017
ブロックで組み立てられた物がバラバラに壊されたような、砂の山を蹴飛ばしたような、粘土人形を踏み潰したような、そんな風に形を変えた男の体をじっと見る。
「気持ち悪いな」
トマトやスイカを踏み潰したようにも見える残骸から足を遠ざけながら、息を吐いた。
臭いが染みついている気がする。
踏むたびに悲鳴を上げていた気がするけど、今はもう何も話すことはできなくなった男から更に離れる。
男のポーチから溢れだした液体とか生暖かい血がペンキをこぼした時のように、べったりと靴や服についてしまっていた。
足にこびりついていた肉がぐちゃぐちゃと足を動かすたびに音をたてる。
手でナメクジに触れてしまった時のような不快感に顔を歪めた。
「本当に気持ち悪い」
地面に散らばっている色とりどりの液体から嫌な臭いが漂っている。
物が腐ったような、そんな臭いだ。
初めて人を殺したはずなのに、どうしてこんなにも心が凪いでいるのか分からず、心臓の部分を強く握る。
人が死んでいる。自分が殺した。
その事は理解している。
だが、罪悪感を抱くより先に自分がどうやったら助かるのか、この後始末をどうすればいいのか、と考えていた自分に呆れる。
「最悪」
更に強く心臓部分の服を握りしめた。
家の中で知らない卵が孵ったような不気味さを感じる。
自分の中にある何かが産まれた気がした。
この世界のせいだろうか。それとも元々あったのだろうか。分からない。
雛鳥が卵の殻を破るように、さっきの行動でひび割れ、産まれ落ちたのだけしか分からない。
ぐっと唇を噛んだ。
「あー……」
心中に、感じたことのない気持ちを抱く。
「……疲れた」
目が痛い。
頭もくらくらしてきた。
誰かに見つかる前に、逃げないと。
そう思うのに、足が動かない。
「おい、お前」
すぐ後ろから、声が聞こえた。
足音はしなかったはず。どう言い訳をしようか。
そう考えながら靴の踵を軸にして体の向きを変え、相手を確認した。
初めから後ろで見ていたと言いだしそうな雰囲気をしている、ニヤニヤという表現がぴったりな笑みを浮かべた若い女がいた。
三メートルくらいの距離を開けて、廊下の真ん中に立っている。
逃げようと思えば、逃げれそうだ。
「そんなに警戒するなよ」
女は耳まで裂けそうな笑みを浮かべている。
その笑い方のせいだろうか。
昔、読んだことのある猫を思い出した。
あの世界にいても通用しそうな容姿をしているから、思い出したのかもしれない。
白磁の肌と形容するよりも、もっと白い肌。
セミロングくらいの長さの髪は、色の薄い茶色に見える。
緑色にも見える黒の瞳。
いろんな色が混じったような汚い上着。
上着と似た色のズボン。
何故か、左足の方のズボンは太ももの半分辺りまでしかなかった。
左足の太ももから下はストッキングが見えているが、ビリビリに裂かれていて意味をなしていない。
履いている靴は両方違っている。
右足は黄色のサンダル。
左足は脛までの長さの黒茶色のブーツだ。
さっきから変な人にしか会ってないんだが。
この国の人は、変な人ばかりなのか。
女の人は白い歯を見せるような笑い方で言った。
「おいおい、そんな変な人に会ったみたいな目で見ないでくれよ。私は、か弱い乙女なんだぜ?」
ひひひ、と独特な笑い声が響く。
その言葉に「嘘だろ」と言いそうになって、いっそう笑みを深くした。
変なことを言ってこれ以上、立場を悪くしてはいけない。
が、何を言うべきか分からない。
女は、相変わらずニヤニヤとした笑みを浮かべながら此方を見ている。
「お兄さんさあ、その靴どこで手にいれたの? あんな風に人を肉の塊にする靴なんて普通はあり得ないよね。新素材かな? 見覚えのある素材に似てるけど」
女は俺をじっと見てから、視線を靴に向けた。
興味津々に俺の靴を眺めている姿に、無意識に息を吐き出してしまう。
どこにでもあるような靴なんだが。
入学の時に買った靴が特別とは思えない。
女の視線から逃げる様に足を後ろに下げたが、女はさらに俺に近づいてくる。
「普通の靴だと思うんだけど違うんだろうな。硬化魔法でコーティングされているのかな? それとも……」
考え込むように額に手をあてて呟く女の姿を視界に納めながら、逃げる様に足を後ろに下げた。
「動くな!」
大きく動かしたからか、女が俺を睨んでくる。
思わず、足が止まる。
そのすきに女は俺の目の前まで近づき、腕をがっと勢いよく掴んだ。
「俺が今、見ていることくらい気づいているんだろうが。おとなしくしていろ」
理不尽なことを言いながら、ぐっとさっきより強く腕を掴まれた。
力を込めている女の手を見る。
本当に面倒な奴。
そう思いながら深く息を吐いた。
女はさっきより真剣に靴を眺めながら笑っている。
「見たところ、ただの靴で間違いないんだよな。……ひ、ひひひひ、面白いな。どうやって殺したのか興味あるな。ひひひひひひ、ひひひ」
狂っているように笑っている姿は不気味に思えた。
目はずっと俺が履いている靴を見ている。
ああ、本当に面倒な奴に会ってしまった。
女は、ひひひ、と不気味に笑いながら何かブツブツと呟いている。
その様子に舌を噛んでから、さっきから繰り返していた言葉を小さく呟いた。
「最悪」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます