020

 考えることを放棄しそうになっていた頭を働かせる。

ヘルフリートと名乗ったそれが、どのように作られて、何が切っ掛けで呼び出されたのか分からない。

だが、彼女の言葉でこの世界の一般人には手に入らないものだということは分かった。

魔法使いさんが優れているのか、他にも仲間がいるのか。

彼女の言い方では一般人以上の身分を持っていても、この大きさを手に入れるのは無理らしい。

この大きさがどれほどの価値を持っているのかは分からない。

突然現れた俺が持っていることが可笑しいものだということは分かった。

「ああ、いいな。人工精霊を研究する機会が訪れるなんて」

 美しさに魅せられている顔で、彼女はそれを見ている。

他にも何か聞きたいことはあったが、情報を与えてくれるはずの彼女は自分の世界に閉じこもって笑っている。

頭を抱えながら笑いだした彼女を横目に、息を吐いた。

面倒事が嫌だと思うのに、面倒事しか起きていない。

 ああ、嫌だな。

頭の中を切り替えようと頭を軽く振る。

「主様?」

 それが心配そうに声をかけてくるのが聞こえた。

俺の身長は168と日本人男子の平均より少し小さめの背ではあるが、頭の上から声をかけられる機会は少ない。

俺の身長より頭一つ開けた距離にそれは浮いて、見下ろしている。

空中に浮いている奴に見下すなという方が無理な話だけど、必然的に見上げなくてはいけないのが腹立たしい。

嫌な奴を思い出すから自分より背の高い奴や見上げるという行動が嫌いなのかもしれない。

精霊と呼ばれるのなら空に浮かんでいても違和感はない。

どちらかと言えば浮いているイメージがある。

だけど、見上げたくない。彼奴を思い出したくない。

こういう子どもじみた事を考えるから、ダメなんだろうな。

唇を横に引っ張るようにのばして笑う。

余裕を持って、笑みを浮かべないと。

「主様」

 それは、自身が現れてから何も喋らない俺に疑問を感じているのか、不思議そうにこちらの様子を見ていた。

俺が答えないことに気づいているのか、黙って返事を待っている。

ああ、やっぱり、声は外見と合わないおっさんのような声だな。

女みたいな顔をしているけど、性別は男なのだろうか。

そんなことを考えながら、それを見る。

まずは、一つずつ問題を片付けていかなければ。

「この死体、片付けれるか?」

 肉片になった死体を指差して聞けば、俺に話かけられたことが嬉しいのか、とろけそうなほど甘い笑みを浮かべて頷いた。

「了解しました。これより実行します」

 死体の片付けはこれで大丈夫だろう。

 これからどうしようか。

 魔法使いさんから貰った髪飾り渡したら、逃げれるか?

そんなことを考えながら、それを見る。

それは俺の言葉に頷いてすぐに、行動を始める。

彼いや彼女か? が自身の胸の前で両手を合わせて呪文を唱える。

 やっぱり、魔法使えるのか。

呪文が終わると、肉片だった死体も流した血も俺の靴にこびりついていたものも、何もかもが消えた。

消えたと言う表現は正しくないか。

時間が戻ったわけでも、死体自体が無くなったわけでもない。

それはしっかり目に見える形で目の前に残っていた。

呪文を唱え終わった時に現れた平べったい透明の器の上に、料理が盛り付けられているみたいに、死体や血が乗っている。

合わせていた両手はその器を支えていた。

呪文の意味など聞いたところで分かるわけもないが、興味はある。

古典とか楽しいし。

そんなことを考えていると、

「本当に捨ててしまってよいのですね?」

 それは問いかけてくる。

その問いかけに、左手を追い払う時のようにひらひらと振って答えた。

「別に、そんなの俺には必要ないし。お前の好きなように片付ければいいよ」

 その言葉に、それは嬉しそうだと分かる笑みを浮かべる。

好物を食卓の上に用意された子どもの様な笑みだ。

それは、器に口をつけて飲み込み始める。

赤ワインのような真っ赤な血で唇を汚しながら、器に乗っているものを口の中に押し入れていく。

器が真っ直ぐになるまで、飲み込んでいる。

血の一滴さえも残さず食らったのが分かった。

吸い込んだとも、受け入れたとも言えるだろうが、飲み込んだのだろう。

 精霊というよりは吸血鬼みたいだ。

面倒なことが減ったのは嬉しいが、厄介なことが増えた気がする。

それが飲み込む時の動作などを見ていると、手を合わせていた行動や呟いていた呪文が食事前の「いただきます」だと思えてならなかった。

最初から食べるための儀式だったのだろうか。

そう考えてから、ゴミを捨てるように、頭の片隅に放り捨てた。

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