第6話

 アンナは小柄な真奈を肩に乗せ、トラックの屋根や低層家屋の屋根へと次々と飛び移る。大柄な女が数メートル飛んで風のようにかけて行くのを目撃した人々は、わが目を疑った。

 何人かが、その大きな女性が第三回バトル・ステーションで優勝した完全女性型アンドロイドであることを見抜いて、叫んでいた。

 アンナは五分ほどで送電施設を囲む警戒線に達した。地元の完全武装警察軍兵士たちは、背後から近づいた気配に驚いてふりむいた。

 そこへ装甲車の上にとびのったアンナがさらに高く飛び、高いフェンスをとびこえたのである。幸いこの事件で、自動警戒装置はきられていた。

 警察軍兵士たちはたった今目撃した光景が信じられず、誰もが唖然としていた。

銃を構えた人間の警備員も、全員退避している。ロボットではない攻撃機械も、いつもの警戒位置にいなかった。アンナは警備カメラの映像から推定して、トランクを運び込んだ位置を推定した。

「爆発時間まであまりない。

 ミレートスが関連した過去の例だと、かならず爆破予告をして、人々が退避するまでかなりの時間をとっている。警備員が全員退去しているのは、すでに犯行予告連絡があったためと推定される」

「かもな。法務一尉さんの言ってた通りだ。ミレートスらしいよ。

 奴は人が爆死することを嫌がっている。不思議だな。だいたいテロリストなんて、血に飢えた欲望を満足させるためには、どんな理屈だってつけるもんだよ」

「あの奥の建物。倉庫に偽装した予備資材保管所だ」

 突如アンナは立ち止まり、片膝をついた。

「真奈」

「わかってるよ。自分は足手まとい、危険だってんだろ。

 状況は逐一ユニ・コムに流しな」

 真奈は肩から降りて、物陰に隠れた。アンナは走って倉庫にむかう。警報だけが鳴り響いている。倉庫のような建物の出入り口は固く閉ざされている。

 その前に一台、警備用のロボ・セントリーがたたずんでいた。

 いや、ロボと名づけられているが「ロボット」ではない。市販ロボットに不可欠な良心回路が装着されておらず、完全にプログラム通りにしか動かない全自動兵器である。

 円筒形の上に円盤をのせ、日本の腕には軽機関銃とライトなどを装着させている。それが四本の脚で力強く歩いてくる。

「侵入者発見。侵入者発見」

 と英語で報告しつつ、アンナに接近する。

「ただちに武器を捨てて投降しなさい。二度目の警告のあとに発砲する」

 相手が機械の場合、アンナに遠慮はなかった。

 駆け出したアンナは、高く飛んだ。相手が「飛ぶ」ことを想定していないセントリーの動きがとまった。頭上のカメラ・アイを動かす。

 戦闘訓練でこの種の機械には慣れているアンナは、セントリーのすぐ前に片膝をついて降り立つと、すぐに突進した。

「最後の警告です、ただちに」

 また三メートルほどアンナは飛び上がる。こんどはロボ・セントリーもその動きをとらえていた。銃口を上にむける。

 だがアンナは、直系一メートルほどのセントリーの「頭部」に降り立った。予想外の行動に対して、プログラム通りに動くセントリーは対処できない。

 体重四百キロのアンナが頭部に立っている。

「警告します。ただちに投降してください」

 と繰り返すだけである。

 四本の脚がきしみだした。アンナは微妙にバランスをとりつつ、頭上で飛び跳ねた。やがて四本の脚の一つが、折れた。

 警備用セントリーはひっくりかえる。いっしょに倒れかけたアンナは中空で一回転して降り立ち、地響きたてて倒れたセントリーからすばやく二十二口径の支援機関銃をもぎ取った。

