第1話

 身長は百九十センチ以上ある。その日本人女性にしては高すぎる背丈を別にすれば、どこからどう見ても美しい人間の女にしか見えない。

「アンナ」

 頭二つほど小さい女性が、近づいてきた。こがらな体格にしては肩幅がある。

 黒い袖無しシャツの下で胸が揺れる。足は太めだが長く、童顔はよく日に焼けている。

「小休止終わり。あと軽く走ったら、戻ろうか」

「わたしに急速は必要ない。冷却装置良好。真奈の体温はやや上昇しているが」

「大丈夫だよ。現役時代はこんなに小休止なんて必要なかった。

 でも再来年には二十歳か。体力の頂点はここ数年だね」

「新しい左手の作動効率が五パーセント上昇。ほぼ完全にシンクロした」

「アンナの脳っていつも思うけど、面白いな。人間と同じように学習して進化するなんて」

「進化とはより効率的な適応をもたらすものを言う。わたしは適応しない」

「わかったわかった先生。よし、森をぬけて発着場へ行く。

夕方から荒れるってさ。雷様が落ちたらおおごとだよ」

 軍のトレーニング姿の完全アンドロイドは、小柄な女性トレーナーと並んで、やや背を低くして走り出した。人工の足は、長くしなやかである。

「周囲の監視カメラの位置を確かめな。あとでいくつあったか報告」


 ダクテッドファン機は、アンナと名づけられた戦闘競技用アンドロイドと、そのトレーナーである五百瀬いおせ真奈まな後備三等曹長をのせて、飛び立った。

 遠くに富士山がかすんでいる。真奈は一年ほど前まで、統合自衛部隊ジャストの特殊部隊候補生として、統合幼年術科学校にいた。ほぼ天涯孤独な身の上の彼女にとって、全寮制の術科学校が家庭だった。

 しかしここ十数年の社会全体のロボット化は、国防にもおよんだ。特殊部隊の縮小により、彼女は隊を辞めた。そして学校長の推薦で、アンドロイドの戦闘教官になったのである。

 就職先は、旧神奈川県下の海岸にある株式会社新日本機械工業である。日本三大ロボットメーカーの中では一番小さいが、その技術開発力には定評がある。

 そしてここ半年で、新日本機工の株価を三倍に押し上げたのが、真奈の「弟子」である完全ヒト型格闘ロボット、アンナだった。

正式にはANNA ANTHOROPOMORPHOUS NOTIONAL-THINKING NEURO-COMPUTERIZED ANDROIDの略である。最新の人工神経ニューロンを多数使った自学自習能力を備えたアンドロイドだった。


