第2話

 統合自衛部隊は十数年前の東海・東南海大震災直後、四自衛隊統合整理で誕生した。Japanese Unified Self-defense Troopsの頭文字をとって、J.U.S.T.ジャストなどと呼ばれている。

 四機動艦隊を中心に十六万の兵力を誇り、各兵科で制服の色がことなる。

「ああ君か、第三回バトル・ステーションを制した美女アンドロイドのトレーナーとは」

 営門の下士官は握手をもとめてきた。

「なんだって国家憲兵隊なんぞに」

 むかしの憲兵ほどではないが、ある程度恐れられていた。統合自衛部隊には警務隊があり、各国の憲兵と同じ役目を果たしている。

 しかし民間人に対する逮捕権は限定される。

 国家憲兵隊は警務隊と警察の中間組織であり、幹部の数割は警察から派遣されている。捜査権も逮捕権もあるが、民事にはまったく介入しない。

 宇治平等院を模したとされる建物の中央に、国家憲兵隊本部がはいっている。厳重な警備を潜り抜けて薄暗い部屋にはいった。威圧感はなく、意外なほど質素な部屋だった。

 椅子に腰掛けていると、壁の一部がスライドして、カーキ色のいささか古風な制服に、赤い肩章が特徴的な将校がファイルをもってあらわれた。

 真奈は立ち上がって敬礼した。無帽の彼女は体を折った。

将校は、田沢昭二法務一尉だとなのった。陸上兵を示すカーキ色の制服だった。

「よくきてくれた。座りたまえ」

 三角形の眉毛が特徴的な、頼もしげ人物だった。厳しくはない。真奈はすこし安心した。

「強襲特別任務班ではかなりの成績だね。大田部おおたべ校長が絶賛している。どうして統自を辞めたのかな」

「なにもかも機械化されていき、やがて自分の居場所がなくなると思いまして。戦車も偵察機も、戦闘機すら自動化されています」

「それで、今は戦闘アンドロイドの教官か」

「アンドロイドは人を傷つけない。あくまで競技用です。

 見世物かもしれないけどさ」

「……アンナの活躍にはわたしも大いに感動した。しかしそのアンナも含めた新日本の製品に危機が迫っている。知っているね」

「当然です」

「そして新日本はわが国の国防を荷う軍需メーカーでもある。ロボットと自動戦闘兵器とは違うとは言っても、根本技術は同じだ。

 だから新日本のみならず、日本の大手兵器メーカーもダメージを受けている」

「なにものかが、それを狙ったかもね」

「なにをだ」

「ロボ・メイドをなんとかして暴走させることによって、日本のロボ産業に大打撃を与えようとしたのかもしれません」

「外国メーカーが、かね」

「それよりもほら、何年か前に北海道でユニバーサル・オートマトン社の工場がやられかけたことがあったじゃないですか」

「……真実の夜明け、か」

 田沢は咳払いをした。

「いい勘だな。リチャード木下はいろいろとよくない商売をしていてね」

「闇の金融とマネーロンダリングだろ。聞きましたよ」

現役時代から、山育ちの真奈の言葉づかいはぞんざいだった。

「そう。それも、世界的反先端技術テロリスト『真実の夜明け』専門のね」

「あの、『真実の夜明け』専門の?」

「噂では先進各国にたいする恫喝のために、国際連邦インクが影響を及ぼしているとされる、世界的テロ・ネットワークだ。

 神出鬼没だし資金も潤沢。先進国に反発を強める南側諸国では半ば英雄扱いだ。

低開発国支援をしているわが国では、さほど目立ったテロはおこさなかった。

 しかし四年ほど前にはじめてテロ未遂を起こした。

 あの時は女性警官が、肉体切断と言う大怪我をしているはずだ。

 そのテロ組織の資金を洗浄するのが、木下の役目だ。いくつかの架空の名前で普通の金融機関に集め、そこから別の架空の口座に送金するなどしてね。

 あとはいろいろと複雑な隠蔽を行う。つまりヤツは、国際的テロ組織の資金係だったんだ」

「やっぱり事故じゃないですよ、そんなヤバい奴」

「しかしまだ、だれかが仕組んだ事件とも決まっていない。

 まぁロボ・メイドの暴走が一番ありえない。政府はうまい落としどころをさぐっているし、なぜか今回の事件では、情報統監部が動揺している。その理由すらトップ・シークレットだ」