 セントリーは機能不全をおこし、白煙をふきだした。

 アンナは奪った軽機関銃で、倉庫のさほど大きくないシャッターを銃撃した。


「真奈、わたしの視線からの映像が見えるか」

「ユニ・コムにバッチリうつってる。そのトランクだね」

「しかし目立ちすぎる」

「確かに、がらくたの下においてあるだけだな。

 罠かもしんない。触ったとたんにきっとドカンだよ」

「赤外線モードにした。しかし一時間以上前に爆発物をしかけている」

 アミーカが運んだトランクは、内部にかすかな熱をもつ機械が内臓されている。

 爆発物処理班ならうまく無力化できそうだ。だがアンナでは時間がかかるし、ダミーであった場合は「ほんもの」が連動して爆発する場合もある。

「アンナ、精査モードにしてみて。その資材格納庫の前は、むかしながらのコンクリートだよな。例のベッピンはそこをとおってきたんだ。

 細かなコンクリートの粉末が、靴の裏についていないかい。

 ほんの微量でも、あんたには検出できるよ」

 アンナは四つんばいになって、顔を近づけた。

「微量のコンクリート粉末を見つけた。最近落ちたものだ」

「よし、それたどれるかい」

「視覚の倍率を最大にする。足跡を確認した」

 普段使わない倉庫である。その微小粉末がごく最近おちたものであることに、賭けるしかない。

「それ追って。時間がないと思う。

 無理なら逃げ出して来な。施設と心中するこたぁないよ」

 アンナの検出した最新の足跡は、なんとトイレ方向にまで続いていた。普段はさほど使うこともない廊下の男子トイレである。

 そこでコンクリートの細かな粉末は、途絶えている。

「真奈、男性用トイレについての情報が不足している」

「じ、自分にだってないよ。どうかしたかい」

「微量のコンクリート粉末はもう観測されない。しかし足跡の延長上で、鍵のかかっていない部屋はこの廊下のトイレだけだ。男性用のトイレがある」

「じゃあそこだね。でも時間がない」

「聴覚を七十倍にあげる。しばらく沈黙を要求する」

 アンナの耳にさまざまな雑音が飛び込んでくる。そのなかから外部のざわめき、サイレンなどを漉し落としていく。最後に、低い電子音がのこった。

 アンナはトイレの入り口を見た。オーデコロンの販売機が、壁にかけてある。高さは一メートルほど。あのトランクに入る大きさだった。

 アンナは近づいて、耳を近づけた。中からタイマーのものらしい電子音がする。

「真奈、発見した。販売機に偽装している。なかから電子音がするが、コインを入れてレバーをおす原始的なものだ」

 アンナはそれをはずした。かなり重い。

「構造は判らない。情報と工具が不足しているので、ここでの解体は無理だ」

「外に爆発処理班が待機している。まかせて」

「その時間はなさそうだ。電子パルスの感覚が短くなっている。爆発が近い」

 完全人間型アンドロイドは無表情のまま、偽販売機をかかえて、廊下を走り出した。つきあたりの窓を突き破って飛び出すと、広い駐車場めがけて投げた。

 そのむこうは海である。販売機爆弾は、奥行き三十メートル以上はある駐車場を飛び越えて、フェンスのむこうの海に落ちた。

「真奈、爆発する」

 すさまじい爆発は、テトラポッドを四方にとばし、頑丈な護岸を一部崩した。沖で監視していた巡視船二隻が破片で被害を受けた。

 海に面した駐車場フェンスもたおれ、テトラポットの大きな破片が、施設の一部と車輌を数台、破壊した。

 硝煙と水煙が渦巻く中、アンナは仁王立ちになっていた。破片が飛来すると、冷静に身をかわして避けた。

「アンナっ!」

 戦技トレーナーである予備一等曹長が、硝煙をかけわけて抱きついてきた。警戒線のむこうでは、怒号と悲鳴と罵声がとびかっている。負傷者はでたものの重傷、死者は皆無で、送電システムは破壊を免れたのである。


