014

 十夜は子どもに進んで話しかけるよりも見守っている方が好きなのか、いつも少し離れた場所から様子を見ていることが多い。

授業の一環で保育園に行った時もそうだった。

保育園について先生から説明を受けた後は自由行動だったのに、遠くから子どもたちが遊んでいるのを見ているだけだったことを覚えている。

怪我をする前に手助けをして、困りごとがあるなら話を聞いて、喧嘩をしそうなら仲裁して、と子どもの成長を見守っている行動に十夜らしいと思い、自慢したい気持ちになった。

帰る頃には、たくさんの子どもたちに囲まれていたのも当然だ。

十夜なら、どんな子とだってすぐに仲良くなれる。

十夜に止められないのなら間違った対応はしていないと思いながらも、因香ちゃんと話しつつ、ちらっと横目で確認するように見る。

十夜は此方を見ながら、笑っていた。

その親のような温かな笑みに安心する。

間違ってないと分かっていても、確認がないと少しだけ怖い。

俺の視線に気づいたのか、十夜は笑っているのを隠す様にそっぽを向いていしまった。

別に気にしなくてもいいと思うのだけど、見ていたことに気が付かれて恥ずかしかったのだろう。

いつもは年上のような態度の彼の意外な一面を見られて、俺は少し嬉しく思いながら因香ちゃんと話しを続けた。


***


にやにや、と彼らをテレビ越しの番組のように見ていたが、光助に気が付かれて頭から急に冷水を浴びせられた様な変な気持ちを味わい、一気に気分が沈む。

ほっとしたような表情と、微笑ましいという笑みに、変な勘違いをしているだろうことが分かるから、より一層テンションが下がった。

短く息を吐き、目を細めてあいつ等から視線を逸らす。

光助のせいかは分からないが、何だか噴火の前兆のような嫌な雰囲気を感じる。

「嫌な気分」

 本当に、面倒なことばかりで嫌になる。

そんなことを思っていると、遠くから金属がぶつかりあうような音が聞こえたような気がした。

最初は気のせいかと思っていたが、それがだんだん近づいて来るのに気づく。

気のせいではなかったのだと扉の方に視線を向けた。

カチャカチャ、ガチャガチャ。

そんな金属を擦りわせたような、たくさんの音と一緒に聞こえにくいが、誰かの話し声も聞こえてくる。

ああ、漸く来たのかと目を細めて扉を見た。

ずっと扉を見続けるのも退屈だから、すぐに視線を光助と少女に向ける。

光助と話をしていた少女も、その音に反応して顔を扉の方に向けて小さな声で呟いた。

「ようやく、来たようですね」

 その言葉で漸く光助もその音に気づいたようで、笑いながら頷いて因香に話しかけている。

「そうだね。王様達、来たようだね。君のお姉さんもいるのかな?」

 二人で仲良さそうに笑いあっているつもりだろう光助と少し迷惑そうな因香の様子に気づいて、ああ、やっぱりそうなるよな、と思いながら首を傾げる。

主人公はこんなところで仲違いしないものだろうに、彼女は光助を迷惑そうに見ていた。

最初の方は、好感度が低めのキャラなのかもしれない。

話が進むにつれて好感度が高くなるキャラっていうのも、よくある設定の一つだ。

 まあ、二人が仲良くなるのなら、随分と仲良くなったようでお兄さんは嬉しいよ、光助とか言う二人の兄貴的立場の奴が現れたりすると予想してみる。それか、姉的立場。

 そんなくだらないことを思いながら、二人を見ていると彼女と視線が合った。

彼女の目が不審者を見るような目ではなく、何の感情も宿っていない目だったので、少しだけ焦る。

彼女が変なことを言わないか分からなかったからだ。

ここで切り捨てられる可能性もある。

光助の名前を呼ぼうと口を開いたが、その前に彼女の方が先に喋った。

「光助さん、さっきから私達を見ている彼は誰なのでしょうか? 見ない顔だから勇者なのは分かりますが」

 その言葉に頬がひきつるような気持ちを味わう。

今まで舞台を眺めていた観客だったのに、無理矢理、舞台の上にあげられたような、そんな気持ちだった。

戦隊ヒーローショーに巻き込まれた経験はないが、あんな風に喜べる状況ではないことぐらい分かっている。

そんな俺の気持ちを察してくれない光助は、勝手に俺の名前を教えていた。

変なことを言って、俺のイメージがそれに固定されたらどうしてくれるんだ。

「ああ、彼の名前を教えてなかったっけ? ごめんね。君と話すのが楽しくて、紹介するのを忘れていたのに気が付いてなかったよ。彼は宵野十夜。俺の親友だよ」

 はは、誰のことだよ。馬鹿も休み休み言え。

そう思いながら、にっこりと笑う。

 意味が分からないと言う意味を含んだ笑顔で光助を見ても、光助はその意味を理解していないみたいで、此方を笑いながら見てくる。

