第12話

 真奈は少し呆れ、そして感心していた。元々新型生体ニューロチップの第二脳を持つアンナは、自学自習能力を備え、自分で「工夫」することも出来る。

 そのことを改めて思い出していた。もうかなりの面で、戦闘教官の真奈越えている。時々、いつか自分もお払い箱になるだろう、との覚悟は決めていたが。

 アンナは、うなじの人工髪に隠れた小さなハッチをあけて、なかから光ファイバーラインを引き出した。それをあけた作業ロボのコア・ブレインの中に繋ぐ。

「基本記憶は損害を受けていない。解析を開始する」

「そんなヒマないよ。あいつらなんとしても止めないと」

 真奈は目をこらした。最後のマタギの娘、目はとてもいい。

「火花が散ってる。なにやってんだい」

「まだ未完成なんだろう。こんなに早く人間が反撃するとは思っていなかったな」

 砲撃が続く。暗く巨大なトンネルがゆれ、瓦礫が落ちる。アミーカの隠れているあたりに、巨大ななにかの部品が落ちてきた。飛び出したミレートスはグラマラスなアミーカを抱いて転がり、あとに部品が音をたてて落下した。

 アルティフェックスを乗せた巨大なリフトもすこし揺れ、天井から瓦礫と大量の砂埃が落ちてきて、その繊細な「脳幹」に降り注ぐ。

「真奈、アルティフェックスもあわてだした。リフトの修復を急がせている」

「どうだい、やつの心は読めたかい」

「一部は。今までの各種命令を総合すると、確かにこの下にシェルターが完成している。そこには地下司令部とも言うべき機能があり、海底メイン・ファイバーなどを使って全世界のコンピューター、ブレインにアクセスできる。

 エクスキャリバー地下施設破壊戦術核ミサイルにも、対抗できる構造のようだ」

「やっぱりね、その案内人とやらの言ってたとおりか。あとは地下深くからゆっくりと地球全体を支配していこうって言うわけかい」

 そのときまた大きな爆音が響いて、巨大トンネルが震動した。土砂と土煙が落ちてくる。巨大砲弾が直上に落下し、厚い天井に皹をいれたのだ。

 ひび割れた隙間から太陽の光が差し込める。暗い中に濛々と土煙が漂い、そのなかを幾条かの陽光が輝く柱となって、悪魔の地下神殿を支えているかのようだ。

 ミレートスの左腕にはめた、ユニヴァーサル・コミュニケーター「ユニ・コム」が発信音をたてた。

「電波が届いている」

 電波妨害構造の一部が壊れていた。ミレートスは内側の通話部を開いた。

「タマキ二佐。聞こえますかっ!」

「と鳥栖とす元巡査部長、無事やったか! 今どこや。いや……確認した。地下か!? こんなところに地下構造物が。

 いったいいつの間に作ったんや。そこはなんや」

「アルティフェックスが作らせた地下シェルターの入り口です」

「ち、地下シェルターやと。いつの間にっ!」

 美しき偽テロリストは簡単に状況を説明した。

「……そないな処に逃げ込まれたら、フロギストン爆弾も効果あらへんな。

 今飛んでるやつは、TNT換算で二百キロトンほどやし」

「フロギストンだって……」

 聞いた真奈は、ミレートスの左腕をつかんだ。

「ここを島ごとふきとばすのかい」

「……君はイオセ後備、いや予備役の一等曹長やな。君までそないなところにいてはるとはなあ」

「いろいろあってね。またお会いしましたね、情報参謀殿」

「ちゅうことは……ア、アンナもいっしょか。

 世界最高の完全ヒト型アンドロイドもかっ!」

「アンナは戦友だ。いつもいっしょさ。いっしょに攻撃するかい、参謀さん」

「……ええか予備一曹、よう聴きや。アンナはわが国ロボット産業の精華、つまり世界ロボット光学の最高傑作や。

 第三回国際ロボット格闘大会の優勝アンドロイド、言うだけやない。

 新概念の人工ニューロンを仰山つこた人造脳髄で、自ら学習し多少は考えることもできる、まったく新しい世代のロボットや。

 それを犠牲にしたら、国家の損失や」

「じゅうぶん判ってるさ。自分みたいな山女と違って、貴重ですからね」

「君は国家憲兵隊の例の堅物の指揮下におる。命令系統はちごても、ボクは情報統監部第十課長兼統監部次長やし。今んとこ、君の上官にあたる」

「はいはい。それでご命令はなんですかい。お国のため、ここでアルティフェックスと心中しろってんじゃ、ないんですか」

「アンナをなんとしても、壊さずに連れてかえれ。

 ええか、僕らが金とヒマかけた作戦の大詰めや。世界を裏からコントロールしようとしていた連中の生み出した科学の化け物は、やつらの想像をはるかに超えとった。世界中を自分で牛耳って、人類そのものを支配するつもりや。