「いったいどう言うことなんです。自分は政治方面にはてんで疎くて」

「君は大切なアンナに傷をつけたくないだろう」

「そりゃそうだよ」

 生真面目そうな田沢は、真奈のいささか礼を逸した話し方が多少気障りだった。

「われわれは公安警察とは別に、あの木下を独自におっていた。そのことが木下の殺害にどうかかわっているのかは不明だが、事件の捜査にはいっさい関われない。

 これは地域警察の仕事だ。そのうえ情報統監部が、われわれを牽制している」

「統監部がかかわってる理由が、よくわかりませんが」

「わたしにもよく判らない」

「それで、自分をおよびになったのは何故ですかい」

「君はアンナのトレーナーだ。あの世界的に有名な美しいアンドロイドを育てた。

 この事件についてはたいへん関心があろう。ひとつ、われわれが支援するから事件の真相を追究してみないか」

 はじめはキョトンとしていた真奈だったが、やがて合点した。

「つまりスパイになれと言うことですかね」

「聞こえが悪いな。身動きとれないわれわれの代理になってほしいんだ。地域警察にも妙な圧力がかかっていて、適当なところで幕ひきとなるだろう」

「違法改造による良心回路の機能不全。でもそんなことありえない」

「そうだ。では真相はなんだろう」

 田沢昭二法務一尉は左手首の「ユニ・コム」をいじった。

 壁面が大きなスクリーンになる。

「本当は許されないことだが。このデータを送ろう」

 黒いガウンを着た木下氏が、後ろ向きになにかを言っている。画面の右端から、フレンチメイドの服をきたロボが現れた。

 真奈は顔をそむけてしまった。次の映像は屋上からのもので、なにかを呟きつつロボ・ロイドが頭から落下していくところだった。

「この時間、住民も含め出入りはない。

 ただ宅配自動カードが出入りしていただけだ」

 廊下のカメラにきりかわった。無人のカーゴが廊下をゆっくりと走っていく。

真奈は深いため息をついた。


 事件直後マンションから出た一台の車。それは「帝都総合デリバリー」のものだった。その直後に警報がなり、やがて警察がかけつけたのである。

 ロボット化されたバイクにのって、真奈は夕方には会社に戻った。母親は生きていようが、ほぼ天涯孤独な彼女にとっては、本社工場が家だった。

 夜は菅野に誘われ、赤穂副主任とともに駅前の「レジオン・エトランジェール」で食べた。そして国家憲兵隊に呼ばれたことを打ち明けたのだった。

 真奈の食べ方は軍隊風で、ややマナーに反する。ともかく早い。菅野は呆れて話を聞いていたが、赤穂浪子は言った。

「いいチャンスよ。あなたも古巣のために役立って。それがわたし達のためでもあるわ」

 真奈はすこし怖い顔をしてから、食べ続けた。


 国際的テロ集団「真実の夜明け」は、宗教的テロや政治的テロと言うよりも、反先端技術、反先進国のテロ・ネットワークであるらしい。

 雑多なテロ集団、ゲリラ組織の連合体だがその連携はゆるやかで、さまざまな派閥があるとされている。

 そして派閥間の対立、抗争もかなりある。ただ主張はほぼ行動は一貫していて、先進国による世界蹂躙、富の独占をゆるさないというものだった。

 基本方針は、先進国の存在が富の偏在を産み、貧困の原因になっているとする国際連邦インクの主張にシンクロしていた。一説では、このインクの密かな支援を受けているとも。

 国際連邦は、戦争抑止力にならなかった国際連合にかわって十年以上前に誕生した。当時はまだ、アジア発の世界的大不況の余韻が残っていた。日本など先進国はなんとか立ち直ったが、今も世界の三分の一が、戦火に包まれている。

 その船出にあたっては旧連合派とのあいだで激しい対立があった。しかしヨーロッパ連合やアメリカなど先進国が国際連邦に加わることによって、連合は自然崩壊した。

 こうして先進国のエゴで設立された国際連邦、通称インクだが、発足後数年で「キバ」をむきはじめた。難民と傭兵から成る常備軍を持つこの国際機関は武断的で、国際決議に従わない国家への攻撃をしばしおこなったのである。