誉められるのを待っている犬のような雰囲気で俺に笑いかけているのが、鬱陶しい。

犬は好きだが、犬の様な雰囲気を持つだけの人間はお断りしたい。

面倒な事しか運んでこない犬もどきとか捨てたい。

だけど、ここで変な対応することは許されない。

別にしてもいいだろうけど、ここで変な対応をして後々面倒なことになるのなら今、我慢した方がましだ。

「……ああ、そうだな。友達だな」

 若干、目を反らして彼が求めた答えを言ってやると俺にはできないだろうへにゃ、とした笑顔を浮かべた。

無垢に、嬉しそうにあいつは笑う。

子どもの様な、純粋に嬉しいという笑み。

その笑顔を見て、俺はすぐに視線を反らした。

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

何も詰め込まれていない腹から、何かが逆流してくるような感触を味わう。

気持ち悪い。

光助にも彼女にも、不信感を抱かれないように自然に、左手で口を押さえる。

無理矢理、逆流してきたものを飲み込んだ。

酸っぱい味がしたような気がする。

水がじわりと滲み出て、目の表面を濡らしたがすぐにそれも乾くだろう。

左手をそっと外して、足の上に置く。

「気持ち、わる」

 何かを、飲み込んだ喉が痛い。

右手で少し滲んだ涙を拭いながら、吐き気がした自分はいったいどうしたのだろうか、と考え込む。

あんな笑顔なんて、いつものことだったじゃないか。

日常茶飯事だったじゃないか。

この世界に来たからと言って、俺がこいつを好きになることは皆無。

今だって、こんなに嫌悪感でいっぱいなのに。

なのに、どうして一瞬でも自分は受け入れようとした?

いつもなら助けてやらないと、なんて俺は考えないだろう。

光助のことをいい方向にとらえることなんて、無い。

あいつを好きになることなんてない。

 まるで、自分の思いが誰かの手によって変換され始めたような違和感がつきまとう。

知らない人と話している俺はどんなのだっけ?

あいつといる俺はどんなのだっけ?

クスクスと俺は笑った。

嘲笑うかのように、馬鹿にしたように。

そうしないといけない強迫観念を抱いているわけではない、はずだ。

俺は笑っている? 俺は笑っている。

俺は。俺は。俺は?

「お待たせして、すいません」

 聞こえてきた女の声に、いつの間にか伏せてしまっていた顔を上げる。

丁度、扉を開けたタイミングだったのか、大きく開かれた扉の真ん中あたりに立っている人達がいた。

「待っていないので大丈夫ですよ」

 光助が笑いながら言う。

女が照れたように、頬を染めた。

 部下のような人達が頭を下げて送り出した二人が重要人物のようだ。

昨日、自分たちと話をした女と結婚披露宴などで見る黒羽二重、染め抜き五つ紋付きの長着と羽織を着こみ、金銀で作られただろう指輪や耳飾りをつけた四十こえたおっさんの姿。

ようやく来たのか、と思って彼らを確認すると、瞬時にさっきまでの思考が消えてなくなった。

気持ち悪さも、いつの間にかなくなっていた。

ここに来た影響だろうか。そう考えると、腹立たしい。

どうなろうとも勇者ごっこには付き合わないといけないのだから、今考えないといけないのは王様が自分をどうするのか、だ。

そう思いながら、左手の親指と中指を擦り合わせる。

もし、自分を殺す等と言えば俺は何をしてやろうか。

裏切る?

それはきっと確定条件で、変えようのないものだから別のことだよな。

殺す?

国のトップを殺すとか、国家犯罪者どころの騒ぎじゃない気がする。

でも、殺される覚悟もないのに殺そうと思うこと事態が間違っているんだ。

殺されても、文句は言えない。

死人にくちなし、だから言いたくても言えないだろうけど。

そんな風に思いながら、少し楽しい気持ちになってくる。

どこまでも現実の世界だと思えないから、こんな風に思えるのだろうな。

死んでもコンティニューできるような気持ちになる。

「初めまして、勇者様。私は大城燕と申します。以後お見知りおきを。今日は貴殿方の使命を話したいと思います」

 低い声が淡々と言葉を紡いでいくのを聞きながら、自分は自分らしいだろう表情を作って笑う。

俺が俺であることを証明すること事態が難しいのだからさっきの変化が何なのかは考えないことにした。

私にとって私とは、そんな疑問に答えることができる人も少ない。誰にだって分からないものだ。隠して、隠して、隠しきった心の中が分からない人だっている。

だから、考えるだけ無駄だ。

とりあえず、今は

「まあ、とりあえず皆、座りなさい」

 このよく分からないおっさんの話でも聞いておくか。

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