第4話

 会社、特に菅野と社長への説明は赤穂浪子が行った。真奈の犯罪的提案にはじめは難色を示した浪子だが。やがてユニ・コムに地図を送ってきてくれた。

「なんの地図だよ」

「こっちもモグリの不正改造業者兼ハッカー。二日前にパクられたんで、いまは空き家だそうよ。そこ行けば、回線は残っているわ」

 やはり新宿第二種警戒地区近くの、古びたアパートの一室がそうだった。築半世紀はたつであろう集合住宅の一階のドアは、警報装置も外されていた。

 アンナを連れて真奈は中にはいった。暗く雑然としていて、コンピューターその他の機器とデータボックスは押収されていた。

 さまざまな箱やケースが散乱している。

「きったない部屋だね。でもデカい光ファイバーのケーブルがあるはずだ」

 押入れの奥からひいた業務用のケーブルはまだ残っていた。

「直接わたしと接続するのか」

「だめだよ。あんたのIDがばれてしまう。なにか中継ぎのマシンないかな」

 押入れの中には、もう十年以上前の形式の薄いノートパソコンがあった。

「骨董品だけど、使えるかどうか」

 アンナが調べたところ、電源があればまだ機能しそうだった。

 ただ処理速度が遅い。

「時間はあまりない。警察の機密ファイルにアクセスするんだ。

 すぐにコワい顔してかけつけるよ」

 アンナはノートPCの端子に、自分の首の後ろからひきだしたコードをつないだ。

「それでいい。こっちの端子を業務用のケーブルにつないで」

「アクセスした。個別コードは撹乱する」

「いいね。一尉殿に聞いた警察データファイルのアクセスコード使って。慎重にね。しょっちゅうあちこちからアクセスしてるだろうけど、その隙を狙うんだ」

「アクセス開始」

 古いノートパソコンの薄いパネルに、めまぐるしく数の羅列が映りだした。

「中央データ・コアに接続できた。過去数年間の全犯罪記録だ」

「全データの中から木下に関するものを洗い出して、危ない商売してんだ。隠し撮りとかいろいろあるだろう」

「同年齢男性の画像データだけで、十億はこえる」

「そんなに」

「最低数十秒はかかる」

「……気長に待つよ」

 画面はとても真奈に読み取れない。やがてアンナは静かに告げる。

「第一の写真だ」

 古いモニターに、鮮明な木下の写真が映し出された。すこし若いが、知的だが貧相で凶悪そうな面構えは、間違いなかった。なにかで逮捕されたときのものらしく、正面からの写真もあった。醜いかおに傷がある。