 さすがに核攻撃はまだ行っていないが、その能力と覚悟はあった。

 この時代、打ち続く紛争と環境破壊などで、世界人口はすこし減っている。

 しかし一部の先進国による富と技術の独占が、七割をこえる発展途上国をますます貧しくしていることは確かだった。特に世界人口の二割を占める最貧国は、危機的状況にある。

 また人的被害を極力避け、先端技術だけを目の仇にする「真実の夜明け」も、先進国以外では一種英雄視されている。南北格差と対立は年々悪化していた。

 しかしわが国はしきりと紛争地域や貧困地域の援助、懐柔を行っていることもあって、さほど目の仇にされているわけではない。

 今年にはいってわが国最大の企業グループの中核企業、八洲の中央研究所が狙われたが未遂に終わっている。また四年ほど前には、ユニバーサル・オートマトン社の日本支部爆破未遂事件で、犠牲者も出ていた。もっともあの事件は、UA社の日本進出を喜ばぬ国内勢力の手引き、とも噂されていた。


 真奈のユニ・コムから転送された画面を見ていた赤穂技師は、ため息をついた。

「確かに、動かぬ証拠と言うやつね。しかも確実に殺すよう、何度も振り下ろしている。妙な言い方だけど、なにか恨みすらを感じるわ」

 山育ちの真奈とは違い、国立の工科大学校を飛び級で札行、国家検定の技師資格を持つ才媛である。

 そして狂気の天才ロボット技術者南部みなべ博士の世話係だった。

「怨恨だよな、こりゃ。よほどメイドをひどく扱ったのかね」

 撲殺後、ふりむいたロボ・メイドは返り血を浴びて無表情に画面から消えていく。アンナは見るというより、送られたデータを頭の予備電子脳で分析していた。 極超並列型の電子頭脳は補助的なもので、アンナの「精神」とも言うべきメイン・ブレインは、丈夫な胸郭の中にしまわれている。最新の人工ニューロンを多数使用し、人間の脳にきわめて近い。またそのコア・メモリーの頑強さは、開発した山陰電子が世界に誇る技術だった。

「アンナ、なにか感じたかしら」

「転落していく映像を再生してほしい」

 浪子は、暗い中をさかさまに転落していくメイドを映し出した。

「二コンマ三秒後から音声が聞こえる。

 音量をあげ周囲の雑音を消して再生してほしい」

 浪子はテーブルの上に浮かび上がった仮想キーボードを操作した。暗い中、頭から落下していくロボ・メイドは、確かに言っていた。

「基本機能改善情報を更新します」

 真奈は浪子の横顔を見つめた。知的な美人だが、いかにもプライドが高そうだ。

「なにを言っているんだい」

「……基本的な機能の更新。生産者であるわが社から不定期に発信される、更新プログラム。

 これは通常、ロボットを再起動したときに更新される。省エネルギーのために、深夜とか活動しないときは電力を最低限に落としている。朝や、緊急事態に起動するの。そのときに諸機能も更新されるわ」

 赤穂浪子はまだ二十代前半。しかし大事故で両足を人工的なものにとりかえていた。アンナを生み出した狂気の天才技師、南部孝四郎は異父兄にあたる。二人の母親はかつてテレビなどで有名だった美人占い師である。