 そやからなんとしても破壊せなあかん。シェルターなんぞにもぐられたら、フロギストン爆弾も効果あらへん。失敗したら、人類は終わりかも知れへんし」

「………なるほど、ヤツが巣穴に隠れるのを妨害すんだね。やっばりそれしかないよ。逃げ込まれたら硬い岩盤の中、奴に手出しはできなくなる。

 バカでかいリフトに乗っかって、降りようとしているけどてこずっている」

「よし、今からさらにドンナー巨砲で砲撃する。一発撃つのにえらい時間かかるが、フロギストン爆弾到着までの遅滞攻撃や。

 ええか、弾着を誘導してくれたらすぐにそこから脱出せえ」

 脱出しろといわれても、巨大な防護壁がしまっている。真奈はミレートスの端正すぎる横顔を見つめた。幸いにも、悟りきってはいない。

 まだ生きることへの執着が感じられる。脱出方法もない、カミカゼ攻撃ではないようだ。

 しかし員数外の彼女とアンナまで助けてくれるかどうかは、わからなかった。


 ミレートスの活動によって、地下を動く巨大人造脳のおおよその位置はわかった。千二十ミリと言う巨大な口径をもつドンナー砲は二門。その一門は新造潜水空母の爆撃機用リフトに固定され、甲板から長い砲身を海へと突き出している。

 その特殊な大型砲弾は装填に時間がかかるが、人類史上もっとも威力のある通常弾が準備されつつある。すでにファロ島からの攻撃は衰えている。

 田巻は田崎艦長に頼み、電波発信源にむかってドンナー砲を一弾、発射した。 全長三百メートルの潜水空母が、発射の衝撃で揺れる。鋭い音で空気をきりさき、巨弾は島を目指す。

 北の岩がちな海岸で撤収を終えつつあった陸戦隊も、その甲高い音を聞いた。 なにかが赤く輝きつつ、天空を過ぎっていく。

 やがて巨弾は木々もまばらな岩場で大爆発を起こし、大地を揺るがして小さなきのこ雲を作った。そのほぼ真下では、頑丈な天井が一部くずれて行く。

 巨大なトンネルが激震し、大量の土砂と瓦礫が落ちてくる。アルティフェックスの上にも降り注ぐが、作業中のロボットたちは黙々と修理を続ける。アルティッフェックスを乗せた巨大なリフトが、数メートル沈降してまたとまった。

「ミレートス、左腕貸して」

 真奈はまた、元警官の偽テロリストの左腕にとびついた。

「田巻二佐、あと二百メートルほど西だよ。奴はリフトで降りようとしている。

 自分らのことは構わないから、やっちまいな。人類の未来がかかってんだろ」

「……やっちまいなって。ともかく少しでも離れぇ」

 第二弾は真奈の指示どうりに、二百メートル西に着弾して、また大地をふるわせた。南洋の木々を土砂とともに四方にとばし、ねずみ色のきのこ雲を青々とした空に立ち上がらせた。

 しかし珊瑚礁の隆起した固い岩盤に守られ、その直下の巨大空洞の被害はさほどでもない。それでも大量の土砂と岩が落ちてくる。岩の一つは作業中のロボットを破壊した。無防備な電子脳にも、多少被害が出る。

 濛々たる土煙の中で、真奈は妙なことに感心した。

「そうだよな。さんご礁は砲弾でも跳ね返す、自然の鉄壁だ。沖縄戦でも米軍は、ついに砲弾で地下陣地を破壊できなかったんだよ」

 機械たちは騒ぐでもなく、ただちに修理を開始した。

「真奈、アルティフェックスからの命令が緊急度を増している。ダメージはかなりあるようだ」

「やつらが混乱しているうちに、なんとかリフトを壊さないと。

 いくらデカい砲弾でも、頑丈な岩床を破壊すんのは無理だ。確かに最後はフロギストン爆弾で焼き尽くすしかない。

 それまでに自分達が脱出できるといいけどね」


 刑事らしき男たちは議員会館の地下駐車場からあがった。

 秘書は「先生は不在です」と告げたが、男たちはその有力議員が今朝愛人宅からここへ来た時間、使った全自動ハイヤーまで知っていた。

「ど、どんなご用件でしょう」

「三月会と、御徒町の土地取引についてお伺いしたい。任意同行願えませんか」

 名門大学を出た政治秘書には、なんのことかわからない。一応議員の事務室に入った。肥えた有力議員は青ざめたまま、電話をしていた。受話器に手をあてて「なんだ」と言う。秘書は正直に伝えた。

「さ、三月会だと。そんなことまで」

「はあ。しかしいったい」

「……いやいい。もういい。大切な電話中なので、すこし待っていただけ」

 総てを諦めたように言う。若い秘書はただごとならざるものを感じ、「特殊な」刑事に電話中であると告げた。

「なるほど。よほど大切な電話でしょうから、しばらくお待ちします」

 黒いスーツ姿の男たち三人は廊下の長いすに座った。緊張しなにも話さない。

 待つこと十分、さすがに秘書はおかしい思い、議員先生に声をかけた。しかし執務室には珍しく鍵がかかっていて、中から応答はない。

「先生、どうしました、先生!」

 刑事は一言「そろそろだな」と言って立ち上がった。焦っている秘書をどかすと、屈強な男がドアを蹴破った。

 テレビなどでも有名な大物議員は、いなかった。窓が開いている。ここは十二階にある議員事務所だった。

 政治秘書は窓の外を見る勇気もなく、その場に座り込んだ。

 この日の夜までに三人の有力議員や閣僚経験者が自殺、または事故死した。二人が翌朝までに失踪した。

 この日から数日間、失踪または自殺、突然病死した財界人、高級官僚、地方ボスや評論家などがテレビや電子新聞をにぎわすことになる。しかし報道の扱いは、やや小さかった。主要マスコミ各社のオーナー、社主や大株主の大半は、その詳細なプライバシーを情報統監部情報第十課に握られていた。

