019
彼女は口を開いて何か言おうとしたが、言うのを我慢するように下唇を噛んだ。
年齢が俺よりも上の容姿をしているのに、子どもの様な態度をとるんだな。もしかしたら、俺よりも年下の可能性もあるのか。
そこまで考えてから、彼女を見る。
彼女は諦めきれないのか、俺を捕まえられるように手を伸ばそうとしていた。
その手を避ける様に、左足を後ろに下げる。
「また、別の機会にしてくださいね」
子どもに言い聞かせるような声音になってしまったのは、年下の可能性を考えていたせいだろう。
半歩後ろに下げている左足に体重をかけて、彼女の行動を見る。
彼女は手をぐっと握りしめながら俺を睨んでくるだけで、動く気配はない。
ああ、本当に面倒くさいな。
床を確認するように視線を落とした後、右足を後ろに下げようと踵を少しだけ上げる。
彼女は俺の行動に気が付いていないようで、腕を組んで下を向いた後、含み笑いで何回か頷いてから小さく何かを呟いた。
嫌な予感がして、ばれない様に動こうとしていた気持ちが無くなる。
慌てて、二歩ほど足を後ろに下げた。
にっこり、と彼女は笑う。
どうやら彼女の中で結論が付いたらしい。
「……まあ、いいや。どうせ連れていくのは決定しているし。行動を観察するのも必要だよね。研究のためには、全て必要な事だもの」
俺の方を見ながら笑顔を浮かべているくせに、独り言のように呟いている。
彼女は俺に近づくために足を一歩、踏み出した。
最悪だ。もっと、興味を持たれたらしい。
こういう興味を持たれる展開は主人公である光助に押し付けたい。
そこまで考えて、光助に会わせればそっちに興味を抱いて離れてくれるのではないかと思いつく。
そう思ってしまうと死体処理よりも、その考えの方が重要なことのように思えてくる。
光助と彼女を会わせる方法を真剣に考えながら、更に足を下げた。
俺が動いたにも拘らず、彼女は動きもしない。
本当に見ているだけにしたらしい。
彼女は踏み出した一歩もなかったことにして、俺を観察するように見ている。
じっと見続けている視線が少し鬱陶しい。
彼女は俺の様子を見逃さないと言うように見ているが、このまま俺が逃げれば追いかけてくるかもしれない。
正直、気持ちが悪い。
というよりは、気味が悪い。
はあ、と息を吐いた。
肉塊と血が自己主張をしている床が少し滑る。
自分がしたことだというのに、どうしてこんなにも恐怖や焦りを感じないのだろうか。
「……頭が、痛い」
口の中で転がすように呟いた。
彼女が光助を気に入る想像もつかないし、死体を処理する方法も思い付かない。
現実逃避をしたくなってしまう状況だ。
ふっと息を吐くように笑う。
「誰か、助けろよ」
彼女に聞こえない様に、小さく呟く。
舌打ちをしそうになったが、それは彼女に気付かれるだろう。
何の思いも込められていない棒読みの言葉に、誰に言っているのか分からなくなった。
それに答える者などいない、と思っていたからこそ簡単にそんなことを言えたのだろう。
「……お呼びでしょうか、新しい我が主様」
だから、その言葉に答える声があったことに驚いた。
「許しもなく姿を現したことをお許しください、主様。ヘルフリートは、貴方を守るために参りました」
柔らかい風が吹いたと思った時には、それは目の前にいた。
赤色と桃色が混ざったような色が、目の前で揺れている。
それが膝辺りまである髪だと気が付くのに、少しだけ時間がかかった。
俺を見ている目は、ワインレッドのように見える。
背は120も無いだろう。
女のような顔立ちのせいもあって、幼さが目立った。
先ほどの聞こえてきた声は歳をとったおっさんのような渋い声だったことを思い出し、性別が分からなくなる。
額にセオドアから貰った髪飾りの宝石のようなあか色の石が埋まっている。
何が起こったのか分からず、動けずにいた。
それは俺が何かを言うのを待っているように、俺の側から動かない。
何も言わずに、それを見つめる。
「人工、精霊? ブルーメの宮廷魔法使いの中でも魔力がある奴らが五人がかりで小指サイズのものしか造れないのに……」
さっきから俺を見ていた彼女が驚いたようにそれに視線を固定して言葉を漏らした。
額に手を当てながら「信じられない」と呟いている。
その言葉が絶望からの言葉ではなく、嬉しいという思いからの言葉に聞こえたのは気のせいではないだろう、多分。
彼女の方を横目で見れば彼女がにやっと嫌な笑みを浮かべているのが見えた。
逃げるために止まっていた足を動かす。
人工精霊というモノらしいが、いったい何なのか分からない。
精霊ってことは、お助けキャラだろうか。
色あいから火を扱えるのかもしれない。
魔法使いさんからの贈り物から出てきたのなら魔法も使える可能性はある。
「……本当に、予想外すぎるよ、あんた」
彼女がこぼしたその言葉に、俺だって予想外だよ、と心の中で言い返しながら、さっきまで我慢していた舌打ちをする。
なんで面倒ごとばかり起こるんだよ、クソが。
そう心の中で毒づきながら、人工精霊と呼ばれていたそれを見た。
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