 現地政府に恩を売ったアンナたちは、警察署副署長から感謝された。

 そしてまた、あの移動司令車からこの国のすべての監視カメラへのアクセスが許可されたのである。

 さすがにアンナでも時間がかかる。山際准尉と真奈は、司令車の外でコーヒーを飲んで待っていた。准尉は市ヶ谷の国家憲兵隊本部に報告していた。

「素敵な相方ね。ちょっとうらやましい」

「ああ、自分より無茶なヤツに会えて嬉しいですよ」

 やがて真奈のユニ・コムが鳴った。二人は薄暗く狭い司令車にはいった。

 モニターには、サングラスに帽子をかぶったあのアミーカが映し出されている。

「三十分前にまた貨物ターミナルにあらわれた。その後の足取りはつかめていないが、また密輸機に乗ったものと推定される」

「あのミレートスって野郎は」

「まだ検索しきれていない。ここにきていないのかもしれない」

 アンナと真奈は夕方の旅客機で日本へと戻った。国家憲兵隊へは機内から報告しておいた。真奈はともかく「古巣」に戻りたかった。珍しく疲れていた。


 おそい朝食を食べていると、赤穂浪子が濃いブラックコーヒー片手に近づいてきた。幹部社員用の机に腰をおろし、長い足を組んで小柄な真奈を見下ろす。

 いつもの黒い下着に薄い白衣と言ういでたちである。室内はともかく、外では寒いだろう。見事な肉体を、見せつけているわけではなさそうだが。

「本当にご苦労さん。あっちのほうでのアンナの評判はたいしたものよ。

 おかげで、ウチの商売もやりやすくなったって、おエラいさんたちも大喜び」

「社長は戻られたのかい」

「社長と常務は病院逃げ込んだら、本当に体の悪いところが見つかってまだ検査中ですわよ。専務は戻ってるわ。ロボ・メイドの件も落ち着きかけてる。

 それよりもいまマスコミは、『真実の夜明け』のことで手いっぱいよ。今度は日本だ、日本はもうだめだって大騒ぎ」

「あの女をふんじばって連れてきて、突き落とされたメイドの無実を晴らしてやりたいな」

「問題は動機よね。用心深い木下を暗殺するのに手間隙かけたのは判るけど、じゃあ資金洗浄係りを片付ける理由はなに。

 殺し方も残酷だわ。あなた、復讐かもしれないって言ってたわね」

「あてずっぽうですよ。個人的な復讐と、組織としての報復。それとも証拠隠滅かかしらね」

「それにしても狂った連中。各地の新型発電システムは警備が強化されて、工事に遅れが出始めているわ。やつらの思う壺かもね。

 確かに低開発国の犠牲のもとに、ごく一部の先進各国は成長を続けている。それを正そうって気持ちは判らないでもない。でも主張と行動がチグハグなのよ」

「確かになんか無駄ことしているね。わざわざ危険なテロリストですって、言いふらしているみたいだし。

 本当に先端技術を破壊したいより、自分たちのアピールが目的じゃないかな。

 それとも陽動か。その両方か」

「陽動? 何のため、なぜそう思うのよ」

「なんか、行き当たりばったりと言うか。

 ミレートスって色男は人的被害を出したくないんだろ。だからわざわざ警告の電話とか出している。あれ以来、発電関係はどこも警戒厳重なのに、同じ手段を繰り返している。

 でもって使ってるのは藤村式高性能爆薬。ダイナマイトの二十倍の威力ってんだけど、値段も十倍ぐいするらしいよ。そんなのどんどん無駄にしている。

 奴ら、新式発電システムを目の仇にしているように見せかけて、本当の狙いは別のところにあるんじゃないかなあ。

 送電技術は発展途上国にとっても必要なんだし、太陽光発電も開発がすすめば安価な電力源になるのは判ってる。究極のエコ・エネルギーなのに。

 情け無用の国際連邦とどう関係してんのかわかんないけど、先進国が憎いわけじゃなくて、先進国による富と資源、技術の独占がいやなんだろ?」

「富の分配。先頭を走ってる先進国に、ちょっと速度落として待ってやれってことかしら。………確かにちょっと妙かな。

 奴等の行動は、決して開発途上国の利益になっていない」

「わが国があんまし狙われないのは、どうしてだい?」

「発展途上国に技術や資金援助しているからでしょ。国是をたてに戦闘部隊は派遣してない。