南部みなべ孝四郎博士ですが」

 栗毛色の女性医師は二十代後半。ずいぶん若く見える。

「四年間も検査をうけていない。

 胃も肝臓もぼろぼろ。精神状態もよくないですね」

 電子カルテを見つめつつ、ため息をつく。

「なんせ天才となんとかは…彼の不摂生と業務命令無視は、社長でもきかないし」

 菅野取締役開発室長は、落ち着いて端正な顔をすこしゆがめた。

「あのバカ天才が、あの世界的に完璧なアンドロイド・アンナを生んだんです」

「第三回バトル・ステーションは立体テレビで見ましたし、わたしも応援しましたよ」

 美人というわけではないが、愛くるしい顔だちの女医は微笑んだ。

「病院の大きな立体モニター前に先生達と集まって、医療そっちのけで声援してたら、特別病棟の患者さんまで集まってきて……。

 いまや彼女は日本の、いえ世界のヒロインですね。そんな優秀なアンドロイドを作った先生が、こんなにボロボロなんて。そんな年でもないのに。

 倒れでもしたら、世間から非難轟々ですよ」

「不摂生で医者ぎらい。妹さんが言っても、ろくに食事もしない。

 わかりました。なんとか検査入院させます。あとはよろしくお願いします」

 菅野は頭を下げた。しかし予想通り、大先生は抵抗する。検査入院を個人研究室で告げられると、アンナを生んだ狂気の天才技師は叫んだ。

「い、いやだ! 社長命令かなんか知らんが」

 南部孝四郎はあいかわらず、長いぼさぼさの髪に度の強いめがね、無精ひげが育ったような口ひげのままわめいた。

 パジャマの上に白衣と言う姿で、机にしがみついている。

「……お兄様」

 冷たくも美しい赤穂浪子副主任技師は、冷たい笑みのまま異母兄に近づく。

「アンナも申してましたわよ。お兄様の呼吸が時折乱れる。検査が必要だって。

 アンナはお兄様のつくった新時代の女神でしょ。女神様の言うことに逆らうの」

「ほ、本当か。アンナに……アンナにあわせてくれ」


 完全人間型アンドロイドのアンナは薄暗く広い部屋の中央、佇む大きな棺桶のようなボックスの中に立っていた。周囲には各種インディケーターが満点のきら星のごとく輝いている。

