第7話

 ソロモン諸島の東の端に、かつて米国の信託統治領だったファロ島がある。硬い岩礁と隆起サンゴ礁で覆われ、北部には樹木が少ない。南部はジャングルが人をはばむ。

 天然の要害だが、畑もなかなか開けず、従来住民もすくなかった。今世紀初頭にはついに定住人口がゼロとなった。日本語の話せる原住民が六十年代まではいた、とされる。

 その後は紆余曲折を経て、アメリカの不動産会社の所有となった。そして十年ほど前から、島全体を改造する大工事がはじまっていた。当初の目的は観光開発のはずだった。いつしかそれが物資流通基地と言うことになった。隣の島からは離れていることもあり、人目をはばかって工事は続けられた。

「ファロ島。どこです?」

 新日本機械工業本社工場敷地にある豪華な幹部宿舎で、五百瀬いおせ真奈は下着一枚でテレヴァイザーに出ていた。この季節でも窓を開けてある。肩にかけたバスタオルがなんとか、体格にくらべて豊かすぎる胸をかくしている。生真面目な法務一尉はすこしあせったが、こんな時間に電話してきたのは彼である。

「ソロモン諸島のはずれだ。巨大なる魔神が住んでるって伝説がのこってた島だ。

 ここ十年ほどで一大変貌をとげたんだけど、どうも完全自動工場をつくっているらしい」

「島全部が工場なんでしょうか。自動工場って、今時珍しくもない」

「最近になって判明した。初期はユニバーサル・オートマトンやクライネキーファー・ロボターなんてそうそうたる世界的企業が手がけていたらしいが、ここ数年で撤退している。いまはどこの所有かもよくわからない」

「なんです、それ」

「自律性工場とでも言うのかな。人の手がほとんど入らないロボット化工場なんてのは二十世紀からあったけど、それとはコンセプトがことなるらしい」

「でも、所有者ぐらいわかるでしょう?」

「すでに島全体の所属国家も不明になってる。一応、クライネキーファー商会が国際連邦の登記簿にはのっているがね」

「世界的企業が所有の、無国籍島なのかい。そこでいったいなにが」

「島の中心にはアルティフェックスと言うハイパー・ブレインがあって、その超コンピューター自身が工場の設計を行い、工作機械に指示しているらしい。

 自己改良すらしつつな。生産しているのもロボットの基幹部品だというが、いっさい企業秘密になっている」

「なんだかわかんないけど、確かに連中が目の仇にしそうですね。やっぱり太陽光発電は陽動だったかな。それにしても行動目的がはっきりしないな」

「ファロ島へは一部の技術者しか出入りしないので、定期便はない。時々ニュージーランドからチャーター便が出ている。あとは自家用の低音ヘリかな」

 壁面に、空港の監視カメラの映像がうつしだされた。

「小さなカウンター前を通る一組の美男美女。サングラスをかけているが、間違いないな」

 ミレートスは真奈が見ても判るほどの手抜き変装で、堂々と歩いている。

 国際的な指名手配を受けている大物テロリスト、低開発国ではメシアなどとも言われている「有名人」がである。アミーカ山本も、お忍び旅行中の芸能人のような無防備さだ。

「なぜ、つかまらないんですか」

「偽の遺伝子マーカーつきの証明書を次々と手にいれている。いくら資金豊富なテロリストでも、できる芸当ではない。それで困ってる。

怪しいと思っても書類が正規のものだと、なかなか手が出せないんだ」

「想像以上にバックは複雑か。

 で、自分達にそのファロ島に行ってほしいってんでしょ」

「……正規の軍人が、まして情報関係者が近づくと警戒される。

 本当のことを言うと、今回はいつになく強く執拗に情報統監部からの掣肘を受けている。なぜか味方であるはずの内務監査局にまで、目をつけられているんだ」

「政治的なことはさっぱりだけど、自分とアンナが行けば一尉は助かるか。

 ロボ・メイドの無実を晴らしてくれた恩返しもできるけど、デカいアンナが行けば目立ちますよ」

「知らないのか。アンナに似たアンドロイドが増えているのを」

「アンナに似たぁ?」

「前回のバトル・ステーションで、アンナは辛くも優勝した。

 狂気の天才南部みなべ孝四郎が金沢の人形師に原型を作らせたという美しく人間的な顔は、確かに世界的に有名だ。

 そして各アンドロイド造形工房には、アンナそっくりの顔に改造してほしいとの注文が殺到しているんだ。大きさはいろいろとあるけどね。

 実在の人物や、イラストなどと違ってアンナには人格権も著作権もない。言ってしまえばコピーし放題だからな。だからかえって目立たない」

「知らなかった、そんなことになっていたなんて」

「丁寧な造形には時間がかかる。そろそろ町中にアンナのそっくりさんがあふれ出している。

 君の会社はあわててアンナの肖像権を登録したけど、認可までは実質野放しだ。

 最新技術やアンドロイドの集まるファロ島に、まさか本物が出現するとは思わないだろう。つまり、本物のアンナが偽アンナの振りをするんだよ」

「なんとまあ。そう言えば帝都北郊の闇工房の職人も、そんなこと言ってたっけ」

「ともかく潜入手段はなんとかする。『真実の夜明け』はあのロボット天国であるファロ島で、なにかを企んでいるんだ。おそらくは大規模な破壊活動だけじゃない。もっと………」