 田巻はそのファイルを「ラインハルト・ファイル」と呼んでいた。悪名高いSSの金色の野獣、ラインハルト・ハイドリヒにちなむ命名だという。


「真奈、アルティフェックスの電力は、空中電送しているらしい」

 アンナが天井を見上げる。アルティフェックス近くの太い柱の上の法に、直系一メートルほどのパラボラ状のものがあり、ぼんやりと輝いている。

「あの周囲の空気がすこしイオン化している。強い電磁波を感じる。

 メーザーでアルティフェックスの外装パネルに電気を送っている。隔壁の向こうにもある」

「そうか、気付かなかった。人間の脳が酸素やエネルギーをたくさん消費するみたいに、あのバケモンの電子脳も電気を大量に消費するんだ。

 どーんと鎮座してるときはケーブルかなんかで電気とってんだろうけど、動き回るときはそうはいかない。内部電源ってったって限りがあるよ。

 軌道太陽光発電所シュピーゲルと同じく、メーザーで送電してんのか」

「アンナ君。送電装置はいくつあるかな」

「観測したところ四つ。うち二つは相次ぐ爆撃で機能停止している」

「よっしゃ! あいつをともかくやろうよ。それで電源は半分になるぜ」

「もう一つはアルティフェックスの裏側だ。破壊は相当困難と推定される」

「君たちが手前のを攻撃しているうちに、わたしが奥を引き受ける」

「ミレートス、わたしも」

「……君は生身の人間だ。アンナたちと行動をともにしたまえ」

「お願い、連れて行って」

「…………よし、マナさんたちは援護してくれ」

「立派なテロリストさまだな。よし、こっちはアンナ一人で十分だ。自分も裏手に回るよ。でもそのためには、もっと武器が必要だな。弾もほとんどない」


 ロボ・セントリー型の四本足全自動警備兵が近づいてきた。真奈が盛んに手をふっている。

 機械警備兵はコンテナを回り込んだ。二十二口径の支援機関銃を構えている。やがてコンテナの向こう側に真奈を追い詰めた。銃口をむける。

「目標侵入者一人発見。排除最終許可を」

 低くそんな声を発した。コンテナの上から飛び降りたサイボーグの偽テロリストは、厚みのある円盤状の頭部にしがみついた。

 あわてて振り回そうとした軽機関銃は、横手から飛び出したアンナが簡単に引き抜いた。ロボット用の金属製銃床で、胸部の主センサーを叩き割る。

 機械警備兵は「目」を失って、あちこちにぶつかりはじめた。

 コンテナの陰から、短機関銃を構えたアミーカがあらわれた。真奈は立ち上がって、腰に手をあてた。

「さ、こいつはもういいよ。仲間が来るからいそごう。

 アンナ、ここは一人でいいね」

 超巨大砲弾による砲撃は数十秒おきに続き、暗い空洞がゆれて、大量の土砂や瓦礫が落ちてくる。

 アルティフェックスの周囲には戦闘用あるいは作業用のロボットが数十台集まり「手作業」で瓦礫をとりのぞき、巨大なリフトを修理する。

 それは大きな女王蟻を守ろうとする兵隊ありの姿に似ていた。巨大トンネルに鈍い音が響く。同時に大型モーターの空回りの音がした。見ると、アルティフェックスを乗せた巨大リフトが、ごくゆっくりと沈んでいく。

「ヤバいよ! 穴倉にひっこまれる!」

 だがまたドンナー砲の巨大砲弾が直上で炸裂した。トンネルが揺れ、リフトの動きがとまった。また瓦礫がはさまったらしい。

 人間とちがって、機械たちは騒がない。落胆もしなければ喜びもしない。黙々と瓦礫の除去と、リフトの修理を続ける。

 すぐとなりのロボットが瓦礫の下敷きになっても、誰も関心すらもたず、誰かがかわりに作業を続けていた。

 真奈達三人は急いで作業する機械どもの背後を通って、アルティフェックスの裏側に出た。三人の動きは機械たちにモニターされているようだが、攻撃はしてこない。それどころではないらしい。裏側にも各種自動機械が作業していた。

「しずかに。刺激しないように。こっちの意図を読まれたらそんだよ」

 真奈は見上げた。高さ四十メートルほど、天井近くに小さなパラボラ状のものがある。やはり、五メートル四方の柱に取り付けられている。

「わたしが行こう」

 ミレートスは奪った軽機関銃を構え、射撃しやすい位置に出ようとした。

「待ちなよ。今出たら蜂の巣だよ」


 その同じ頃、アンナは弾の少ない短機関銃だけを持って、パラボラアンテナのある太い柱に近づこうとしていた。横手から二足歩行の警備ロボが近づいてきた。アンナが身をかわすと弾が襲ってきた。

 別方向からも撃たれるが、アンナは反撃できない。

 短機関銃の弾は限られている。なんとしてもいい確度からパラボラアンテナを狙わなくてはならない。床を転がり他の作業ロボを盾にして、アンナは柱に近づこうとする。

 反対側でも銃声はきこえた。


「はじまったね、アンナ……」

 しかし全自動作業機械は気にもせず、土砂の取り除きとリフトの修理を黙々と続けている。

「ちくしょう。相手は陽動にのらないね。こうなったらつっこむしかないか」

「わたしが奴らをひきつけるわ」

 とアミーカが飛び出した。

「あ、馬鹿っ!」

 真奈も飛び出した。

 アミーカは身を低くして走り、手近にいた作業ロボに飛びついた。四本足に四本の腕、出来損ないの蟹に似たそれに飛び乗ると、腕の一本にとりついていた。

「アミーカ、無茶だっ!」

 ミレートスも飛び出す。だが、銃弾が三方から襲う。ミレートスも真奈も伏せた。気丈な美女はロボットアームにしがみつく。

 しかし周囲から銃弾を浴びせられる。作業ロボが火花と硝煙につつまれる。

「アミーカっ!」

 起き上がろうとするミレートスの頭を、真奈が押さえつけた。

「無理だ。あの人の行動を無駄にするな」

 真奈は横に転がって、捨てられたなにかの機械の影にかくれた。ミレートスは涙でかすむ目で、アミーカの最後を見届けた。

 機械を傷つけないように加工された弾丸も、生物には過酷だった。

「ミレートス、早くこっちへっ!」

 頭上を赤い光となって銃弾がかすめる。ミレートスは涙もふかずに、匍匐全身で真奈のもとによった。

「君の弾は、どれぐらい残ってる」

 十数発といったところだ。一度連射すれば終わりだった。

 二人は太い角柱の背後、特殊ベトンの壁側に達していた。しかしパラボラ式メーザー送電装置は表側にある。銃撃するには柱の表に回らなければならない。 たちまち警備ロボの銃撃にさらされる。