 あいかわらずどんよりとした表情の南部は、菅野が検査しているうしろで、跪いてアンナに祈っている。

 薄暗い研究室の隅で見守っている真奈は、見慣れた光景とは言え薄気味悪かった。白衣姿の赤穂技師が音もなく近寄ってきた。

「これでお兄様も、病院へおとなしくはいるでしょう。そのあとは知らないけど」

「成人してから一回も検診なんて受けてないそうだよ。

 しかもこの会社はいってか一時も休みとってないし、給料すらほとんど引き落としていないってさ。呆れたね」

 はじめは独身寮、今は幹部用宿舎で寝起きし、食事は不規則に食堂から運ばせている。着るものも持ち物もほとんどない。汚れた白衣の下は下着である。

 昼夜ただ研究し、自らが理想の女神として作り上げたアンナに仕えることにのみに、喜びを見出している。

「……そう言う人よ。それでも母親の違う、兄なんだわ」

 やがて狂気の天才として有名な工学・理学博士南部孝四郎は、近くの総合病院さしまわしの搬送車で、入院していった。

 アンナが現在の健康状態を説明し、検査と養生を推奨したからである。


 東海・東南海連続巨大地震の余波でダメージを受けた首都東京も、五年前に完全復興宣言をしていた。あの雑然とした町並みも半分は消え、高度防災都市となりつつある。

 そんな首都特別地区の西、世田谷のはずれに立つ高級アパートメントハウスは当然のように、二十四時間完全自動管理である。

 夜も更けたころ、いつもの配達業者のトラックがやってきて、荷台を搬送口に密着させた。いつものように運転手はおりない。

 荷台から自動カーゴが出てきた。一メートル半四方の箱に四つの車輪と四つのアーム、センサーなどがついている。

 この自動配達装置がメンテナンス通路を通って各戸に洗濯物、郵便物、買い物などをとどけて回る。人間はいっさいかかわらなくていい。

 そのすこしあと、最上階七階のペントハウスでは、禿げ上がった五十ばかりの肥大漢が黒いガウンを着て、メイドに肩をもませていた。

 典型的なフレンチメイドの服を着ているが、顔は美しい東洋人風である。

「そろそろ風呂を入れてくれないか」

「かしこまりました」

 細身のアンドロイド・メイドは微笑みのまま頭をさげた。男は雑誌大のモニターを見つめつつ、高価なブランディーを舐めている。脂焼けした怪紳士である。ただ者ではない。

 玄関のほうで小さな音がした。ロボットカーゴが高級食材などをとどけにきたのだ。ロボ・メイドが取りに出た。

 男はモニターに出る数字を満足そうに見つめつつ、つぶやいた。

「ますまずの儲けだな。しかしもう少し脅してやってもいいか」

 やがてうしろに完全人間型ロボ・メイドが立った。僅かに歩き方がぎこちない。

「風呂の用意はどうだ」

 男はふりむかずに言った。ロボ・メイドは、両手で高価なゴルフクラブを振り上げた。そのまま無表情に、後頭部めがけて振り下ろした。

 鈍い音がする。悲鳴も呻きもなかった。メイドは返り血を浴びつつも冷静に、二度三度とクラブを振り下ろした。

 ほどなくペントハウスの南側、広いベランダに面した窓があいた。窓があいたことは自動警備システムに察知された。

 カメラの一つが作動した。屋上に取り付けられていた防犯カメラが、ベランダの手すりを乗り越えて頭から落下していくメイドをとらえた。

 ロボ・メイドはなにかを呟きつつ落下、下のレンガ歩道に激突して、手足と首を飛ばしたのである。夜のしじまに鈍い破壊音が響いた。

 深夜のニュースで、この闇の金融業者リチャード木下の死が短く伝えられた。

「なにものかによって撲殺。犯人は不明。怨恨か」

 極力簡単に伝えられたのは、政治的配慮からである。わが国の基幹産業たるロボット業界に、深刻なダメージを与えかねないからだった。

 その夜、国許である名古屋に戻っていた上田首相が急遽官邸に戻り、あわててやってきた新日本機械工業の室田社長の弁明を聞いた。


 昨日の朝から会社の様子がおかしいとは思っていた。しかし真奈は雇われトレーナーとして、自学自習能力を持つアンナのトレーニングを続けている。

 彼女は信州北端深山みやま郷出身、最後のマタギの孫娘として、山奥で育った。母は山ぐらしになれず、父が里にかえした。まだ彼女が幼かった頃である。

 その後、寡黙な山岳案内人だった父は遭難、最期のマタギだった頑固な祖父に育てられた。その祖父も今はいない。唯一の形見は、曽祖父と祖父が使った九九式小銃だった。

五百瀬いおせくん」

 堅物だが真奈の理解者である菅野が、珍しく沈んだ声で言った。

「今朝はトレーニングはいい。アンナはしばらく凍結になるかもしれない」

「凍結って、昨日からなにがあったんだい。なんか騒がしいけど」

「話してあげたらどうです」

 ふりむくと浪子だった。黒い下着の上に直接、絹でできた特注の白衣をまとっている。いつものかっこうだ。万事にそつなく、なんでもできる才女だが、服の大胆さはすこし異常だった。最近「副主任」に昇進している。

「幹部食堂で、お茶でも飲まない?」

 真奈はトレーニング着のまま浪子や菅野とともに、広くはないが明るくモダンな喫茶室にはいった。

 一番奥のボックス席に陣取ったが、この時間ほかに人はいない。

「ロボ・メイドが……殺人? 馬鹿な。良心回路の故障ですかい?」

「いや、政府規定の良心回路は封印されたまま残っていた。落下のショックで壊れてはいたけど、異常はなかったんだ」

「そんな、ロボットが人に危害を。まして殺人なんて」

ロボットとマシンは、世界的基準によって明確に区別される。自動的に動いても、良心回路を組み込まれなければそれは機械としく区別される。

 ロボットは使いかたによっては凶器にもなる。そこでロボット産業国が国際的な取り決めをした。いわゆるロボット工学の三原則に基づく「良心回路」なるものを作り出した。

 五ミリ四方の超チップで、主電子脳に組み込まれ監督官庁の検査官によって封印される。それをとりはずせば、重大な国事犯となる。しかし取り外しはさほど難しくなく、戦地ではときおり違法改造ロボ兵器も見られた。