 でも世界の二割の地域で紛争がおこってるし、二割の国が機能停止しているわ。

 わが国は援助はするけど、自分たちの血は流したくないって感じかな。それでも現地では感謝されてる」

 朝でもかなりしっかり食べる真奈は、また丼飯と新鮮な有精卵をおかわりした。


 その日の午後、真奈はいつもの自動バイクで市ヶ谷へむかった。マニュアル運転が好きだったが、この日はなぜか「フル・オートマチック」に設定した。

 勝手にバイクが目的地へはこんでくれる。

 待っていたのは、冷静で頼もしげな国家憲兵隊の田沢昭二法務一尉である。すこしうれしそうだった。厳しい肩書きだが、根は善人のようだ。

「ロボ・メイドの件は法的にも政治的にも、決着がついた。マスコミももう、新日本を追い回さない。ロボット倫理委員会が最終的に無実を確認したよ」

「でも真相は発表しないんですね」

「珍しいことじゃないさ。暴かれた真相のほうが、珍しい」

「自分がつかまえそこなったあのベッピンさんはなに。相当な武術の使い手だったけど、サイボーグですかい」

「アミーカ山本は生身の人間らしい。彼女はね」

 田沢がユニ・コムをいじると、壁面一杯がスクリーンになった。あの美しい女テロリストの写真があらわれる。にこやかに微笑んでいる。

「日本での経歴は今ひとつはっきりしないが、確かに日本人の血をひいている。

 そしてこれが、実の姉だ」

 次の写真はホテルかどこかのロビーの、監視カメラのものだった。殺された木下の隣で、鞄をもつ長身の女。アンナが見つけた写真とは別角度で、より鮮明なものだった。アミーカによく似ている。

「名前はメリッサ山本。日系の元モデルだ」

「姉……やっばりね。似てるはずだ。で、このいかついオヤジの愛人なのかい」

「秘書だ。二年半前に木下に高額でやとわれたそうだ。

 そして金はあるが女性には嫌われていた木下が、ほれ込んでしまった。メリッサには恋人もいたし当然拒絶する。メリッサが秘書を辞めなかったのは、木下が強引ではなく、あくまで贈り物などで気をひこうとして、あんなヤツにしては随分うぶなアプローチをしたかららしい」

「つまり、本気で惚れていたってのかい? がらにもなく。鏡あるのかね」

「しかしメリッサは技師である恋人と別れるつもりもない。そこで多分木下は、その恋人を始末したんだろう。半年後に恋人は車にはねられて死んでいる。

 犯人は今もつかまっていない」

「……やっと、こいつらしいことをしやがったな」

「落ち込んだメリッサに急接近しようとしたんだろうが、やはりバレたんだろうな。ほどなくメリッサは木下の元を飛び出した。もともと酒には強かったんだろうけど、恋人のことを思って泥酔してね。

 深夜酩酊状態で車道へ出たところ、全自動清掃車にひかれたんだ」

「なんとまあ」

「木下も激しく動揺したらしい。しばらくはマネーロンダリングの仕事がとまっている。それから復帰して、手広くやっていたんだ。

 ロボ・メイドだけを相手に部屋から出ずね」

「メリッサは恋人を殺されて、酒に走って事故った……木下が死なせたみたいなモンだね。つまりアミーカは、姉さんの敵討ちですか」

「それだけでもないだろうがな。周到に資金と手間隙をかけて、私情もあって始末したようだな。しかし……あの木下は、実は情報関係のスパイだったんだ」

「え? 情報関係って、統監部ですか」

「さて、どこかな。テロ組織やマフィアのための資金洗浄をしつつ、テロ組織などの動向を報告していたらしい。

 それが発覚してテロ組織に消されたか、使いづらくなったので情報部に捨てられたか。ともかくアミーカは奴がまだメリッサの面影をおっていて、女を近づけないことを知ったんだ。

 メリッサに似た夜用のロボットも発注して、顔を作り変えられないかと問い合わせている。肖像権法違反だからと、新日本の子会社は断っているが」

「夜用って…ああ、新日本の裏の主力商品」

 日本の三大、そして世界五大メーカーの一つである新日本機械工業。その主力商品は、完全人間型ロボット・ナース「小夜」である。ロボ・メイドはその派生商品である。その細くても頑丈な脚部は南部の開発した特許技術で、アンナにも応用されている。