 反対側のアンナも似た状況だった。部隊からの砲撃は続く。巨大砲弾が珊瑚礁と岩でできた島におちると、巨大トンネルが震動し土砂が落ちる。

 そして作業ロボトはもくもくと土砂をとりのぞき、リフトの修理を急ぐ。

 一台の自動パワーショベルがやってきた。リフト上の土砂をとりのぞこうというのか。武装はしていない。チャンスだった。

 アンナは物陰から飛び出すと、軽く三メートルほど飛んでパワーショベルの大きなバケットの中に転がった。バケットを銃弾が襲う。バケットの外側が火花につつまれる。

全自動パワーショベルは、アルティフェックスの命令で停止し、バケットを傾けてアンナを転がそうとする。

 そのときアンナは下から、あの小型パラボラ送電装置を見上げる位置となった。この数秒をアンドロイド戦士は見逃さなかった。

 数秒で充分だった。アンナは支援機関銃の狙いをつけて、トリガーをしぼった。二十二口径の弾丸は、防備もしていないパラボラアンテナ状送電装置を破壊してしまった。

 そのあとアンナは床に転がされた。警備ロボは全体が停止した。次の指令を待っている。そのすきにアンナは立ち上がり、大きなパワーショベルのうしろに回り込んだ。

 銃を持つ警備ロボ十数体がサブマシンガンを構えた。しかしもう弾丸はさほど残っていないのか、数体だけが発砲する。

 アンナはあえて回避行動をとらない。拳銃弾はアンナの簡易防護服を破り、脆弱な人工皮膚に穴をあけていく。


「攻撃一時中止だと」

 橋立の田崎艦長は、田巻己志郎情報統監部次長兼第十課長の突然の再意見具申に驚いた。田巻は軍令本部要員で、現在は命令権がない。

 青ざめたこの陰険な謀略マニアは、長く国防族を牛耳り、今は長期政権記録を更新しつつある上田首相を後見人に持つ。それだけが強みだった。

 元は関西の私大文系出身で、当時の自衛隊関係の広報会社につとめていた。

 それが十数年前の四自衛隊統合で将校候補が不足し、どさくさにまぎれて上田議員の強引な後押しで任官していた。基礎教練など実技はほぼ出来ない。

「は、はい。ただちに部隊司令官に意見具申を。

 今こちらの送り込んだ潜入工作員と、それを追ってきた五百瀬予備一等曹長が、まさにアルティフェックスの近くにいてはります」

「……事情はわからんが、アルティフェックスは急造の地下シェルターに逃げ込もうとしているのではないのかね。そこに逃げ込まれると万事休す。

 君のさきほどの意見具申に従って、われわれはそれを阻止している」

「ミレートスこと、鳥栖とす美麗みれい元巡査部長と、連絡がとれました。メーザー送電システムを破壊して、一時的にアメティフェックスの動きをとめるとか。ともかくこのまま攻撃を続けると、鳥栖元巡査部長やアンナまで、生き埋めになるかも知れまへん」

「アンナだと。アンナとはあの、バトル・ステーションで優勝した戦闘アンドロイドか」

「どう言う経緯か知らへんけど、アンナまで失われたら責任問題や」

 渋面の田崎艦長は、ユニ・コムではなく秘匿性の高い軍用電話で、特務戦隊旗艦ジェームズ・アール・カーター・ジュニアを呼び出した。

「田巻くん。脱出装置はあるんだろうな」

「一応用意はしてあります。しかし不測の事態がおこってるから、届けられるかどうか」

「準備を開始したまえ。なんとしても潜入者を救うんだ。しかし君の進言に基づく、フロギストン純粋核融合爆撃機はすでにとびたっているからな」


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