015
玉座に近い席は金銀の装飾や宝石が埋め込まれている。それは後ろにある椅子も同じだが、玉座に近い席の方は離れていても分かるほど量が多い。
どちらにしても、派手だけど。
ヨーロッパの貴族が使っているような、ロココ調に近い見た目の椅子を後ろへ引く。
光助達は前の方に行ったが、俺は一番後ろの右側にある椅子を選んだ。
わざわざ前の方に行くメリットがないのも理由の一つだが、左側の前から三つめに座った光助やその隣に座った因香の姿が観察しやすい場所だ。
まあ、小さな声が聞き取りにくいのが少しだけ困るが。
椅子に座り、膝に手を置いた体制でおっさんを見る。
おっさんは光助達が座っている左側の道を歩き、一番目立っている王座のような椅子に腰かけた。
普段なら指遊びをして気を紛らわすような状況だが、今回は真面目に聞かないといけないというのもあって何もせずに膝を左手の人差し指で叩く。
まあ、この状態でも真面目に聞いてないと言われてしまう状態には変わりないだろうが、聞いているのだから言い訳だってできる。
光助や因香は、真剣な顔でおっさんを見ていた。
授業中のような真面目な雰囲気に笑ってしまいそうになる。
真面目に聞かなくても、後から理由をつけてあいつ等から聞きだした方が楽な気がする。
そう思いつつ、一応印象を悪くしないように笑いながらおっさんを見た。
「この世界には七つの国がある」
おっさんはゆっくりとしたテンポで漫画の始まりのようなことを言い出す。先生が生徒に告げるような口調なのが、面白い。
こういうタイプの先生は生徒から陰口を言われているタイプだろうな、と担任の顔を思い浮かべながら、話に耳を傾ける。
おっさんは金で縁取られた真っ赤な玉座のような椅子に腰かけているが、その椅子が少し上の段にあるからか見下されているように思えて気にくわなかった。
ふんぞり返っているのを見ながら、あの椅子が壊れたら面白いのに、と子どもの空想のように椅子が崩れていくのを想像する。
少しだけ落ち着いた。
作り物の笑みに、本当の気持ちが滲んだ気がする。
おっさんは光助達の方を見ながら、話しを続けていた。
「一つ目は我が国、パーシャンである」という声が聞こえてくる。
あの女と同じで、俺には興味ないらしい。
それが、面白おかしかった。
ふっと短く息を吐き出し、話を聞くモードに切り替える。
情報を手に入れるチャンスを逃すのは嫌だ。
「資源の大半がフォンセ湾から採れるため資源不足を心配する必要がない豊かな国だ。芸術が盛んな国でもある。貴重な絵画や彫刻などが展示されている建物が複数あり、幼い頃から学ぶ場所もある。気温も安定しており、過ごしやすい国であろう」
話を聞くだけだと素晴らしい国のように聞こえる。
フランスやイタリアのような芸術が盛んな国で、資源不足の心配もないから住みやすいかもしれない。
だけど、セオドアが教えてくれた内容がでてこないのが気になる。
占いや星読みが得意で、それで得た情報を他国に売っている話。
勇者に必要ない情報だと判断した? それとも、伝えたくない情報だった?
国にとって重要なことなのかもしれない。光助の信頼を失いたくなかった可能性もある。
まあ、セオドアが嘘を教えた可能性もあるが。
細工物を作ったり庭園の整備をしたりするのが得意なのは信憑性があるけど。
芸術が盛んな国家だから手先が器用っていうイメージがあるし。
俺が考え込んでいる間、光助は国名を必死に覚えようと繰り返し呟いていた。
「パジャマ? 違う。パージャン? 何か違う。パーシャン。うん。パーシャン、パーシャン」
言いにくいだろうが、あんなに何回も繰り返すのは気持ち悪い。
そんな覚えにくい国名とは思えないんだけど。
おっさんは気にした様子もなく、話を続けている。
「二つ目はこの国の隣国であるディア。この国は人ならざる者が治めているから、近寄ることはあまりお勧めしない。敵対しているわけではないが、何かあってからでは遅いからな」
ディアはフェニックスが治めている、とセオドアが言ってたな。
背中や首、腰のあたりと場所は様々だけど翼を持っているのが特徴だと聞いて、鳥みたいだと思ったのを覚えている。
セオドアの言葉が嘘の可能性を考えたが、人間ではない者がいることは確定だろう。
おっさんもセオドアも同じようなこと言ってるし。
「三つ目は西の島国であるブルーメ。この国は頭の狂った者が多い。この国に立ち寄ることはないだろうが、見かけることすら推奨しない」
他国よりも魔法が発達している国であるブルーメ。
自分たちが知らないことを嬉々としてやっているのを見れば、気が狂っているようにも見えるだろう。
知ろうとはせずに否定したくなる気持ちは分かる。
俺も拒絶した経験があるし。
「あの国の者は青白い肌をしており、身なりを整えていない者が多いのです。普段、会話をしていないのか声が小さく、視線も合いません。狂信者のように好きなことしか話さないのも恐ろしいでしょう? お父様が狂っていると言うのも可笑しくはないのです」
おっさんの言葉に同意するように、怖がる素振りをしながら女は言った。
光助は心配したように女の方を見ているが、距離があるから慰めに行っていない。
近くにいたのなら、抱きしめるくらいの行動はしてそうだけど。
冷めた目で見てしまいそうになり、慌てて視線を女に向ける。
ブルーメの住人のことはセオドアから詳しく聞いてなかったので、女の情報はありがたかった。
どういう条件で魔法が使われているのか知らないけど、便利な道具があると考えると、引きこもりが多くなるのも予想できる。
女の話を聞くと、話下手の性格が多いようだ。
少しだけ気になる。
「四つ目は北の大国であるネージュ。この国は、戦争ばかりしており危険だ。ほとんどが人殺しの犯罪者だ」
戦闘民族の国だと聞いたから、危険だと言うのは分かる。
セオドアは戦うことが好きなだけって言っていたが、人殺しの犯罪者だと言われると恐ろしい国のように聞こえる。
ここまで聞いていて思ったが、おっさんは他国が嫌いなのか、気に食わないのか、他国の悪い部分しか話していない。
勇者が他国に靡かない様に偏見を植え付けようとしているのか?