 そしてもう一つ、裏のヒット商品が子会社に製造させているセクシャル・ロボットだった。

 この時代、国内でも階層化がすすんでいる。中産階級以上の階層では政府の手厚い保護もあって、出産率がかなりあがっている。

 しかしそれ未満の階層では、結婚が一種の特権にすらなりつつある。

 女性では未婚でも低所得でも、「半社会主義」とわれるわが国の福祉システムが保護してくれる。

 しかし男は事実上放置である。とは言え性欲処理のために売春を公認することは、先進国としては恥辱的である。女性団体からの突き上げも恐ろしい。

 そこでいわば、「機械売春」を容認しているのである。新日本の子会社はその「専用ロボット」の寡占的製造と販売を行っていた。それがロボ・ナース以上の利益を産む。

 アンナの産みの親、南部博士はもともとその子会社で、夜伽ロボを作っていた。

「そこで不正顔面改造業者を金でつって、木下に電子カタログをおくりつけた。

 自分の憧れの人、思い出の人に改造できますよってね。

用心ぶかい木下もまんまとのせられて、メリッサさんそっくりに改造させたんだ」

「……キショク悪い。でもそれだけメリッサって人を、本気で愛してたんだね」

「不遇な少年時代。特に女性には、そうとう手ひどい目にあったらしいからな。

 工科大学は、国の補助で通っている。その学生時代に道を踏み外したそうだ。

 ともかくそれでアミーカは、復讐もかねた処理計画を実行にうつした。姉メリッサに似せた、いやロボ・メイドに似せた化粧と髪形でまんまと成りすまし、君が解き明かしたように配達用自動カーゴにしのんで、警戒厳重な高級アパートメントハウスに潜入したんだろう」

「そしてロボ・メイドの機能を切って、木下を監視カメラの前で撲殺。

 メイドをベランダまでひっぱって行って再起動。そのまま突き落としたんだね」

「いくら真剣に愛していたとは言え、姉の恋人を奪い、姉さんを死においやった木下が許せなかったんだろう。無論組織の命令か許可もあってね」

「木下を殺されたことで、統監部はなにか行動を起こしましたか」

「折込済みのことだったのか、用済みなのか。情報統監部に特に動きはない」

 真奈はニヤリとした。

「やっぱり統監部の手先だったんですか」

「……やられたな。そのとおりだ。謀略、特殊工作専門の第十課だろうな。公式には九課までしかないことになっているが」

 十課と十一課の存在については、現役時代に噂で聞いたことがあった。

「でも警戒厳重な情報統監部がスパイとして使っていて、木下自身も相当用心ぶかかったんでしょう。なんでスパイってバレたんだろ。

 ……もう役に立たなくなったので統監部そのものが正体をリークし、『真実の夜明け』自身に裏切り者として処分させたってのかい」

「そんなところだろう。哀れな話だが。

 テロ組織の資金洗浄だけならまだしも、最近はマフィアや東南アジアの覚醒剤関係の危ない資金の運用なんかもやっていた。

 警察や公安が躍起になって、奴をあげようとしていたからな。つかまって情報統監部の名前をだされたら大事だ。だから自ら手を汚さず、処分したかな」

「……奴は、本気でほれていたメリッサさんの妹に殺された。自分になにがおこったかも知らなかったろう。ひどいやつだけど、なんか哀れだね」

 真奈はすこし物悲しくなった。そして情報の世界の恐ろしさを実感した。


「いよいよ、決起のときは来たのです」

 薄暗い空間のなかで、情報統監部次長兼第十課長たる先任「古参」二等佐官田巻己士郎は断言した。

 ここ市ヶ谷中央要塞地下第四層会議室のテレビ立体会議システムの情報秘匿能力は、世界有数である。

 田巻は周囲に写る虚像数人の顔を見回した。警察、革新官僚、国家憲兵隊その他の省庁の「同志」と呼べる面々である。しかしみな、田巻を利用するが信じてはいない。そしてこの男の危険さをよく知っていた。

「須藤軍令本部総長から口頭で最終的許可をいただいた。わたしは次の連合部隊機密会議に参加する。諸君は国内のトリニタース一党の処分について、具体的な行動計画を練っていただきたい。

 奴らの背景、資金源、弱点などは十分に洗い出している。国家のため、ひいては全世界のためやから、身ぃひきしめてかかるべし。

 どんな汚い手段をつかっても、奴等をおいこめ。腐敗政治屋、悪徳役人、汚い資本家とそんな魑魅魍魎に媚び諂うインチキマスコミと似非学者。

 遠慮はいらない。完全な社会的抹殺が無理なら……」

 田巻はいまどき珍しい度の強いレンズの底で、細い目を凶悪に光らせた。

「物理的抹殺も辞さない。証拠の残らない確実な方法はわが第十課におまかせを」

 映像で出席していた「同志」たちは、息を飲んだ。

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