 あとは隠し撮りのものやスナップ写真が続く。最後の写真は、ホテルの防犯カメラに映った二人連れだった。

 まさに全自動タクシーにのろうとするところを、すこし上から捕らえている。

「ストップ! こっちの女、拡大して」

 古風な書類鞄を持ち、乗り込もうとする女性。二十代半ばの髪の長い美人だった。日本人ばなれした顔立ちは、まさにあのロボ・メイドでありアミーカだった。

「……これ。あのアミーカかい」

「本人ではないが酷似している。ロボ・メイドのモデルと推定される」

「誰か判るかな」

「写真のキャプションには、木下とその秘書らしき女性、としかない。真奈、警察の自動探査システムがここをかぎつけた。個体認識番号を探ろうとしている」

「よし、出るよ。その古い機械、踏み潰して」

 四百キロ以上あるアンナの体重で、完全に押しつぶせた。真奈たちが小型車にのりこんだとたんに、サイレンが響いてきた。


「なるほど。かつての美人秘書そっくりに、顔を作らせたわけね」

 旧神奈川県下の新日本機工本社工場に戻ったのは、夜になってからだった。職員と技師はほとんどが退社していた。菅野たちはまた東京で「火消し」に急がしい。

 赤穂浪子の研究室で、データを披露した。足の長い細身の副主任技師は、黒い下着の上に通気性のある白衣をまとっている。下着の黒い色が透けて見える。

「この秘書とやらの正体は不明。アンナ、アミーカって奴の顔だして。

 それで、整形のあとはある?」

「かすかな傷が鼻の横にある。あとは確認できない。しかし骨格はこの秘書とよく似ている。おそらく血縁である可能性は八十パーセント以上」

「そう。これ多分姉さんかなんかだよ。このブ男が秘書につかってて、惚れたな。

 なんだか美女と野獣って感じだね」

「木下って危ないことして、相当な資産もってたんでしょ」

「金では動かない憧れの人かな。それとも『真実の夜明け』の送り込んだ刺客か」

「木下は憧れの人そっくりの、ロボ・メイドを作ったわけかしら。その思い人の妹かも知れないアミーカが、業者を操って作らせた。下準備はできていたわけね」

「でも動機がまだわかんない。木下は警備公安や国家憲兵隊から狙われている『真実の夜明け』を上得意にする、資金洗浄屋。それを始末したのはどうしてだい」

「裏切ったか、ピンはねがすぎたかしらね。

 警察に逮捕されば、あっけなく総てをバラしそう。口封じかも知れないわね」

「この美人秘書さん、どうしたのかな」

 真奈はふと、厳しい顔をつくった。

「……ひょっとしたら、復讐かもね」


 その晩、温厚が上質の背広を着ているような室田社長は、古い佇まいを残す永田町にある、上田哲哉首相の後援会事務所を訪ねていた。

 すでに警察のほうから、「ロボットに変装した人間の犯行らしい」との報告を受けており、当初の発表のようにマフィアどうしの内紛による殺人、で事態の収拾にあたっていた。

 もともとたちのよくない闇金融業者、マスコミも深く追求しなかった。

 大震災以降外国人マフィアの日本進出が目立ち、抗争も頻発している。警察はギャングどうしの殺しあいなどを密かに「推奨」していた。

 ただし一般市民に犠牲者が出ると過酷な捜査を行い、しばしギャング側に多数の死者をだすこともあった。毎年射殺される犯罪者は、かなりの数にのぼる。

 新日本機械工業の社長が政治秘書に平身低頭して事務所を出た頃、国会対策で忙しいはずの首相は、お気に入りの老舗料亭でおそい夕食中だった。

 築地旧市街に建つ料亭「佳つら吉朝」は、震災後ものこる数少ない名門料亭である。その特殊構造を持つ離れは、国防族のドン時代から上田のお気に入りだった。

 情報統監部次長の田巻は、部隊勤務服である黒いタブルのネールカラーに銀色の「かざりお」を吊るしている。一般企業出身で、年齢に比して昇進は遅い。

 上田はついもの蝶ネクタイを緩め、コップで地元愛知の日本酒をあおっている。 田巻は好物のゼクトだった。数杯で、のっぺりした顔が赤い。

「しかし……いつも君は厄介ごとをもってくるな」

「すべてお国のためです。ダーウィン適応を保証してくれはる、最後の立憲帝国の為に。ともかくロボットが人を殺したんやのうて、ホンマによかった。

 まあ例の山女のお手柄や」

「しかしそのことを、まだ公表してはいかんのかね」

「アミーカたら言う女の暴走。ロボ・メイドに扮した殺人。しかし一度は、対立する金融マフィアの犯行言うことで決着してますやろ。

 てこずったけど、マスコミも納得させました。エラいさん脅して。それをいまさら間違うてた。とは警察も言い出しづらいでしょ。

 過去にもヤバい金融関係やヤクザもんが射殺されて、お宮入りになった事件はいくらでもおましたやん。一つぐらい増えたかて、どうちゅうことおへんやろ」

「まあそれで丸くおさまるならいい。高級役人様は、何よりも面子が大切だがや。

 それにやはりあれか、抗メシア計画に差しさわりが出るか」

「まさか奴ら、それをいいことに好き勝手やっているわけやないやろな」

「おいおい、すべては君の計画だぞ。例の部隊結成も間近と聞いておるが」

「アジア連合がやっと首をたてに振りました。でも地上攻撃用に潜水艦を改良するのに、多少手間取ってます。密かにヤシマの技師を派遣してるんですが」

「まったくとんだ大騒動だな。これが発覚したら、内閣が吹き飛ぶぐらいではすまんぞ」

 上田は地元からおくらせた地酒のとっくりを持ちあげた。

「君も飲まんか」

 田巻は不気味に微笑んで猪口をとった。関西に家族を置き、一人暮らしである。

「や、いただきます」

 これは「微笑みの寝業師」の上田が、相手の言い分を認めたと言う合図だった。

「しかし今回もまた危ない橋をわたるし、金も使う。野党折衝はまたわしの寿命を縮めるがや。でら面倒なこったな。欧州も、赤字で死にかけとるアメリカさんも、どこまで協力してくれるかはわからん」

