ANNA3 偽りの救世主≪メシア≫

小松多聞

プロローグ

「三班より本部、爆発物発見っ!」

 凛とした美声が鋭く言い放つ。州警察の女性巡査部長はそう通信してきた。顔の上半分はヘルメットで見えない。肉感的な唇はすこし震えている。

「よし、処理班をむかわせる。接近するな」

「でも、間に合いません」

 警察学校をきわめて優秀な成績で卒業した彼女の十メートルほど先に、小さな荷物運搬用カートがある。それにはユニバーサル・オートマトン社のロゴの入った、一メートル四方の書類運搬コンテナが載っている。

 その中に爆発物がしかけられていることは、監視カメラの分析で判明した。

すでに記念式典に集まったおえらがたは、ほとんど退避している。アメリカのロボット産業最大手であるユニバーサル・オートマトン社が、ロボット開発の中心地であるこの日本に「殴りこみ」をかけるかたちで、この工場を開いたのである。

 そのために地元の有力ロボット部品メーカーを買収し、東京からおエラ方やマスコミを招いて賑々しく式典を行おうとしていた。

 その栄えある記念式典を、かねて反最新科学技術テロを繰り返していた「真実の夜明け」が、妨害する噂はあった。

 地元州警察は当然、厳重な警戒態勢をしいていた。

 しかし爆発物は外から持ち込まれたのではない。日本支社開設の混乱の中、本社からの荷物に紛れ込んでいたらしい。盲点だった。

 女性巡査部長は、カートの後ろにある建物が巨大なホストコンピューターであることを知り、少しでも爆発物をとおざけようと決意した。

「下がれ、下がるんだ。もう時間切れだ」

 無線の指令を無視し、爆弾コンテナののったカートを押しだした。遠隔操作か自動コントロールか、すこしづつコンピユーター棟に近づこうとしている。

 そのむきを変え、無理矢理押しはじめたのである。

「どいて、爆弾です!」

 女性にしては低い声でそう叫ぶ。先は正面玄関で、広く長い階段が続いている。

「階段からつきおとします。正面は誰もいませんね」

 すでに爆発物処理班の装甲車などがとまっている。女性巡査部長は、やや重いカートを満身の力で押した。自分の警備担当部で、爆発事故がおこってはたまらない。美しくプライドの高い彼女は、負けず嫌いで責任感が強い。

 そしてついに階段の上にたどり着いた。あらためて確認すると、階段の下にいた装甲車も後退しつつある。

 監視カメラからの分析によって、コンテナの中は高性能だが通常の爆薬であることが判っている。核爆弾や細菌兵器ではない。

 巡査部長はコンテナののった自動カートを突き落とした。踵を返して、その場から退避しようとしたとたんコンテナが爆発した。光の圧力が彼女を宙に回せる。

 轟音が襲う。巨大な火柱が豪華な階段を破壊する。爆発に巻き込まれた巡査部長は、十メートルほど飛ばされてしまった。

 あたりは騒然となる。パトロールカーが走り回り、人々は叫ぶ。

 部隊勤務の白い二種軍装で式典に参加していた統合自衛部隊の新任三等佐官は、爆発のショックでずりおちたメガネをかけなおしつつ、左手首にはめた大型腕時計状の個人通信装置「ユニ・コム」で、市ヶ谷の統合軍令本部に連絡していた。

「こちら田巻。そうや、爆発した。しかし犠牲者は少ないようや。

オ ートマトン社の施設も無事。……残念ながらな」

 唯一の犠牲者は、瞳孔を見開いたまま青空を見つめていた。

「いそげ! 自動担架だ! 応急処置が必要だ」

 血だまりが広がる。彼女は臍から下を失っていた。下半身は数メートルはなれて、痙攣していたのである。


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