減と、資本主義の終焉かね」

 巨大な潜水空母が揺れた。艦橋の防弾ガラスが震動する。

 巨大砲ドンナーが咆哮したのである。

「究極の電子脳は、その過酷で矛盾する答えを実現するために自らを改良し、自らに従う科学者とともに、新たなロボットを開発したんですな」

 モリブデン反射膜で覆われた巨大砲弾が、レーザー対空砲をはねかえしつつ北海岸を跳び越した。森の奥、砲弾やミサイルで木々をなぎ倒された岩山を目指して。

その隆起したさんご礁に大きな裂け目ができている。信管のない大型特殊砲弾は岩の裂け目に飛び込み、周囲をすこしこすりつつ巨大なトンネル内に突入した。

 真奈たちの隠れている二十メートルほさきに轟音とともに落下、下にいた作業ロボット数基を押しつぶしてベトンの床に突き刺さり、そのまま倒れた。

 衝撃で、小柄な真奈は尻餅をついてしまう。

「なんだい、やっぱり一思いに楽にしようってんだね」

「不発弾かな?」

 ロボットたちはあわてもせず、危険がないと察知すると作業を続ける。また音が響いて、リフトが降下しようとする。モーターが苦しそうなうなりをあげる。アンナは物陰から出て、先端のひしゃげた長さ六メートルの砲弾に近づいた。かなりの熱気を発している。

「アンナ。なにするんだい」

「中から微弱な電磁波を関知」

 アンナにつづいて真奈も飛び出した。すると砲弾の一部が割れたかと思うと、たちまち分解しはじめた。すべて分解しきらずに、外殻が何枚か落ちてとまった。

「アンナ、中はなんだい」

「炸薬は入っていない。ショックアブソーバーつきのコンテナだ」

「それが脱出手段だっ!」

 ミレートスが叫んだ。低めだが、完全に女性の声に聞こえた。

「アンナ、ゆっくりそいつをひっぱりだしな。気をつけて。殺人ロボたちが武器だと思わないように。奴ら、行動と顔色で危険性を判断するみたいだ」

 アンナはのこった外殻を外し、直系一メートル弱、長さニメートル半ほどの黒い円筒形の耐衝撃コンテナを担ぎ出した。

「ゆっくりとこっちへ運んで。やつらを刺激しないように」

 また砲弾がおちた。今度はサンゴ礁でできた岩盤の上で爆発し、また瓦礫と土砂を降らす。稼働できる各種作業ロボや殺人可能警備ロボは、最優先で瓦礫の除去と巨大リフトの修理に没頭している。

 敵対行動をとらない生命体の「処理」は後回しだった。

 またアルティフェックスがゆっくりと沈降しだした。ほぼ、全体が巨大斜行エレベーターの穴に没している。あとは厚い防護隔壁を占めるだけだった。

 アンナは黒い円筒形コンテナを広げた。バイクのような本体と、扇風機のような部品が三つ、コンパクトに収納されている。

「なんだ、これは」

 真奈には見覚えがあった。社有のものを、よく赤穂浪子が使っている。

「……大輪田のエアロホースだ。ちょっと小さいけど。

 アンナ、急いで組み立てて。これで脱出しろって言うんだよきっと」

説明書もなにもいらなかった。軽く部品をひきだしたアンナは、手早く二分たらずで組み立てた。人間なら十五分はかかったろう。今も巨大砲弾が、容赦なく地下トンネルを破壊しつつある。濛々たる土煙が視界を阻む。ミレートスは咳き込んだ。

「見てみなハンサムさん、これで天井の亀裂から脱出できる!