 いまだ秀吉の刀狩以来の伝統で、民間の兵器所持にかなり制限のあるわが国では、もっとも厳しい民需ロボットの管理が行われている。

 格闘競技用の完全ヒト型ロボットであるアンナにも、当然組み込まれている。

 自らを守るあるいは人間を守るために、一応人間を攻撃もできるようにはなっている。しかし直接死をもたらすような行動は、回路に阻害されてできない。

 まして殺人など、偶然でなければ不可能だった。

「知ってのとおり、ロボ・メイドはわが社の主力商品であるロボ・ナースの派生商品。そしてアンナの手足などの基本システムは、ロボ・ナースなどの応用なんだ」

 この時代、少子高齢化と労働力は極度にすすんだ。その解決の唯一の答えが、社会のロボット化なのである。国策として各種ロボット産業を育成していた。

 新日本機工は八洲重工、大輪田精機に継ぐ国内第三位のロボットメーカーだが、世界的に見ても五大メーカーの一つでもあった。

 ロボット産業は各科学技術の集大成であり、国力を左右する重要産業なのだ。

「アンナにも工業規格院の世界標準良心回路、有名なアジモフ=キャンベルの三原則を元にしたものが組み込まれているわ。当然知っているわね。

 これを改変またはキャンセルすれば、精神自爆プログラムが作動して、アンナなんかは動かなくなるはずよ。兄は一度それを解除しようとして失敗しているけど」

「つまり、そもそもの良心回路に欠陥があった可能性もある。

 ロボ・ナースやアンナにも使われているものが」

「それってつまり……どう言うことだい」

「いまは上田首相のおかげでなんとかマスコミを抑えている。

 木下は闇のブローカーで警察がずっとマークしていた男さ。元々はどっかの企業で研究開発していたらしい。

 だから闇社会の抗争かもってことにして、メイドの件は発表していない」

「でも、ロボ・メイドが殺害したって証拠は、あるんですかい」

「警察で何度も見せられたよ。室内の監視カメラと、屋上の映像。

 殺された木下氏の後頭部を、特注のロボ・メイドがゴルフクラブで殴っていた。その次の映像は、ベランダから身を投げるロボ・メイドだ」

「そんな。特注ってなんです。勝手に改造して良心回路いじったとか」

「だからそんなことすれば、全システムが破壊されるって。そんな形跡はなかったわ。ハードレコーダーが破壊されていて、どんな行動とったかはわからないけど。

 特注って言っても顔だけ。顔を好きにかえてくれる業者があちこちにあるの。

 なかでも闇の業者は、禁止されている実在の人物そっくりに顔を作り変えてくれるわ」

「違法、なんだよね」

「肖像権にひっかかるし、真似られた本人だっていやでしょう。犯罪にでも使われるかも。でも金払えばなんでもできるわ、ご存知のとおり」

「ロボ・メイドを自分の好きな顔に改造して、中むつまじくやっていたんだよね。

 なぜそんなロボが、持ち主を殺さなくてはならないんだよ。

 良心回路に反してでも」

「それがまったくわからないから、我々も困っている。

 今はなんとか押さえて、全ロボ・メイドとロボ・ナースの良心回路を調べだしている。機能改善サービスと言うことにしてね。なにしろ業界自体の危機だ。それだけでも大変な作業だ。車のリコールと同じだ。保険はかけてあるが莫大な出費だ」

「そしてもし政府が世界基準で認定している通称良心回路に欠陥が見つかったら、全世界でロボットと称されている自律自動機械全部が、活動を停止させられるも知れないわ。

 新世界基準が採用されて以来、五年間で発売された総てのロボットが」

「そんな……アンナもですか」

「ともかくこれは日本のみならず、世界のロボット産業をゆるがしかねない。だから政府も慎重に調べている。開発部と営業部はおおわらわで調査しているし、ヤシマやオオワダの技術陣も協力してくれているんだ。