 すこし考えてから、真奈はやや躊躇いがちに尋ねた。

「その、雷は、大丈夫ですか」

「なに?」

「その、あんまし雷は落ちませんか」

「……地球中どこでも雷は発生する。でも特にファロ島が雷の名所とは聞かない。 赤道が近いから雨季にはそうとう雨も降るし、落雷なりもあるだろう。

 だが今は、確か乾季だ」

「そうですか。よかった」

 法務一尉は、この大胆でがさつな真奈が、雷が大嫌いとは思えない。アンナになんらかの影響を及ぼすことを心配しているのか、と考えた。

 しかしこの、殺しても死なないような野生の娘にも、弱いものが二つあった。

 一つは化学調味料である。微量なら耐えられたが、代々山育ちの頑丈な彼女の体質にあわない。腹をこわしてしまう。そしてもう一つは雷である。

 そのことを、隠そうともしなかった。


「それで、結局ファロ島行くのね。なんとかって憲兵さんにまんまと乗せられて。

それって威力偵察じゃないの、危険すぎるわ」

 赤穂副主任技師は、アンナのあたらしいウイッグの装着具合を見ていた。いままでのものよりすこし長く、そして栗毛色である。人工皮膚に植えられた髪は、人間とかわらない。

 髪形をかえただけで、アンナの印象がすこしかわった。

「完璧よ。確かに偽アンナにみえるかもね。化粧もすこし濃い目にしておいた。アンドロイドに化粧方法プログラムするなんて、大変な時代ね」

 上は袖無しの黒いシャツ一枚の真奈は、袖口から乳房がはみ出しそうである。

「ファロ島ってところにもちょっとは興味あるよ。本当のところは、確かに偵察かもね。

 でもあの一尉さんは誠実そうで信頼できる。自分のカンにすぎないけどさ。本当にいけすかない情報統監部に、いびられているみたい」

「軍隊にかかわらず、機能の競合する組織ってのは、なにかと対立するの。

 うちだって研究開発班と、実際の製造チーム、そして営業部企画部門はいつも対立してるじゃない。もっとも大人の対応だし、けんかにまでは行ってない」

「そうなんすか。自分は南部先生や菅野さんたちとしか接点ないから」

「開発部は技術屋魂にかけて、高性能なものをつくりたがる。製造チームはなるべくコストを下げて、頑丈なアンドロイドがいい。

 無駄に性能いいものはつくりづらい。

 実際にお金を稼ぐ営業にしてみたら、ともかく売れないと話になんない。馬鹿げた新技術に金をつっこむよりも、デザインや宣伝に金をかけたほうがいい。

 アンナなんて、まさに技術とお金の無駄遣い。バトル・ステーションで優勝してくれたからこそ、うちの製品も世界的に知られて、営業も今はだまってるけどね」

「政治のことも自分にはよくわかんないけど、商売の世界も苦手だな。

 山奥で自然相手に暮らしているほうがいいかな。雷がなれば、耳ふさいで真言となえてりゃいいし」

 アンナが妙なことを言ってたことを、赤穂浪子は思い出した。

「無敵で不屈の鬼軍曹さん、雷様が怖いんだったわね」

「ちょっとしたトラウマで。爺ちゃんから、雷さまは山神様の怒りだって聞かされ続けたし」

 それだけではなかった。幼い頃、曽祖父が軍でもらい祖父が使っていた九九式小銃をいたずらして暴発させた。

 祖父は怒って、雷鳴とどろくなか彼女を炭小屋に閉じ込めたのである。以来、雷鳴が恐ろしい。どんなに近くで爆発音を聞いても平気だが、落雷には腰を抜かす。


 ニュージーランドは、緊迫度を増す国際情勢などどこ吹く風、のどかだった。しかし環太平洋条約機構の一員であり、最近はシーパワー化が著しい。

 副首都沖合いのメガ・フロート空港の隣には、太平洋機構軍の軍港がある。この晴れた日は珍しく、アメリカ第七部隊所属の情報収集艦ターナーが寄航していた。

 サングラスで、美しい顔を隠しただけの「人民のメシア」ことミレートスは、黒いスーツを着て出国ゲートにはいった。

 いささか背は低いが、機械化された肉体はたくましい。内臓の七割、筋肉などの六割を爆発で失い、人工臓器と人造筋肉で肉体を構成している。

 うしろはあのアミーカで、やはりサングラスをして不敵な笑みを浮かべている。 人間の検査官は、遺伝子コードのはいったパスポートカードを装置にかざした。

「失礼ですが肉体の六割以上がその……」

「顔だけは本物さ。爆発にまきこまれてね。むかしなら死んでしまったろうが、科学技術のおかげで生かされている。先端技術さまさまですよ」

 肉感的な唇から、いささか高い声がそう言った。うしろの「妻」も微笑んだ。

「主人は、自分はもう半分以上アンドロイドだって言うんですの」

「そうですか。お二人ともパスに問題はありません。島への渡航証明コードは」

 ミレートスが番号を告げると、声紋認証をクリアしてモニターに島へわたる「理由」があらわれた。

「クライネキーファー重工の方でしたか。前回のバトル・ステーションは惜しかったですな。わたしもカイザーに賭けていたんだけどね」

 こうして二人の凶悪テロリストは、出国手続きを終えた。二人しかのっていないリフトは一度滑走路地下まで下がり、そこから水平に移動していく。

「よくクライネキーファーの業務旅行証明がとれたわね。偽造?」

「パスと同じく、本物だ」

「そう……フフ、さすがね、あなたの雇い主」

「君はこのまま、わたしに従っていていいのか」

「アルティフェックスはわたし達にとっても敵よ。われわれの活動は国際連邦や先進国の富豪など、さまざまな勢力に利用され汚されている。

 そして醜い権力闘争と仲間割れ。もういいの。わたしはわたしの信念に基づいて行動するわ。人類とこの星のために」

 リフトは中型飛行機の真下でとまり、上昇していく。ドアがあくとそこは中型自家用機の豪華な客室だった。

 先にベルトをしている数人の技術者に目礼しつつ、「夫婦」は座席を目指した。


 横須賀鎮守府所属の特別桟橋から、日露戦争の記念艦「三笠」が見える。

 真奈は水上兵器に関してはさして興味なかったが、この無骨な鋼鉄戦列艦だけは好きだった。

 法務一尉はめだたないように平服、はやりのスーツだった。憲兵は赤い肩章と「憲兵」とかかれた腕章で、一目でわかってしまう。

 真奈もアンナも私服だが、背の高いアンナはサングラスをしても目立つ。

「こんな役目をおしつけてしまって、すまんと思っている」

 厳格だが誠実そうな田沢は本音を語った。

「乗りかかった船ですよ。自分もあの格闘技に達者な女のことが気にかかる」

「ロボ・メイドの敵討ちか」

「まさかそこまで。あんだけの美人だけど、目に悲しみがあった。あんたのその闘争心の原動力はなんだって聞いてやりたい。姉さんの敵討ちだけじゃないだろう。

 あとあのえらくきれいなテロの親玉にも、問い詰めてやりたいな。なんでそんだけ先端文明を憎むのかって。いや本当に憎んでるのかどうかも、気にかかるな」

「これも大きな声ではいえないが、反先端技術国際テロ・ネットワーク『真実の夜明け』でも、もっとも過激な行動派といわれるミレートス一派の背後には」

 田沢は一度息を吸った。

「どうもあの情報統監部の影が見え隠れする」

「なんですそれ。前にもチラっと聞いたけど。わが国だって奴らにはかなりの被害を受けてんだろう? 市ヶ谷の地下が操ってんですかい」

「殺された木下自身が、情報統監部にいろいろリークしていたと話したろう。

 そのほかにも、統監部は各種のスパイ、内通者を飼っているらしい。いやそれは、わが国の情報機関だけではない。

 テロ組織に媚びることで被害を最小限にしようとしているのか、または内通者を作り上げようとしているのか。ともかく第十課のやることは不気味でかなわない。 特にあの陰険な謀略参謀は、噂通り危険だ」

「政治的な駆け引きとか裏取引とか、大の苦手でね。ともかくハンサムさんたちが全島ロボット化された要塞でなにしようとしているのか、暴きだしてやりますよ」

 桟橋のさきには、巨大なブーメラン状の水上機が固定されている。天馬「フリューゲルロス」と言う最新の機種である。

 海上を滑空して飛ぶが、タンクに海水を含んで潜水艇としても活動できる。二人がのりこむとアームがはずされ、フリューゲルロスは波に浮かぶ。そしてゆっくりと沖合いに出て行った。田沢は平服のまま、いつまでも挙手の礼で見送った。


 四時間後、フリューゲルロスはニュージーランド沖に着水した。ここで貨物便を待つのである。その時間はうまく国家憲兵隊が調べていた。

 海上空港の特別待合室には、現地駐在武官からの「差し入れ」がとどいていた。出国許可もパスポートも日本政府発行の「本物」だった。

 真奈は体に張り付いたような防護服パンツァーヘムトの上から、派手目の服を着なくてはならない。ドレスにしては大胆な、セクシーさを強調したものだった。

「こ、これ自分が着るのかい。ピンクって」

「わたしの服もある。ブルーだが。この衣装を着る理由は」

「戦闘服ではいっちゃまずいだろ。化粧なんてどうすんのさ」

「わたしにプログラムされている。こちらのケースに化粧品がはいっている」

「あんたってなんでもできるんだね。やってもらおうか。

 化粧なんてしたこともない。森林迷彩のほうがましだよ」

「かなり女性らしさを強調した服をきる理由は」

「ファロ島ってのは、全体が工場みたいなものらしい。ゆくゆくは画期的な完全自動工場にするってんだ。なんでそんな孤島にそんなもんつくるのか知らないけど。

 でもまだ途中。ほかのオートマティック工場みたいに、管理や修理には人間が必要なんだ。たいていは各地の会社や研究所から引き抜かれる優秀な技師、研究者だとよ。家族同行はだめ。女性もいるけど、お固い技術プロなんだって、一尉殿がいっていた。

 だからその、外からの女が必要なんだ。野郎どもをその、慰めるような」

「長期滞在になるのか」

「人によるとね。一年以上島から出ない人もいるってさ。働き盛りの男だけが何ヶ月も暮らしてんだ。なにしんてのかしらないけど。

 当然、いろいろと不自由も出てくるしね」

「性欲処理か」

「露骨だね。それもあるけど、酒飲んで騒ぎたくもなるさ。そのために酌婦とか。 さすがに街の女ってわけにはいかないから特殊なアンドロイドや、そこまでいかなくてもいろいろと生身の女性も必要になってくる。

 あんたの顔は最近のはやりらしいから。なりはデカいけどモテるかもよ」

 アンナは新しいプログラムにしたがって、真奈に化粧をほどこした。森林迷彩以外、ほとんど化粧と言うものをしたことのない山女だった。

 十分ほどして、愛くるしい童顔が今風に仕上がった。鏡を見た真奈は、一分ほど驚いてからやっと口を開いた。

「へえ、自分もまだ女の子だったんだ。意外だよ。どうアンナ、似合ってるかい」

「服のサイズはおおむねあっている。ただし胸の辺りが狭すぎる」

「もういいよ。貴様はさすがだね。なんか夜の女王って感じだ」

「真奈、貨物機の登場手続きがはじまっている。行こう」

 二人は貨物便の客室に無事乗り込んだ。他の客は交替技師が二人と、生活物資の納入業者が三人。二人の「美女」の出現に、いささか緊張していた。


 絶海の孤島でもないが、岩がちなファロ島はソロモン群島のはずれにさみしく浮かんでいる。大きさは奄美本島の半分ほど。全島が熱帯植物に覆われ、中央に高い岩山がある。

 中型STOL機は唯一の空港についた。荷物などは「オペラートル」と呼ばれるロボットが積みおろす。むかえにきた無人カーゴに新参の技師や真奈たちも乗せてもらうことになる。

 出発直前、やっと年配の技師が真奈にきいた。

「そっちのデカいの、アンドロイドだな。よくできてる。顔は例のアンナに似せたのか」

「はやりだからね。いい出来だろ」

「まさに女神降臨だな。で、目的地は例のゴモラだな」

「なに?」

「歓楽街だよ。みんなゴモラって呼んでる。どの店だい。前には飲み屋も一軒だったが、今ではちょっとした買い物もできるらしい。

 なんせ島にゃ、男が五百人もいるからな」

「店は知らない。あちらで探すよ」

 カーゴはもともと人をのせるようにはできておらず、乗り心地地は悪い。

 それほど濃密ではないジャングルの中をすすむと、フェンスや警戒ポールなどが目立ちだした。突如巨大な門が現れた。無機質で白く高さ三メートルはある。自動カーゴは一度とまった。