「人類の未来がかかっております。いや、大げさに言うてんのとは違います。

 トリニタースたら言う狂った超エリート連中が、ほんまにエラい災いの種、蒔きおった。ここらで悪い芽ぇ摘まな、先生も僕も命がないかも知れへん」

「……君があげたあのリストには、わが党の大物や世界的な学者も含まれとるが」

「そんな連中が、人類を裏切るんやったら、当然責任をとってもらわな。

 しかし僕も、トリニタースの言い分には多少理があると思ってます。自然保護と人類全体の幸福。そんなもん二つともかなえるなんて土台無理や。その結論が…」

 田巻は猪口をあげてから、珍しく真剣な顔を見せた。細い目をさらに細める。

「まったくいつの時代も、自称頭のええ人らは恐ろしいこと考えはる。そしてアルティフェックスの考えは、決して間違ってるわけやない。

 それどころか………ほんまに唯一の解決策かも知れまへんわ」

「君まで、なにたわけらしいことを言い出すのかね。やつらに寝返るつもりかね」

「ご存知のように、あの武断主義の国際連邦は、七十億に減った人類がなんとか少ない資源をわけあって、貧しさの平等の中で生き延びようと考えてはる。

 そんなもんどだい無理やし、下手せんでも世界的規模でのポル・ポト体制や。

 進歩も発展もとまってしまいます。それどころか人類文明の後退、ダーウィン適応度の低下や。

 かと言ってトリニタースと称する連中の考えていることは、恐ろしすぎる。

 地球的規模での食糧と資源のコントロール。まるで総力戦体制や。ポル・ポトよりも遥かにましやろうけど、まるで百年前、太平洋戦争末期の統制経済や。

 ともかく資源管理や人口調整や言うても、犠牲になるのはいつも……」


「伏せな!」

 迷彩シャツに迷彩短パンツのアンナが、泥の中にふせた。顔も全身もどろだらけになる。

 コーチたる真奈も似たいでたちだが、はねたドロをあびて汚れてしまう。

 いつも素肌に黒いシャツである。短かすぎるズボンから、長く丈夫そうな足が伸びている。

「よし立って。体内の漏水その他を再度確認しな」

 さすがにこの季節、こんな格好で濡れると冷たかった。

「わたしの開口部は口だけだ。

 肛門も生殖器官も鼻も、形状は似ているが機能しない」

「ああ、わかったわかった。そう露骨に報告しなくていいよ」

 ふと気付いて、真奈は空を見上げた。いつの間にか黒雲がわいている。

「しまった、夕方から雨って言ってたな。

 いそいでそっから出な。ボリタンクの水で体を洗って。すぐに迎えを呼ぶ」

「降水にはまだ時間がある。雨でも訓練は必要だといつも言っているが」

「雨ん中はいいよ。でも雷雨は別だ。天気予報によると雷がくる。

 発生する電磁波があんたにゃよくない。それに……」

 空がゴロゴロとなった。真奈の自信に満ちた顔が青ざめ、強張る。

「ほら、山神さまが怒ってなさる。雷が落ちる前に帰ろう。早く来ないかな!」

「何度か同じ行動を見た。その理由が理解不能だ。

 あなたは雷鳴、特に近辺での落雷を特におそれる。放電現象であることを理解しつつ、超越存在の怒りだと主張する」

「言ったろ。爺さんにそう教え込まれたんだって。

 雷は山の神さまのお怒りだ。傲慢な人間をとっちめようとしてんだ。

 小さい頃雷鳴とどろく中、一人小屋に閉じ込められてお仕置きされたこともある。それ以来トラウマになってんだよ。

 山奥で育った山猿女と、笑わば笑えってんだ」

「トラウマと言う言葉は理解できても、その構造は理解しがたい」

「なんでもいい。早く来やがれあほヘリめ!」

 最新式の低音「あほヘリ」に乗り込んだあと、真奈は耳も押さえて小さくお経をとなえ続けた。幸い雷鳴は黒い雲のかなたでとどろいているだけだった。

 本社工場に戻るころは、すっかり雨になっていた。落雷がないとなると、真奈は安心した。工場の駐車場で雨の中、アンナに新しい格闘術をしこむなどした。


 小柄だが、大きな胸以外の全身が筋肉の塊である。エネルギー消費が激しい。

 また甘いものには目がない。幹部宿舎の自室に私物はほとんどないが、菓子類は常に転がっている。

 真奈はアンナのメンテナンスを開発チームにまかせると、裏口からシャワールームにはいった。シャツもパンツも下着もずぶぬれである。シャワー室横の自動洗濯機にいれると、十分後にはあらってかわかして、たたんで出てくる。