 しかし今までの調査で、良心回路の異常はまったく見つかっていない」

真奈は野性的な大きな目で、菅野の整った顔を見つめていた。菅野は真摯で生真面目な研究者だが、真奈の「保護者」でもあった。真奈の契約更新も押し通してくれていた。

「誰かの仕組んだ罠だったとしたら。ロボット産業界全体を滅ぼすような」

「誰がそんなことして、特になるのかしら」

「例の国際投資ブローカーか、ロボット自体を呪っている誰か」

「なるほど、ロボット産業に大打撃を与えて、暴落した株をかいしめるか。

しかし良心回路をいじれば全機能の安全装置が作動して……」

「開発室長。五百瀬トレーナーの言うことも考えられます。ロボットとマシンの違いは簡単に言うと良心回路を搭載しているかいないかだけ。

 良心回路を搭載しないロボットのほうがむかしは普通でしたし、世界主要五大企業でなくとも、ロボ・メイドのコピーは作れます」

「つまり、誰かがロボット産業に大打撃を与えるために、殺された男のものと同じロボ・メイドを作ったと?」

「良心回路が本当に作動していたか、接続されていたか。ハードレコーダーに記録が痕跡すら残っていなかったのも気になります。

 壊れた問題のメイドは今、どこにありますの?」

「むろん証拠物件だ。警察から持ち出せない。

 開発チームも警察にこもって調べている」

「自分は細かい技術なんてわからないけど、全世界で万を越えるロボット、アンドロイドが働いていて、いままでこんな事故、事件なんてのはなかったんだろ?」

「ロボットが機能停止して倒れたり、暴走して事故になったのは時々あるけどね。

主人を撲殺したなんてのは、記録されていないはずだ」

「警察と会社だけの調査にまかせておけないけど、わたしたちに今できることはないわ。今のところ押さえているけど、マスコミもかぎつけかけている。

 なんとか木下って人も相当胡散臭い人物で、身寄りもないみたいよ。

 もちろん闇社会との関係も深そうだけどね。闇社会のほうが抹殺した可能性もあるわね」


 いつものトレーニングもなく手持ち無沙汰の真奈は、本社工場中央棟地下にあるアンナの研究室におりた。

 自動警戒装置は真奈の毛穴まで記憶しており、簡単に通してくれた。

「ロボットって、人間にとってなんなんだろう。文明の精華なのかな。

それとも人類を堕落させるなにかなのかな」

 薄暗く広い円形空間の中央に、例の大きな棺桶が立っている。アンナも調査されたのか、下着もつけていない裸体だった。

 どうみても人間だが、すこし大きすぎる。

 全長百九十一センチ、自重は四百キロを越える。顔立ちは、狂気の天才技師が理想の女神と信じる形状である。専門の造形師に七回も原型を作り直させたらしい。

「アンナ、調べられたかい」

「精密検査をうけた。特に胸郭部のメイン・ブレインとコア・メモリー、自律制御回路はかなりの時間をかけたが、異常はみられない」

「大変だったね。なにがおきたかは聞いたかよ」

「赤穂技師が説明してくれた」

「それについてどう思う」

「わたしに感情はない。なにも思わない。しいかし現実に事象が起きた可能性は極めて低い」

「……貴様や、お仲間のロボが暴走するなんて信じられないよ」

 真奈は棺桶型の格納ボックスにはいっている長身のアンナに、ゆっくりと抱きついた。形のいいバストに顔をうずめた形になる。

「柔らかいけど冷たいな。むかし出て行った母さんを思い出す」

「山を降りた母親。理由はなんだ」

「最後のマタギだった爺さんの厳しさに、ついて行けなかったんだ。見かねた父さんが、実家に戻ることを進めたんだって。仲はよかったし、母さんはおとうにゾッコンだったらしい。

 うちは二十一世紀になっても、先祖代々のマタギなんてやってた。

 爺ちゃんは無形文化財かなんかになって誇りをもってたし、おとうは爺ちゃんにさからえなかった。

 自分に言ったよ。このままではかあちゃんがおかしくなる。おまえが泣いて留めたら、母ちゃんは里へおりられない……。そしてすぐあと、気落ちした父ちゃんは遭難したんだ。

 やだな、なんで貴様にこんなこと話してんだろ」

「わたしと同じ制御機能を持つロボットは、出荷停止になるのか」

「当面はね。でも政治的配慮ってやつで、そう大事にはなんない。

 でも本当にロボ・メイドが主人を撲殺したりできるんだろうかねえ」

「戦闘用自動マシンでも、武器を使う。鈍器での撲殺は非効率的だ」

「……そう言う問題じゃないよ」

   

 事件は政治的な解決にむけて調整がすすむ。しかしマスコミの一部は「不正改造ロボ・メイドによる事故か」などとかぎつけていた。

 殺害されたリチャード木下氏は有名な闇金融業者であるとともに、国際的なマネーロンダリングの大物だったらしい。

 国籍も日本とアメリカの二つをもち、なにかと謎の多い人物だった。

 そして事件から三日目の昼間、突如真奈は人事部から呼び出しを受けた。

「国家憲兵隊が、自分を?」

 別にやましいことはしていない。

 一年ほどまえ、三等曹長の身分で統合自衛部隊を退官している。一応後備役となっていて、半年に一度は各種申請と報告に行かなくてはならない。

 しかし予備役と違って、定期訓練はない。臨時招集も拒否できる。

 真奈は新日本機工の正規社員ではなく、自学自習自律アンドロイドの教官として、半期ごとに契約をしている。かなりの額がもらえるが、不安定といえた。

それに古巣との絆をたもっておきたかった。

そ の日の午後、半自動バイクにのって久しぶりに帝都特別地区に出た。復興した帝都はいささか人工的すぎて、真奈は落ち着かない。しかし緑は多い。

 市ヶ谷にある国防省の無防備な建物は、新古典帝冠様式で統一されている。しかし「本体」は地下のシェルターに作られている。

 真奈の身分では、国防省市ヶ谷中央要塞に入れる身分ではないはずだった。

 国家憲兵隊から出頭命令をうけていることは正面営門でもわかっていて、あっさりと通してくれた。



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