021

 ぐちゃぐちゃになった肉片やワインのような血が食堂を通過しているはずなのに、飲み込んでいる様子がない。男のような喉仏がないから分かりにくいが、喉が動いていないように見える。流し込んでいるのか? 精霊だから人とは違うのかもしれない。

そう思いながら、器を傾けていたそれを見る。

肉片や血を入れるためだけに出した器もクッキーやビスケットを食べるみたいに、噛み砕き始めた。

器が割れているのに音がしていない。どういう作りなのだろう。魔法で出した物だからか?

器を吸収するように食べ終わると、それは少し物足りないというように腹を撫でた。

他の食べれる物を探すように周りを見渡した後、その場から動いていないかった彼女を指差す。

「あれも、食っていいですか?」

少女のように可愛らしく首を傾げて、そう聞いてきた。

その表情は子どもがお菓子を強請る時に近い何かを感じる。

反射的に頷きそうになった。

 邪魔だし、必要ないモノではあるけど。

そう思いながら首を横に振る。

彼女がここで消えてくれた方が、周りに言いふらす人がいなくなる。好都合ではあるけど、ここで死なれては利用することもできない。自分に被害が出ない様に、上手く扱うことができたらいいが。彼女自身に興味はないし、死んでくれても構わない。だが、彼女の知識だけは欲しい。

それは少し不満げに視線を彷徨わせた。

研究されるのは嫌だ。全力で拒否する。だけど、彼女からこの世界のことや生き物のことを聞く方が、あの王様よりも確かな情報がもらえるだろう。

 そう考えながら、念押しをするように首を横に振った。

あの王様に会いたくないのも理由の一つだけどな。

自分の中で納得ができるように考えてから、断った。だが、それは少し間を置いてから「失礼ですが」と納得がいかないと言うように眉を顰めて、彼女を指差しながら俺に告げる。

「主様はあれが何か分かって、断っているのですか?」

 その言葉に俺は首を傾げた。

彼女も普通の人間ではないのか?

この世界をいまだに理解できていない俺は、その言葉を聞いても、何も分からなかった。

疑問に思いながら彼女を見る。

彼女は時間が止まったかのように、ぴくりとも動いていない。

観察するように彼女を見たが、人の姿以外のものには見えなかった。

何回見ても、変な格好だとは思うけど。

「俺には普通の女の人にしか見えないんだが……」

見た通りというか、思った通りに、言葉を吐きだす。

それは彼女を指差していた手を下げて、俺の言葉の意味を理解できないと言うように首を傾げた。俺をじっと見た後、納得したように頷く。

「あれは」

何に納得されたのかは分からないが、俺に彼女が何かを説明してくれるらしい。

「なりそこないですが人魚ですよ。私には食べるという選択肢以外なら飼育くらいしか思い付きませんが、人間に見えるというのなら人間とのハーフでしょうね。売り飛ばそうというお考えなら価値は下がると思いますよ」