 シャワーで汗と泥をおとした真奈は、元の姿になって幹部食堂にかけこんだ。本社棟には社宅も付随しているが、たいていの社員や研究者は自宅か駅前の飲食街ですます。

 夜の本社工場には夜勤か残業の社員、住み込みの警備員。そして南部兄妹たちなど、本社敷地内に住んでいる少数だけだった。

 食堂の一角には、自動調理器のつくったおいしいカツレツと山盛りの御飯が用意されていた。テーブルの横の壁では、ニュースが流れている。

「さあ、メシだメシだ。ここの米はうまいな。野菜はなんだけど」

 真奈が「戦場マナー」で丼飯をかきこんでいると、食堂の広い窓をサーチライトが過ぎる。

 雨の中、ヤシマ製の個人用ダクテッドファン機「エアロホース」が着陸したのだ。オートバイに似た形状だが、タイアではなくソリがつく。そしてビヤ樽に似た小型の「推進ファン」が車体の両脇と後尾についている。

 この直系一メートルたらずの三つのファンの角度をかえて、離陸して推進する。小型だが頑丈で利便性も高い。

 もともとは災害救助などにつかう、組み立て用の高価な個人飛翔装置だった。

 緑色のポンチョを着た赤穂浪子は、エアロホースを自動回収アームに委ねた。 

 キャタピラつきのカーゴが、それを格納して行く。本社棟の夜間通用口でポンチョをぬぎ、ヘルメットを整備ロボットにわたした。ポンチョの下は高価なビジネス・スーツである。そのまま幹部食堂に入り、受付のポールにウイスキーのロックをダブルで注文した。

「アテはいいわ。ちょっと飲みたい」

 カウンターでウイスキーグラスをアームから受け取ると、食堂すみの真奈のテーブルにやってきた。今夜は眼鏡をかけている。もともと遠視だと言っていた。

「お疲れ様。東京からかい?」

「ええ。警察発表に納得しない一部マスコミに、社長が追い回されてね。まだ気骨のある記者も、けっこう残ってるものね。ちょっと嬉しくなっちゃうけどね。

 でも社長、かわいそうに胃潰瘍再発。東京オフィスに閉じこもってる」

「エラいさんは大変だね、あいかわらず。

 自分には政治的なこととか、全く判んないよ……幸いに」

「社長はこの際だから、入院してもらうことにするわ」

「そんなに悪いのかい」

 真奈は丼飯をおかわりした。お茶は、古風な土瓶の口から飲んでいる。

 なにかにつけ品がよく、エレガントな浪子はすこし嫌な顔をした。グラスの氷を回している。

「検査入院。よく政治家が逃げ込む豪華病院。マスコミをひきつけるためにもね。

 こっちに押し寄せられたらこまるし。専務は当面アメリカ。常務は長期休暇ってことにして、どっかの山荘からテレビ会議主催してもらうわ。

 幸いみんなアンナには好意的だから、あなたが囲まれることはないと思う」

「そんなことになったら、何人か首の骨へしおっちまうよ」

 赤穂は真奈の前に、荒々しくグラスを置いた。

「絶対に手はださないでね」

「判ってるって。でもロボ・メイドが無実で真犯人もわかってるのに、悔しいな」

「わたしだって同じよ。でもわが社だって『おかみ』には逆らえない。日本政府がわが社にとっての最大のお得意で、最大の支持者。そしてもっとも怖い相手よ。

 いいこと、いまの上田首相は国防大臣を三内閣でつとめてた国防族の親玉よ。そして戦後の長期政権記録を更新しつつあるわ。準国家総動員体制の、準挙国一致内閣ってトコかな。野党も懐く『微笑みの寝業師』。社長も後援会入ってるし、まあ悪いようにはならない」

 真奈は面白くなさそうにカツをつついている。

「豚汁お替り、大盛りで」

「そんな声ださなくても、自動給仕には聞こえる。たべたものを飛ばさないで」

「すんませんね。山育ち、兵舎育ちなもんで。でもこの会社にやとってもらって一年近くになるけど、まだビジネスの世界とか政治とか、ほとんどわかんないな。

 まったくややこしい」

「菅野取締役からも何度か説明されたでしょう。産業と政治はきり離せないの。

 ロボット産業ってのは、いまや一国の運命を左右しかねない、総合止揚産業なのよ。あなたが一番よく、身を以て知ってますでしょ」

 真奈はそもそも、世界ロボット格闘戦「バトル・ステーション」のため、自律自習型アンドロイド「アンナ」を訓練すべく、この会社に雇われた。

 バトル・ステーションは世界的な賭け事、博打であり大金が動く。また参加会社ないし国家はかなりの参加料を支払う。かわりに優勝者には莫大な賞金がはいる。

 それだけではない。優勝ロボを生みだした企業の株価はあがり、その国の先端技術は世界的な高評価を受ける。先進各国で少子高齢化が危険水準を突破している現在、医療や介護、国防や宇宙開発まで含めて、ロボット産業は総合止揚先端技術とされている。ゆえに先進各国は躍起になっている。