「五つ目は北と東の中間地点にあるストゥラーダ。この国は獣人共の国だ。教育する手間もあるだろうから、欲しいと言うのなら私が所有しているのをお譲りしよう。耳がある方がいいか? 鱗の方がいいか?」
どうでもいいと言うような口調でストゥラーダの説明を省いて、光助に向かって獣人を譲ると言ったおっさん。
何を聞かれたのか理解していない光助は、不思議そうに首を傾げていた。
女はストゥラーダについて何も付け足さない。
どうやら、説明できるほど知らないようだ。
獣人のことを家畜のように考えているのなら、知ろうとも思わないのかもしれない。
奴隷にされないために、交易せず、入国も禁止している国だと聞いたが、まだ帰れていない者も多いようだ。
まあ、会うこともないか。
どうせ、奴隷を助けたり、救い出したり、漫画やゲームのようなフラグをたてるのは光助の方だし。
「六つ目は南の大国であるムノーガ。この国は、この世界で一番清らかな場所だろう。何せ、精霊の女王がこの国を治めているのだから。花や果物が有名だが、めったに手に入らないため、見かけるのも難しい。たった一つで戦争が始まる危険すらある」
随分とムノーガだけ生き生きと説明するもんだ。
何か、繋がりでもあるのだろうか。
それとも、この王様がそこの女王に惚れているのか?
果物や花に、特別な作用があるのかもしれない。
否定する要素がない可能性もあるが。
「そして最後の七つ目の国が貴殿方に倒してほしい魔族がいる国、ゲジェだ」
魔族という言葉に光助の顔が強ばる。
俺はセオドアから聞いた黒髪で赤目の人達を思い浮かべるが、光助は何も知らないため、醜い化物を想像したのだろう。
頭の中でゲームや小説の中で出てくるようなモンスターが動いているのかもしれない。
「ま、ぞく……」
小さく呟いた光助の言葉を聞き取り、おっさんは勢いよく立ち上がり言った。
「そう! あの国の者たちは、残酷で、残虐で、我々の言葉を聞こうともせず、我々を支配しようと企んでいる! だが、我々は戦わねばならない! 勇者様。お辛いでしょうが、どうか手伝ってほしい」
おっさんが大声で告げた言葉に、光助が息を飲む。
平和な国で暮らしてきた学生に、想像もつかないような戦いの手伝いをしてくれ、と言われたらそんな反応が普通なのかもしれない。
だが、おっさん達の様子を見ていると下手な芝居を見ているようで気持ちが悪い。
おっさんの言葉は真実味が薄く、勢いだけで誤魔化しているように聞こえた。
俺は心底くだらない、と心の中で吐き捨てる。
興味もないテレビ番組を見ているような気持ちだ。
心底どうでもいい。
「勿論、我々も協力をするが魔族を切れるのは勇者様以外いないのだ」
幼子を諭すような口調でそう言ったおっさんの言葉に光助は、ゆっくり頷いている。
「……分かりました。俺達にしか出来ないことなら協力します」
その言葉に、俺は息を吐いた。
俺を巻き込むなよ。
頼むから一人でやってくれ。
そんな俺の思いなんて知らず、光助は綺麗な笑顔でこう言った。
「十夜、頑張ろうな」
人殺しを?
そう言いそうになったが、すんでのところで飲み込んだ。
ああ、馬鹿な奴。
利用されているだけなのに、分かりきっていることなのに、どうして使命感に燃えているのだろう。
意味が分からない。理解できない。
光助は俺が何も答えないことに気付いて、不思議そうに首を傾げている。
俺はその様子を見ながら何も言わず、誤魔化す様に微笑んだ。
どう解釈されたのか分からないが、光助は嬉しそうに頬を緩めた。
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