 かなり前に交通事故死していた。自分勝手で人嫌い、行動と思考の奇矯すぎる南部も、この美しくクールでたくましい妹にだけは、不思議なほど従順だった。

「それって、どう言うことだい。つまり、ベランダから落ちる直前に再起動したのかい? わざわざ自分で一度電源おとして、再起動モードにしてたのかね」

 言葉にfuckをまぜることこそないが、山育ちで特殊部隊あがりの真奈のことばづかいはぞんざいだった。

 愛嬌ある童顔が、ときにとんでもない罵倒語を発する。

「……誰かが、再起動させたんだわ」

「つまり、だれかが突き落とす直前に一度機能を停止させたのかい。

 なんでわざわざ。いやつまり、あの撲殺現場には人間がいたことになんないかな。ブライバシーの関係で監視カメラが少ないけど、その死角に」

「いい線ね。ロボ・メイドが自殺ってのも、まったく考えられない。

 誰かが突き落として、その直前に再起動したとしたらなんのため? 証拠隠滅か記憶を消すためか。ともかくメイド単体の犯行ではないわ」

「アンナ、ほかに怪しいところ発見しなかったかい」

「理解不能点がある」

 映し出されたのは、廊下をゆっくりと戻っていく全自動カーゴである。なんの変哲もない。

「なにがおかしいんだい」

「タイアだ。床を傷つけないゴムタイアが、沈んで変形している」

 その部分をアップにした。

 確かに重に荷を運んでいるように、横にひろがっている。

「各種荷物を配達し、カーゴの中はからであるはずだ」

「そう言われりゃそうだ。はいってきた時の映像はあるかい」

 映し出された映像でも、やはりタイアがひしゃげている。

「十パーセントほど重量がある」

「アンナ、データベースにアクセスして。通常の宅配カーゴの重さから推定して、帰りのカーゴは何キロぐらいの荷物を積んでいるかしら」

「推定四十から五十キロ」

「人にしてはちょっと軽いかな。なにかの機材かしら」

「自分は四十キロちょいだけど」

 古代の「山の民」の子孫たる真奈はこの時代の女性にしては小柄である。

 しかし腕や脚にはしっかり筋肉がつき、肩幅もある。体重は見かけにくらべてかなりある。

「人間がコンテナにはいって出入りして、ロボ・メイドを操作した可能性も捨てきれない。ともかくこのデリバリー業者が鍵ね」

「アンナ、帝都総合デリバリーだよ。

 カーゴの車体番号から視点とかよみとれるかい?」

「新宿支店だ。第二種警戒区域になっている」

「よし、さっそくいってみよう」

「今から? 遅くなるわよ」

「夜襲は我が軍の伝統的戦法だよ。たいていは失敗したけど」


 真奈は会社から半自動バンを借りた。この山女はマニュアル走行が好きだったが、都心では禁止されている。銀色で、デザインはいささか古風である。

 最近の車の流行は、こんなクラシカルな外観だった。

 助手席の浪子は車載端末を叩いて、帝都総合デリバリーについての情報を呼び出した。

「もともと宅配業者だったんだけど、十年前に今の業態になっている。

 本社直営よりも、フランチャイズ店が多いわ。新宿支店もそうね。

 ……新宿支店の経営母体は、オリエンタル恒産。ちょっと待ってて、妙な附帯情報が。不法滞在国人に対するアパート斡旋で、経営者逮捕?」

「なんだい。ヤバい話かい」

「オリエンタル興産社長の中島って男よ。不法滞在者に高額で部屋貸す商売やってて、三年前に逮捕されている。罰金と執行猶予だけど、ちょっとヤバい人みたい」

「危ない業者と危険な金曜業者か。いい組み合わせだね」

「帝都デリバリー自体はまっとうなところ。危ないのは新宿支店ぐらいだわ。だいたい震災前から危険地帯だったこんな場所に店だすのって、勇気があるというか」

 半自動バンは高速道路を通って都心へ入っていく。


 十数年前の連続地震は、被害の大きさのわりに犠牲者は少ないとされている。それでも日本の株価は三分の二になり、経済恐慌がおきた。

 おりしもユーラシア大陸の両端でも多発的小規模紛争が拡大しており、経済の混乱はアジアから世界へと広がった。首都圏から東海への復興に加え、流れ込む難民対策も、時の日本政府を悩ませた。ようやく落ち着いたのは十年程前である。

 新宿はその南半分がかつて難民仮収容地域だったこともあり、一般の住民はほとんどない。

 復興後も都会の「闇」とも言うべき広大な半無法繁華街が残っている。街全体は高いフェンスで囲まれ、出入りは比較的自由だが、原則として子供は入れない。

 社有バンは毒々しいネオンの輝く繁華街へと侵入していく。さまざまな人種が渦巻く坩堝、その大半は難民か不法移民である。しかし横暴な自警団が、一応の平和を維持している。