 つまりロボット開発力を制するものが、世界を制すると言えた。

 浪子がロックでウイスキーを二杯飲むあいだに、真奈は丼飯三倍と豚汁二杯、そして大きなトンカツ二枚を平らげて大きなゲップをした。

 浪子は嫌な顔をした。真奈は黒いシャツを捲り上げて、腹をさすって見せた。あれだけの食べ物がどこへ消えたのか、浪子は不思議だった。


 翌朝はまた、市ヶ谷に呼び出された。

 真奈はいつもの半自動バイクで、国家憲兵隊本部へ堂々とのりつけた。新日本の本社から都心まで、新東海高速道で一時間もかからない。

 新古典帝冠様式と呼ばれる豪壮な建物はいささか無防備だが、国防省の「本丸」は地下の頑丈な岩盤の中にある。

 除隊しても後備三曹の身分である、下士官ゲートから国家憲兵隊本部へと入った。国家憲兵隊東京分遣隊長、田沢昭二法務一尉は、執務室で待っていた。

「なにか飲むかね」

「お菓子かなにかくださいませんか」

 田沢は机のなかから、階級賞となにかの証明カードを取り出した。

「君は引き続きわれわれに協力してもらおう」

「一方的ですね」

「ロボ・メイドの誤解を解くのに、かなり骨を折ったぞ。後備では作戦に参加できないので、君は予備役の一等曹長になる。二階級特進かな。一時恩給の額がちがってくるし、まだ若いから現役復帰すれば特務曹長、士官学校にも推薦できる」

 予備役は臨時招集もありえるが、後備は自己申告で現役に復帰するか、緊急時の後方支援勤務に召集されることもある。しかし予備役は僅かな給金が出る。

「……そうですか。ありがとうございます」

 さしてありがたくもなかった。自学自習能力を備え訓練と教育によって「成長」するアンナの戦技戦術トレーナーとして雇われ、今では世界的ロボ・メーカーの契約社員としてかなりの給料をもらっているのである。

 しかし会社の都合でいつ放り出されるかわからないし、いつかアンナの教育も必要なくなる気がしていた。そして彼女は、無骨極まりない兵舎生活が好きだった。

 多少は将来のことも気になっていた。厳しそうだが誠実なこの憲兵隊の軍法軍律担当の「好意」に、こたえることにした。

「当面、国家憲兵隊のスパイ続けろってんでしょ。

 確かに『真実の夜明け』はとっちめてやりたいし、いつアンナたちアンドロイドに対してキバをむいてくるか判らないです。

 実際にヤシマやオートマトン社は被害を受けている。次は新日本かもね」

「……真実の夜明けは、日本よりも欧米に敵意をむきだしにしているからな」

「どう言うことです。断片的にしか聞いてないし、あんましニュースとか見ないんだけど。テロリスト連中はなにがしたいんです」

「淵源は、前世紀にさかのぼる。アメリカのグローバリズムや欧州、旧共産圏の植民地主義的な経済進出に対抗していた、各地の民族主義ゲリラだったらしい。

 それが国際連邦結成以来、世界的規模で団結した強力なテロ・ネットワークになってしまった。活動が過激になったのはここ三、四年だ」

「反先進国で、一致団結したわけですか」

「まぁそうだな。行き過ぎた科学技術と産業が、格差と不公平を生む。だからもう文明の発達はいいから、貧困対策に予算を使えということらしい。

 そう、発足以来先鋭的になっている国際連邦の主張に似ている。あのテロ集団の豊富な資金力の裏には、連邦インクがいるのでは、と先進各国は考えている」

「まあ、すすみすぎた文明がヤバいってのは、自分も同意するけどね。山神さまの領域である山ん中まで、機械で荒らしまわってる。いつかバチがあたるよ」

「しかし先進各国が恐れる国際テロ・ネットワークも一枚岩ではない。君は女性のように美しい、あの謎めいたミレートスを目撃したろう。

 奴などまだ穏健派だとされている。活動は派手だが、人的被害は極力避けている。もっと過激なヤツらは、国際連邦でも世界標準化委員会と称される集団の主張に近い。資源を独占し資本を浪費する先進各国こそ、不平等と貧困と環境破壊の元凶と言うんだ。

 だから先進各国を滅ぼせば、人類と地球は救われると主張している。むろんそこまで言われて先進国側もだまってはいない。国際連邦誕生にさいしては莫大な資金を提供しているのに」

 法務一尉は古風な土瓶のお茶を、真奈の湯のみに注いで、眼を真剣に見つめた。



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