026

 向日葵の様な黄色の服にフリルの付いた白いエプロンを纏った女性が、木でできたスプーンやフォークが入った収納箱を用意してくれる。

その中から、よく見かける形状のスプーンを手に持って赤い色をしたスープをゆっくりとかき混ぜた。

他の色を含まない赤一色のスープはまるで血のようにも見えた。

煮込まれた野菜の甘い香りから、何かの野菜で作られた料理だと分かる。

多分、トマトだろう。

でも、異世界にトマトがあるとは思えなかった。

もしかしたら、似たような植物があるのかもしれないけど。

かき混ぜていた手を止め、皿の手前にスプーンを戻してから外側に向かってスープをすくう。溢さないように気を付けながら、一匙を恐る恐る口に運んだ。

スープを口に含むと口の中に何とも言いがたい味が広がった。

色は真っ赤なのに、コーンスープのような味がするのだ。

たこ焼きの形をしたケーキを食べているみたいだ。

「見た目はボルシチみたいなのに……」

ロシア、ウクライナの代表的なスープ料理を思い出しながら呟く。

本場で食べたことは無いし、誰かが作ったものを食べた経験もないけど、あれはトマトスープで野菜を煮込んだ味らしい。

そんなことを思いながら、スープを飲み続けていると隣に座っていた光助が「美味しい!」と言って頬を緩ましているのを横目に見えた。

その様子に俺は無意識のうちに口に含んでいたスプーンを噛んでいたらしく木の硬い感触を歯で感じて、すぐに口からスプーンを取り出す。

どうしてそんな行動をしてしまったのか分からず、誤魔化すようにスプーンをスープの中に戻して食事を続けた。

その間も光助は楽しそうに話をしていている。

その様子はいつもと同じだと思うのに、何だか言い知れぬ不気味さがあった。

自分の中にある感情が上手く表現できない。

「宵野様、お口に合いませんでしたか?」

淡々とスプーンを動かす作業はひどく退屈そうに見えただろうか。

それとも俺の表情がおかしかったのか。もしくは俺の態度が気にくわなかったのだろうか。光助の前に座って食事をしていた女がそう聞いてきた。

目の前で楽しそうに話している光助を見ていれば、俺の態度が気にくわなくても無理はないかとは思う。

それとも、ただ光助からの評価をあげたいだけの行為か。

ああ、そっちの可能性の方があるか。

光助ご機嫌とりをするために、興味もない俺に話しかけるのは面白い。

そう思いながら口を開こうとして、そう言えばこの人の名前ってなんだっけ、という疑問を抱く。

まったくもって興味がなかったから聞いたのかも覚えていない。

笑いながら彼女を見る。

女は微笑みを浮かべながら優しく問いかけているのに、否定を許さないと思っていることが雰囲気から分かってうんざりした。

本当、分かりやすい人。

「いいえ、とても美味しいですよ?」

 彼女が欲しかっただろう言葉を返すと、彼女は一瞬、当たり前だというような表情をしてから嬉しそうに微笑んだ。

その分かりやすい演技に色々な意味で感心しながら彼女の言葉を黙って聞く。

「嬉しい言葉をありがとうございます。けれど、もし不満があったら遠慮はしないでくださいね?」

最後の遠慮はしないでくださいね? の言葉だけ首を傾げ、机の上に胸がのっかるよう少し体を前にするような体勢をとり、腕で胸を強調するように寄せながら、下から覗き込むようにして言われる。

彼女の前に座っている光助は自分が言われた訳でもないのに顔を赤らめて照れていたが、俺は彼女のその行動に何とも言えない気持ちを抱いた。

計算して行動しているのが分かりやすすぎて、好感を持てない。

こういう女の人を好きになる人もいるのだろうが、俺はあまり好きじゃないな。

俺は顔を顰めない様に気を付けながら、「ありがとうございます」と言葉を返した。

その様子を満足そうに見ている王様と光助の視線がやけに鬱陶しかった。

この世界に来てから、随分と光助に対して苛々するようになった気がする。

理由は分かっている、と思う、多分。

だけど、今までだって無視することができたのだからこれからだってできるはずだ。

さっきとは違う意味でスプーンを噛もうと、口の中に入れる。

自分の物ではないのだからやめないと、そう思いながらも噛むのをやめられなかった。

歯形が残っていないか不自然にならないように確認してから、何事もなかったかのようにスープを飲み続ける。

うまく誤魔化さないといけないな、と思ってからそういう風に考えてしまう自分に呆れた。

 スープを飲み終わり、スプーンを置く。

一番、飲むのが遅かった因香が飲み終わると、スープの皿と入れ替えにコッペパンのようなパンと鯵ほどの大きさで鯛の見た目をした魚の塩焼きが目の前に置かれた。

予想していなかった料理の登場に驚く。

異世界だと分かっているのにどうしても自分たちの常識で考えてしまう。

もしかしたら、もしかしたら、と考えてしまうのはそろそろ止めないと。

「この魚、鯛に似ています」

 光助が魚を凝視した後、少し嬉しそうに指差しながらそう言う。

その言葉に王様が笑った。

「その魚に似たものがあったのですか? 素晴らしい偶然ですね」

偶然だ、と言った王様の言葉に引っ掛かりを覚える。

本心から言った言葉だと思うが、違う意味を含んでいるように思えたのだ。

それが何を考えて言ったのかは分からないが、王様たちにとってはいいことだったのかもしれない。

光助が鯛の説明をしているのを聞き流しながら考える。

王様や女はいったい何を考えて、今まで行動をしているのか予想がついても本当に正解かは分からない。

杞憂になってくれたら嬉しいけど、そうならないことは分かりきっていた。

 俺はため息を吐いてパンに手を伸ばす。

逃げ出したら楽になれるかな、と思いながら、右足の踵で椅子の足を蹴って、いつものように笑った。

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