028
おっさんは話が終わったとばかりに、食事を再開し始めた。
質問とか、文句とか、一切受け付けるつもりはないらしい。知ってたけど。
その様子を見て、当然の如く光助たちも食事を再開し始める。
まあ、他にすることって言えば食事をしながら団欒することだけだしな。
そう考えると当然の行動でもある。
他の人が食事を再開したとなると俺も食事を再開しないといけないのだが、もう何かを食べる気はおきない。
ぼうっと、意味もなく魚料理を眺めていると料理を美味しそうに食べていた光助が不思議そうに首を傾げた。
「十夜? どうしたの?」
食事を再開しない俺のことを心配しているのか、そう問いかけてきた光助に何を言えばいいのか分からず曖昧に微笑む。
ああ、相手にするのが面倒くさい。
しかし、俺が何か言う前に光助は俺の曖昧な微笑みをどう解釈したのか、安心したように息を吐いて笑って食事を再開し始めた。
何だったんだ、あいつ。気持ち悪い。
そんな俺のことを全面的に信頼しています! みたいな行動に作っていた笑みが崩れた気がする。
善人で、皆に愛されて産まれた純粋で、無垢な、いい奴。俺を信じて、敬って、憧れている馬鹿な奴。俺のこと、何も知らないくせに。気持ち悪い。気味が悪い。
そんなことを思いながらも、いつもの様に笑い続けられたはず。
仮面をつけるように固めた表情は、俺を守る道具だから。
ああ、嫌だな。
今、自分がどんな顔をしているのか分からないのが不安でたまらなかった。
「大丈夫ですか?」
まったく食事を再開しないことを心配してか、今度は神楽木が聞いてきた。
だけど、神楽木にも光助と同様に返事を返すことはできなかった。
光助と同じように曖昧な微笑みで誤魔化してしまう。
神楽木は何か言いたそうだったが、それも全部笑って誤魔化した。
話しかけんな、本当に面倒くさいから。
そんな俺の態度が気に障ったのか因香と名乗った少女が食事の途中で立ち上がって俺を睨む。
本当の心は分からないけど。どうも睨んだフリをしただけのような気がするんだよな。
がたり、と響いた音が和やかな空間を壊したがそれすら気にする様子はなかった。
おっさんが「……因香」と咎める様な声音で彼女の名前を呼ぶが、彼女は黙ったまま扉のほうに歩き出した。
ここにいるのも不愉快と言うことなのだろうか。そういう演技なのだろうか。
そう思いながら彼女が歩いていく様子を無言で眺めていると、姿を隠して側にいるヘルフリートが他の人に聞こえないような音量で呟いた。
『彼女を追いかけてください』
その言葉の意味を理解することができず、咄嗟に動けずにいるとヘルフリートがもう一度呟いた。
『追いかけてください。お願いします』
一応、ヘルフリートは俺を守るためにいるのだから、俺を危険にさらすことはないと思う。
まあ、純粋に俺が彼女に興味があるから行くけど。
例え、俺が危険にさらされても追いかけたかもしれない。
早く、と言いたげなヘルフリートの言葉を信じて俺も立ち上がった。
「……十夜?」
驚いたように目を見開いた光助の表情を横目に、俺は彼女の後を追いかける。
何も言わずに立ち去ったから、光助は不安そうな顔をしているんだろうな。
扉を乱暴には開かず丁寧な仕草で外に出る。
彼女はどこにいったのかと思って顔をあげると、彼女は俺が追いかけてくることが分かっていたとでも言うように扉から出てくる俺の方を見ながら、すぐ近くに立っていた。
すぐ近くに立っているとは考えていなかったせいか、意味のない声がでそうになる。
それを慌てて飲み込み、中途半端に開いていた扉を乱暴に閉めてから彼女を見る。
彼女の立っている場所を見て、その時になって漸く気づいた。
彼女は中にいる人から見られないように死角になっている場所に立っていたのだ。
それなら俺が気付かなくても仕方ない。
不用意に声をかけなくてよかった、と息を吐く。
彼女はそんな俺の様子を見てから左手を胸の前まで上げ手招きをした。
その様子が少し不気味に思えたがゆっくりと彼女の側まで近づく。
一、二歩で彼女との距離を零にできるほど彼女の側まで近づくと彼女は俺が近くに来たことを確認してから、くるりと方向転換して歩き出した。
「ついてきてください」
方向転換して歩き出した彼女の後ろをおとなしく歩いた。
歩いている途中、彼女は時々、何もないところを見ては笑みを溢してから此方を盗み見る行動をとっている。
その行動を恐ろしく思いながらも俺は黙って彼女の後を歩き続けた。
いったい何が見えるのか俺には理解できなかったがきっと彼女も普通の人ではないのだろう。
電波じゃないと信じている。
この世界にも頭が狂ってるような人っているんだろうか。狂信者とかいそう。
しばらく、そんな行動をとっている彼女の後ろを歩き続けているとマンションのように沢山の扉が並んでいる廊下に出た。
一つ一つの扉の作りがまったく違うのを疑問に思いながら、その廊下を歩き続ける。
彼女が脚を止めたのは木でできた質素な扉の前だった。
襖のように開ける扉らしく横にスライドされた木の扉を片手で抑えながら空いた方の手で部屋に入るように託された。
入っていいのか判断に困ったが、おとなしく彼女に従う。
俺が中に入ると彼女も後から中に入って木の扉を閉めた。
「何もない部屋ですが、話をするのは最適かと」
そう言って微笑む彼女はさっきまで見ていた少女のような雰囲気ではなく、大人の女性のような雰囲気をまとっていた。
そんな彼女の変化に戸惑って、つい目を逸らしてしまう。
ヘルフリートの言葉を無視していればよかったと、その時初めて思った。
そんな風に考えるのは自分に責任がないと思いたいからだろうけど。
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