 その言葉に俺は彼女に視線を向ける。

「人魚……?」

彼女を頭から爪先までよく見るが、鱗も魚のような尾も見つからない。

もしかしたら服の下には鱗があるのかもしれないが、俺にはやっぱり人の姿にしか見えなかった。

嘘の説明をされたというのも考えたが、そのメリットが思いつかない。

俺は彼女を見続けながら、頭を動かす。

人魚と言われて思いつくのは、昔絵本で読んだ人魚姫と赤い蝋燭と人魚くらいだ。

彼女が人魚だと証明できる方法など思いつかない。

そもそも陸地で息ができるものなのだろうか。

どうして、あんなに動けるのだろう。

人魚姫なんかは歩こうとして、痛みに気を失っていたと思うけど。

人魚というのは俺たちの世界でいう魚と一緒なのだろうし。

「そうですよね? 僕の目が見間違うはずなんてあるはずないですから誤魔化せるなんて思わないでください。成りそこないの人魚さん」

俺が本当に人魚なのかを考えている間にも、それは彼女を追い詰めるように言葉を吐いている。

その言葉に彼女は嫌そうに顔を歪め、敵を見るような目でそれを睨んだ。

その行動で彼女が人魚であると、分かってしまった。

それを睨んでいた彼女の頬が、怒りからか赤く染まる。

彼女は舌打ちをして

「……何で俺が人魚って分かった?」

怒鳴りつけたい気持ちを隠しながら、搾り出すように問いかけた。

彼女の目は怒りに染まり、それを睨んでいる。

「あのお方の手で特別に作られたモノでなくても、分かると思いますが」

 楽しそうに笑いながら、それは言う。

彼女はふざけているかのような言葉に、怒りを詰め込んだかのような声音で「は?」と言葉を溢した。

精霊を人と数えていいのか微妙だが、二人にしか分からない会話に入るのも無理そうだな。

右から左に聞き流してしまいそうになる二人の会話を、なるべく記憶に刻むように聞いておこうと思いながら耳をそばだてる。

肉片も始末できたし、部屋に戻って寝たいけど。

爪先を床に叩き付けるように動かして、息を吐く。

その場に残る理由もない。

だが、いらない情報でも覚えておけば後々、役に立つはずだ。

「理由が必要ですか?」

 それは不思議そうに、俺を見る。

どうして俺を見てきたのかは分からないが、とりあえず頷いておいた。

「そうですか。分かりました。あのお方から貰ったモノを自慢できる機会だと考えましょう」

 それは、楽しそうに笑う。

「僕の目は、あのお方が力を込めて作ってくださった特別なモノです。あらゆるモノの真実を映すようにできています」

右手で自身の瞳を見やすいように瞼をこじ開けて、俺に向かって笑いかけてくる。

宝石のような目が光を反射してキラキラとしていた。

その目から視線を逸らせない俺とは違い、それの言葉を聞いた彼女は「できるはずがない!」と大声で否定を口にする。

「あらゆるモノの真実を見通すことなんてできるはずない! そんなことが可能なのは……古龍だけ……」

 最後の竜という言葉に苦虫を噛みつぶしたような表情で、彼女はそれを見た。

口に出すのも嫌だと思う種族なのだろうか。

その存在自体が禁忌に触れるのか。

ゲームに登場するようなゾンビみたいな竜や骨だけの竜を想像して、止める。

竜は災厄をもたらしたり、人を食らったりするのだろう。不老不死の可能性もある。

本物を見たことがないから分からないが、ゲームやアニメの情報から考えると、自然災害のように突然やってきては住処を荒らし、帰っていくイメージが思い浮かんだ。

病を、昔の人は人でないものに例えていたから無いとは言えない。

姿なんて、本物を見るまでは何十も想像できるから考えるだけ無駄だろう。

彼女の言葉に少女のように笑いながらそれは言う。

「確かに、間違ってはない。五千年以上生きた竜の目だけが真実を映す。だけど、人工精霊は例外中の例外だ。だって、人工精霊は生まれる媒体から能力を引き継ぐことができるのだから。あのお方は、ヘルフリートに特別な目をくださった! 数少ない竜の目をくださった!」

 ふ、と息を吐いて妖艶にそれは微笑んだ。

「ねえ、お前にはヘルフリートが何の姿に見えている?」

 少女のように可愛らしく、幼子のように愛らしく言う。

俺はそれを見ながら、声と顔の違和感がすごいなっと見当違いなことを考えていた。

半分以上、話を聞き流していた。

それが彼女を追い詰めるように言葉を吐いているのだけは分かる。

疲労と眠気に負けて、ここで倒れてしまいそうだ。部屋に帰りたい。部屋に戻って寝たい。

俺の思考の半分は、そんな考えでいっぱいだった。

そう言えば、この世界の食事はどんなものを使って作っているのだろうか。食べられる見た目ならいいんだが。

違うことを考え始めた俺とは、温度差のある会話を続ける彼女達。

俺がいる意味あるのか聞きたくなった。

いや、いないとこの会話が成立しないからいる意味はあるのだろうけど。

「……確かに! 人工精霊は例外だが、竜を殺すためだけにどれだけの時間と武器や人を使わないといけないか。たった一メートルほどの生まれたての竜にだって、この国が勝てるかも分からないのに人工精霊を生み出すための量を殺せるわけがない。絶対、不可能だ!」

 彼女が大声でそう言いきると、それはきょとんとした顔で彼女を見た後、声を出して笑いだした。

「あははは! ヘルフリートを作ってくださったお方を、貴方たち下等生物と一緒にしないでくださいますか? あのお方は紛れもなく、この世界の頂点に君臨する方ですよ? 貴方たちとは細胞単位で違うのですよ? 身の程を弁えてくださいよ」

その言葉を聞いた彼女は、理解できないモノを見るような表情になる。

そんな彼女の顔を盗み見ながら、俺は彼女のような分かりやすい反応はできなかった。

あのお方ってあれだよね、魔法使いさん。あの人ならできそうと思ってしまうから不思議だ。まあ、できているからこそ、ここに人工精霊なんてモノがいるのだろうし。

そんなに強い奴だったのか、とセオドアの顔を思い出して何とも言えない思いを抱いた。

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