027
帰りたい。帰ってゲームしたい。ゲームじゃなくてもいいから、現実から逃げれる物が欲しい。
そんな風なことを思いながら、縁に黄色の花が描かれている白い皿と魚料理と一緒に出されたクロワッサンほどの大きさのパンを一つ手に取る。
手に取ったパンを不自然にならない程度に眺めた。
見た目は普通のパンなんだが、そう思いながら一口サイズに千切る。
パンの中には何も入っていないようで見た目はただのコッペパンのようだ。
見た目だけは、なのだろうけど。
二つにわけた後、大きい方のパンは白い皿の上に戻した。
置いた瞬間に覚悟を決めるように、ふっと息を吐く。
そしてパンを口に含んだ。
口に含んだパンを咀嚼玩味するために、口を動かしてパンを噛むと、何故かイチゴジャムのような甘酸っぱい味が口の中に広がった。
口に含む前にジャムやバターのようなものは一切塗っていないのにおかしい。
そういう思いと、やっぱりという思いを抱きながらも噛み続ける。
噛めば噛むほど甘酸っぱい味が口の中に広がっていく。
パンの食感なのにイチゴジャムをそのまま食べているような錯覚に陥りそうになるほど、甘ったるい。
ああ、金平糖は好きだけど、見た目が合ってない食べ物は無理。
心の中でそう思いながら、ごくり、と口に含んだパンを飲み込んでから白い皿の上に置いたパンをじっと見る。
見た目はやっぱり普通のパンだ。だけど、味は違う。
この世界の食べ物は自分の常識は通用しないということを実感する。
実感が湧いてこないで欲しかったのが、本音だ。
本当にここは自分の知らない世界なのだ。
そう考えることを拒否する理由が欲しかったのに、それを強調するものしか今のところないのだから困る。
「……美味しいんだけど、何か違うんだよな」
小さく呟いてから美味しそうに食べている光助を見る。
あいつは何であんなに普通に食べられるのだろうか。謎だ。
いや、その異常な早さの慣れこそが今の性格を作る原因になっているのだから当たり前なのだろうか。
「どうかした? 十夜」
俺が見ていることに気づいた光助が首を傾げながら、問いかけてくる。
その問いかけに無言で首を横に振ってから、目の前の食べかけのパンに視線を戻す。
別に甘いものが嫌いな訳ではないが、これ以上食べられる気がしなかった。
気持ち悪い。口の中がベタベタする。
口のはしをあげるだけの笑みを浮かべながら、どうやってこれを回避するか考える。
「大丈夫ですか?」
そんな俺の気持ちが外に漏れていたのか、神楽木の横に座っていた因香と名乗っていた少女が心配そうに此方を見ながら問いかけてきた。
その気持ちを利用して抜け出してしまおうかと思う自分もいたが、これ以上空腹だと動けなくなりそうだったから「何でもないです」と言葉を返して、パンを手に取った。
パンをさっきより小さめに千切って口に含む。
やっぱりイチゴジャムの味がした。
ようやく俺がパンを一つ食べ終わった時には、魚料理は完全に冷めていた。
スープとパンだけしか食べていないはずなのに、食べ過ぎた時のような気持ち悪さを感じる。
それを誤魔化すように目の前の魚料理を見るが、申し訳ないと思いつつも、もう食べる気は微塵も起きなかった。
この魚料理どうしようと考えながら食べる努力をするために白い皿をのけて魚料理を目の前に置く。
魚料理を目の前に置いたその時、おっさんがわざとらしい咳をした。
それは此方を見ろという分かりやすい合図だった。
そんなに長い時間、俺はパンと戦っていたのかと、苦笑しながら視線をおっさんの方に向けると、皆が此方を見ているのを確認するように見渡してから口を開いた。
「……慈恩寺様と宵野様に言わねばならないことがある。我が国は今、貴殿方に剣術を教えることができる者がいないのです」
悲しそうに告げられた言葉に首を傾げる。
この国に剣術を教える者がいないということは、剣を使うことは諦めろと言っているようなものだ。
俺も光助も戦闘なんてしたことのない一般人だから、剣を教えてもらえなかったら刀の扱い方なんて分からないままだ。それでどうやって戦わせるつもりなのだろうか。
銃や弓のような遠距離系の武器とかよりは鈍器系の方が素人は扱いやすいと聞くし、そういう武器を自分で練習しろとでも言うつもりか。
でも、あれだな。勇者というならそういう剣があってもおかしくないだろうに。伝説の剣とか、そんな分かりやすい名前の物が。
そんな風に思いながらおっさんの言葉を待つ。
心の中で魔法のような簡単に敵を倒せるような方法が提示されるのを期待しながら。
おっさんは少し言いにくそうに「こちらとしても、我が国の者が教えることができればいいのだが……」と言ってから一瞬だけ光助を見た。
その行動の意味を察して、ため息を吐きたくなったが我慢する。
これ以上、面倒になるのはごめんだ。
顔に柔らかい笑みを浮かべるのを意識しながら玉座を見続ける。
おとなしく待っていたけど、やっぱり聞かなくてもいいかもしれないな、と思い直す。
魚料理を食べない言い訳になるし。
そんな風に考えてから魚料理に視線を向けてから玉座にもう一度、視線を戻した。
言葉の続きが気にならないと言ったら嘘になるが言って欲しくない思いの方が強かった。
それでも、おっさんは口を開いて言葉を続ける。
「この国の隣国にあるディアが勇者を呼んだことに気付き、剣術や武術を習わせるならぜひと文を送ってきたのだ。この国は人ならざる者が治めているから、近寄ることは極力無い方がいいのだが教えることができる者がいない今、慈恩寺様と宵野様にはディアに行ってもらいたい」
ディアはフェニックスが治めている国だったよな。
説明を思い出しながら、そんな国に行かないといけないのかと不安を覚える。
だけど、少しだけ興味もあった。
いったいどんな国なのだろうか。フェニックスが治める国なんて想像がつかない。
そもそも、空想の世界の生き物だし。
そんな風に考えながら、誰もが望む通りの答えを返さなければならないことを思い出す。
「分かりました。俺たちが強くならないと意味ないですからね」
俺の返事に同意するように光助も言葉を紡ぐ。
「大丈夫です! その国で強くなって帰ってきますから」
こういう時、自分から先に言い出さないところがわざとではないかと常々思ってしまう。
光助がそんなことを考えてできる奴ではないのは知っていても、そう思ってしまうのは仕方がない。
俺の後に同意することの方が多いからだ。それが厄介ごとなら尚更に。
最初に発言する奴ほど厄介ごとに巻き込まれることの方が多いのを知っているから、無意識のうちに避けているのかもしれない。
その言葉を待っていたと言うように王様は満足そうに頷き、そして言った。
「すまない、慈恩寺様に宵野様。だが、貴殿方がそう言ってくれて良かった。……貴殿方には迷惑をかけてしまうが、向こう側の主張もある。明日にはディアに向かってもらいたい」
さすがにそれは早すぎるだろ。
てか、絶対断っても言いくるめて行かせる気だっただろこいつ。
あーあ、ここに都合よく嫌いな奴とか現れたら、一発ぶん殴るのに。
そう思いながら心の中で舌打ちをした。
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