 自分たちは、見捨てられてなかったんだ」

「しかしわたしは百キロ近くある。半分以上が機械だからな」

真奈は四十キロほどである。そして小型エアロホースは一人乗りだった。せいぜい百キロあまりの重量しか運ぶことしかできない。

「真奈とミレートスなら、なんとか上昇できる。行ってください」

「アンナ、貴様はどうすんだよ」

「わたしは自重四百三キログラム。とても乗ることは出来ない」

「何言ってんだよ、貴様を残していけるものか」

 また巨大トンネルが震動し、土砂がまう。アルテイフェックスの姿は、もう真奈たちからは見えない。各種作業ロボットたちはもはや脅威ですらないひ弱な人間たちには目もくれず、斜行トンネル周辺の瓦礫と土砂の除去を急いでいる。

「真奈とミレートス『嬢』は急ぎ脱出してください。

 あわせて百四十数キロ。なんとか上昇できる」

真奈の記憶の中に、この一年足らずの思い出が次々とよみがえる。統合自衛部隊を飛び出して、わけもわからないまま新日本機械工業に雇われたこと。

 はじめは格闘戦用アトンドロイドの教練が、いやで仕方なかったこと。しかししだいにアンナに情がうつり、ともに鍛えあげる戦友となった。

 社内の競合プロジェクト・ロボとの死闘。日本代表選手ロボとなるための危機。そして世界大会バトル・ステーションでかろうじて勝利したこと。

「……置いてけないよ。そんなこと。戦友を見捨てておいていけない」

「わたしはロボットだ。コア・メモリーバンクがあればいつでもよみがえる」

「悪いが議論している時間はない。エアロホースを起動させる」

「さあ真奈。お別れです」

 アンナは真奈を抱きしめた。アンドロイドにしては不思議な行動だった。真奈の小顔が、アンナの胸にうずまる。

「わたしも涙を流せればいいのだが」

「いやだ、自分ものこる。死ぬ時もいっしょだよ!」

 真奈は涙に濡れた顔で、微笑んだ。

「どうせもどっても現代社会に居場所のない、最後のマタギの孫娘だよ。

 ミレートス、あんただけとっとと行きな」

 とエアロホースのほうをふりむいた。そのとき、アンナは右手の「手刀」を軽く、真奈の右首筋に振り下ろした。

 気をうしなった真奈が崩れ落ちようとするのを、アンナは受け止めた。そのまま赤子を持ち上げる用にして、軽々とミレートスの後ろに跨らせたのである。

「これは攻撃ではない。命を救うための緊急行動ゆえ良心回路は拒否しなかった」

「ああ、おぼれた人なんかを救う時の機能だな。君はどうする」

「アルティフェックスの防護隔壁をとめてみる。わたしが警備用オペラートルをひきつけているあいだに、天井の裂け目から脱出してほしい」

「この手のタイプは、はじめてだな。小型ファンは三つか」

 と言いつつ、ミレートスはエンジン出力をあげた。なんとか浮かび上がる。

「誘導されている。いけそうだ」

「女性二人、なんとか部隊にたどり着いてください」

「!………いつ、気付いたの。そう言えばさっきも、ミレートス嬢って」

「この島で接触してから。肉体は人工臓器などだが、残された骨格は女性特有のものだ。いそいでください。わたしの戦友を、よろしく」

 アンナの美しく無表情な顔を見つめていたミレートスは、警官風に敬礼した。  ぐったりした真奈はミレートスに抱きつくようにしている。エアロホースは飛び上がり、砂煙がおちてくる大きな裂け目にむかって急上昇していく。

 沖から誘導されているとは言え、この状況では不安定である。ミレートスはなんとか態勢を保ちつつ、右手を後ろに回して真奈を支えた。

「起きるんだ。しっかりつかまれ」

 夢うつつのまま、真奈は本能的にミレートスの人工の背中につかまった。固くたくましい背中に抱きつくと、むかしを思い出したのか「おとう……」と呟いた。

「おとう、帰ってきてくれたか」

 裂け目からふりそそぐ土砂をあび、咳き込みながらもミレートスこと鳥栖美麗元巡査部長は地上に飛び出した。

 そのとき、すこしはなれたあたりにロケッ砲がひとつ落下し、轟音をあげる。エアロホースは飛ばされそうになる。とたんに真奈が叫んだ。

「雷さまだっ! ごめんなさい山神さま、ごめんなさい山神さま」

 とすごい力でしがみつく。

「苦しい、放して! 雷じゃない、砲撃よ」

 吾にかえった真奈は、自分達が風をきって飛んでいることに気付いた。

「ここ……ア、アンナは」

「しっかりつかまってて。いっきに飛ばすわよ」

 その言葉使いも声も、まぎれもなく女性のものだった。


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