「スキャニングされている。敵性行動は観測されない」

「今は大人しくしてな」

 やがて自動カーゴは、開いた門の中へとはいっていく。真奈はささやいた。

「うまく行き過ぎだな。こりゃかえってヤバいよ」

「状況が理解できない。上首尾ならばこのまま作戦を続行させればいい」

「こうすんなりと行き過ぎる時、どっかに罠があるんだ。もっと調べられるならともかく。これがどこかに到着する前にズラかろう」

 門の奥は別世界である。樹木は計画的に配置され、まるでかつてのローマ帝国のような整然とした町並みが広がる。壮大なセットのようにも見える。

 しかし人の生活感はなく、行き交うのは全自動機械とロボットばかりである。

 街と言っても立ち並ぶのは建物ではなく、なにかの機械を保護するための構造物だった。

高さ百メートルほどの無機質な特殊ベトンの「箱」が、目立つ。第二次大戦の防空塔フルックトゥルムに似たそれは、やはり同じような機能を持つらしい。

 アンナは精巧なカメラ・アイで周囲を観察し続ける。

「構造物の多くは防空システムと関係がある。地上部分に稼働している機械は少ない。微振動と各種電波の交信状況から推測するに、地下に相当の施設がある」

 行く手に、白く輝くドーム状の建物が見え出した。中央部の高さは、二百メートル以上ありそうだった。

 装飾も窓もない、無機質だが威圧感のある「神殿」である。

「あれだ。アルティフェックスだ。完成したか」

 技師の一人が言った。真奈は山で鍛えられた野性の勘で、このまますすむことの危険を察知した。傍らのアンナにささやく。

「おりよう。先の柱のところで。よくない予感がする」

 時速十キロほどですすむカーゴから、まず真奈が飛び降りた。アンナもつづく。 しきりに声をかけてきた初老の技師が叫ぶ。

「おい、ゴモラまではまだ遠いぞ。せっかちな」

 自動カーゴはそのまますすみ、地下へ通じる大きな入り口へと消えて行った。

 アンナは真奈のものも入った大きなバッグを肩にのせている。

「これからの行動の指示を」

「残念だけどこのチャラチャラした衣装を着替える。で、美男美女のテロリストを探すんだ」

「ここの警備システムへの侵入は相当困難と考えられる」

「目で探そう。全体で五百人。女は多分十数人。女のかっこうしてりゃ、あれだけの美女は嫌でも目立つさ。目立つといえば、貴様が一番だけどね」

 真奈たちは資材倉庫かトーチカのような場所に隠れた。なかには壊れた機械や、機械オイルの缶などが放置されている。

「さ、きれいなオベベぬいで動きやすいものに着替えな。

 それにしても、ミレートスとアミーカなんて国際指名手配の二人が、何故やすやすと、潜入してんだい」

「ここの警備状況は完璧ではない。島全体の発展が優先されている。

 そして警戒すべき人間そのものが少ない。ただし外部からの攻撃に対しては対抗手段が完備されている」

「こんなどえらい施設つくってるなんて。完全オートメーション工場って感じじゃないな」

「さまざまな機械言語の通信が飛び交っている。一部はわたしにも理解不能だ」

「そりゃ暗号ぐらい使ってるさ」

「暗号ではない。機械同士のコミュニケーションに特化した新言語と推定される」

「新言語? なんだいそれ」

「感情、主観のはいりこむ余地のない、かつ格変化や助詞のない機能的な言語だ」

 二人はドレスを脱ぎ捨てた。アンナも荷物のなかからうすく軽量な個人装甲「短パンツァーヘムト」をとりだして身につける。ローマ戦士の革鎧のように、腹と胸の辺りを防護する。マナはいつもの特殊ブーツにはきなおした。

「貴様はここで待機だ。自分は男のふりをして街なかをほっつき歩いてみる」

 真菜は最後にウイッグをとり、キャップをかぶった。肩幅があり、少年に見えないこともない。軽量パンツァーヘムトのおかげで、不釣合いに大きな胸もある程度隠れてくれる。

「真奈。電波障害がおこっているが、ユニヴァーサル・コミュニケーターを常にオンにしておいてください。位置確認のためにも」

「ああ。行ってくるよ」




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