024

 息を少しだけ吸ってから、深く息を吐く。小さく笑みを形作っている唇を噛んだ。

人工精霊がどうとか魔法使いがどうとか考えても結局、行動に移さないのだから無駄なだけだろう。

それは相変わらず俺に付き従うように浮いている。

俺のモノという感覚はない。というか、物である感覚がない。俺を裏切ったりしないのなら今は何も考えないでおきたい。どうして人工精霊をくれたのだろうかという疑問は抱いているけど。

魔法使いさんの設定どおりに従ってくれるのなら、それを拒否する理由もないのだし。

その考えが正解だとは思ってはいないし、間違っていても気にしない。

「主様?」

 そんな風にぐちゃぐちゃと考えていたせいか、廊下を歩く足が止まっていた。

「どうかされましたか?」

 訝しげな声音。

俺が嫌な思いを抱かないように顔を覗き込んでこないそれの問いかけに、何か答えようかと口を開いたが、何も言う気になれず目を彷徨わせた後、口を閉じる。

返事を期待していなかったのか、それは何も言わなかった。

そのまま無言で歩き続ける。

さっきまで光助たちが話していた場所の扉が肉眼で認識できる位置まで来た。

その扉を見ながら既にあいつ等がいるかもしれないと思うと気分が沈む。

歩いている足も自然に遅くなり、止まりそうになった。

扉を少しの間、凝視してからそれを仰ぎ見る。

そう言えばこいつ、どうしよう。

あいつ等に見られても気にしないが、面倒なことを押し付けられるかもしれない。

いや、どこで手に入れたのかと聞かれたらもっと面倒くさい。

色々な状況を考えると頭が痛くなってきた。

「……嫌だな」

 小さく本音を吐き出してから、舌打ちをする。

ここに来てから、頭痛の種しかないことに気づいて笑いたくなった。

このまま、部屋に戻ろうか。

俺がそんなことを考えているとは知らず、それは不思議そうに首を傾げて俺と扉を交互に見ていた。

確認するようにそれを見ながら、そういえばヘルフリートって普通じゃ作れない人工精霊だったことを思い出す。

そもそも魔法使いが作ったものなんだから、これくらいできるはずだろう。

「……君って、姿を隠すことくらいできるよね?」

 それぐらいできて欲しいという思いを込めて、そう聞くとそれは笑いながら首を縦に動かした。

「はい。それくらいだったら人工精霊ならどの個体でも普通にできますよ」

 その回答に俺は安堵した。

できないと言われていたら困る。というか、人工精霊ならどんな個体でもできるのか。

魔法使いが造るモノだから、特別なモノを入れているのだろうか。

「じゃあ、俺があの扉を潜る前に姿隠しといて」

 そう言いながら扉を指差すと、それは無言で頷いた。

これで面倒なことになる原因を一つ取り除けたかと思うと足取りも軽くなった気がする。

気がするだけで、あまり変わってないんだろうけど。

柔らかく見える微笑みを顔に張り付けながら、ゆっくりと歩いて扉の目の前まで来る。

扉を開けるために手を伸ばしかけて、それが本当に隠れられるのか不安になった。

確認するように、それを見る。

そんな視線に気づいたのか、それは俺の真横まで移動し、囁いた。

「近くにいますので、何かありましたら声をお掛けください」

 その言葉を言い終わると同時にヘルフリートは姿を隠した。

さっきまで見えていた姿が見えなくなるというのは少し不思議な気持ちになる。

消えたわけじゃないと分かっているが、隣にいる安心感があった。

俺が死にそうになったなら、如何にかしてもらうつもりだったし。

「……覚悟を、決めるか」

 本当のことを言うとまだ部屋に戻りたかったが、人工精霊に頼んどいて自分だけ何もせずに帰るわけにはいかない。

いや、帰ってもそれは何も言わないだろうけど。

面倒事よりも、食事をとりたいとも思ったし。

俺は体の力を抜き、頬を軽くマッサージしてから、扉を開けた。

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