 この時代、日本の人口も高齢化や出産率の低下で、一億二千万人をきっている。しかし各先進国同様、労働人口の不足は機械で、ロボットで補おうとしていた。

 かつてのギリシアのポリスが、相当数の奴隷によって経済を支えられた「奴隷民主主義」であったごとく、現代日本は「ロボット民主主義」を目指している。

「あれなんだい、パトカーだよ」

 しばらくして真奈はバンをとめた。雑居ビルにはさまれた一角が封鎖されている。警察が立ち入り禁止にしているのだ。

 目立つアンナを残して、二人は降りた。二階建ての建物が焼け落ちている。

「火事かよ。ここたしかに新宿支店だよな」

 残骸の中に、いくつかの自動カーゴもあった。浪子はバンに戻って端末を叩いた。音声入力式が主流だが、研究者はむかしながらのキーボードを好む。

 真奈が戻ってくると、ユニ・コムの情報画面を見せた。

「昨日の夜。ほぼ今朝の明け方に出火している。

 従業員二人が火傷。支店長でオーナーの中島氏は行方不明」

「なにこれ、証拠隠滅に消されたのかい」

「保険金目当てってこともあるわね。警察は中島の行方を追っている。火事の原因は放火かもしれないけど、ここらは監視カメラがしょっちゅう壊されるからねえ」

「ロボ・カーゴも焼け焦げてんのかな」

「確かに証拠隠滅かもね」

 真奈はユニ・コムではなく、車載電話を使った。相手はまだ市ヶ谷要塞の執務室にいた。

「なに、ロボ・カーゴ会社が火事?」

 田沢一尉はユニ・コムで通話しつつ机の上のスイッチを操作し、壁面に記事を呼び出した。

「帝都総合デリバリーの新宿支店か。いま検索している。

 警視庁管轄なのでこちらに詳しいデータはない。いま確認した」

「木下が殺される前にこの支店の自動配達カーゴが高級マンションに入ってるよ」

「しかしあのマンションなら、しょっちゅうそんなカーゴが出入りしていよう」

「用賀の住宅地区にあるマンションに、新宿のカーゴがですかい? それに失踪した中島って支店長も、けっこうヤバい人だったみたいだよ。消されたのかもね。

 そのあたり、調べてもらえませんか。それと……」

「なにか他に」

「木下が使ってたロボ・メイドは、顔を好みにあわせてつくった特注品って聞きました。しかも肖像権の関係で表立っては禁止されている、実在の人物に似せてつくるモグリ業者の仕事だってさ。その業者、そっちで調べられませんかね」

「今回の事件に関係するんだな。よし。警視庁内の情報源を使ってみる。一時間ほどくれ」

「真奈さん。顔をいじるモグリ業者が、事件にかかわってるの」

「わかんないよ。でもなんとなく臭い。手がかりは得られそうだ。

 例のメイド、チラっとみたけどなかなか美人じゃない。でも理想の美女って感じじゃない。もっと庶民的な、実在の人物そのままって感じがする。それとすこし日本人ばなれしてる。

 そして出入りしていたあやしいカーゴ業者がこのありさま。モグリの改造屋も無事ではすまないかも知んない。なんだかそんな気がするよ」


「田沢昭二法務一尉? 国家憲兵隊のか。ああ、会うたことはあるが」

 情報統監部は市ヶ谷中央要塞の地下にある。田巻は次長執務室で事務処理を続けていた。

「例の事件をかぎまわっているわけか。鋭いな。ま、しゃあない。

 しかしあれはこっちも予想外やった。あまり勝手なことさらすと……。

 いや、それはいい。ひきつづき監視を続けてくれ」

 情報統監部は公式には九課までとなっている。が、存在を秘匿された十課と十一課がある。特に田巻次長が課長をかねる第十課は、謀略専門セクションだった。

 小心者で慎重な田巻は、大きな鼻から息を噴き出した。

「ちょっとややこしいヤツがからんできたな。生真面目で誠実なもんは扱い辛い」

 情報参謀田巻己士郎先任二等佐官。一般私大出身で出世は遅い。しかし統合自衛部隊内部では恐れられ、厭われている。「先任」とは言えかなり年配だった。

 いまどき視力調整手術を拒否し、度の強いめがねを愛用している。そのレンズに、平面モニターの画像が反射していた。

「アルティフェックスの機能改善、推定百十五パーセントか。きっちり成長してやがる。時間はあまりないな。部隊編成もいそがな。

 予算も追加がいるし、難問山積みや」




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