023
来た道を引き返している行動が、とんでもなく無駄な行為に思えてならない。
「あー……帰りたい」
学校に行きたくないと駄々を捏ねるような学生の様な、休みなのに呼び出されて仕事に行かないといけなくなった社会人の様な気持ちになる。
「お休みになられますか?」
心配そうに横から覗き込んできたそれに、手を振って問題ないと返す。
風邪をひいている幼い子どもを心配している親の様な表情に、嫌なことを思い出した。
ああ、その顔、あんまり好きじゃない。
それの顔を手のひらで押しやって、その表情が見えないように遠ざける。
それは大人しく俺の隣から、一歩ほど後ろに距離をとった。
文句を言うこともなく、俺の行動を受け入れている姿に、なんともいえない気持ち悪さを感じる。
持ち主に誠実になるように、造られているのだろうか。
あの魔法使いさんが考えることなんて、分からないけど。
考えても分からないから、考えることはやめようと目線を少し下げた。
部屋に戻れなかったのは残念だとは思う。
部屋に戻っても、寝ることしかしないけど。
ああ、嫌だ、嫌だ。
仕方ないことだと思って、諦めて歩き続ける。
この世界に来てから、寝ることしか考えてないような気がする。
寝ることが好きだった覚えはないんだけどな。
苦笑しながら歩き続けていると、俺のすぐ後ろで浮いていたそれが不思議そうに聞いてきた。
「目的地を聞いていませんでした。どこに行かれるのですか?」
それは返事を待っているのか、表情が見えない様に移動しながらも俺を見ている。
視線を感じているだけだから分からないが、律儀に前に出てこないのには好感を持てた。
そういえば、こいつの姿って隠すことできるんだろうか。
あいつ等が見たらどう反応するんだろうか。
そんなことを考えながら、それの問いかけに答える。
「気持ち悪い幼なじみのところ」
その言葉にそれは「そうなんですか」と答えたが、言葉の意味を理解しているようには聞こえなかった。というよりは、興味がなさそうな声音だ。
何をするのかとか、どこに行くのかというのを知りたかっただけなのだろう。
詳しく聞かれても、それ以上答える気もなかったけど。
「そういえば、その口調って君の趣味?」
明らかに変わった話題に眉をひそめることもせず、それは質問に答えてくれる。
「元々、言葉使いなどの教育はされていませんよ。固定した方がいいのなら、固定しますが?」
その言葉から魔法使いさんが言葉を教えたわけではないのだと知る。
そこまで気にしないよ、と幼なじみ辺りは言いそうだが、固定していた方が聞き取りやすいとは思う。拘りが無いのなら固定してもらった方がありがたい。
ゆっくり歩いていても迎えが来そうだと、速度を少し速めながら歩く。
「口調が変わると覚えにくいし、今のままで」
少しくらい文句を言うかと思っていたが、その言葉にそれは素直に頷いた。
「分かりました。では、そのように」
何の感情も含んでいないような声からではそれの感情は分からない。
不満に思っていないのかもしれない。嫌悪感を抱かなかったのかもしれない。屈辱を感じなかったのかもしれない。
まあ、そんなことあり得ないだろうけど。
例え、親しい友人だろうと、愛らしい恋人や家族だろうと、好ましい知人だろうと「命令」されれば心の裏側で相手に負の感情を産み落とす。
上下関係があったとしても例外ではない。
人間とは、そんな生き物だ。
相手より自分を有利に見せようとする利己主義な生き物だ。
例外だっているが、大半はそんな人間だろう。
だって、俺はそれを親から教えて貰ったのだから。
「……別に、変えたくなかったら変えなくてもいいけど」
だから、それの肯定が怖い。怖いというよりは気持ち悪かった。気味が悪かった。文句も言わず、嫌な顔もしない。
俺はどんな風に接するのが正解なのだろうか。
ああ、本当にこいつも魔法使いさんも、どうして人に尽くすのが好きなのだろうか。
気持ち悪いという感情を誤魔化す様に俺は小さく咳をして、舌を少し噛んだ。
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