012
はあ、と息を吐き出す。姿勢を正すのは苦じゃなかったが、セオドアの話を覚える行為が疲れた。
「覚えが悪いわけじゃないけど……情報量が多い」
上半身を起こしただけの状態からベッドから抜け出す。液体で汚れた場所や死体が無くなった場所を手で触れながら、綺麗になったことを確認し、
「魔法使いって便利だな」
呟く。布団も元のフカフカの状態だ。その流れで、布団の上に置いていた髪飾りを手に取る。
「どこに置くべきか……」
置く場所に迷って少しだけ動き回ったが、結局、ブーツのような物の上に置いた。遠い場所に置いていても盗まれそうで怖いし、寝る時に髪飾りをつけたくない。
「ここなら、安心かな」
そう呟きながら布団の中に戻って、枕に頭を突っ込んだ。鼻孔をくすぐる洗剤の香り。まるで、洗い立てのようだ。時間が戻ったような気持ちになる。いや、もしかしたら時間が戻ってるのかもしれない。
「魔法使いだし」
こういうことができると考えると、魔法というものは便利なのだけど。
軟らかい枕に頭を埋めながら、その状態のままじっとする。ご飯を食べる気力も起きない。布団や枕から匂う洗剤の香りが家のものと似たような匂いだったからか、疲れていたからか、だんだんと睡魔が忍び寄ってきた。
どうせ起きていてもすることはないし、と俺はその睡魔に身を任せる。
目を瞑る前に誰かの優しい声が聞こえたような気がしたが、確認することもできずに瞼を閉じた。
朝、目を覚ましてすぐに周りを見渡す。外に出しておくように言われたワゴンのことを思い出して焦った。
「……あれ?」
どれだけ周りを見ても、食事を乗せてあるワゴンが無い。誰かが動かしたのか、中に入ってきて取っていったのか。
「わざわざ、中まで入って来ないか」
出しておくように言ったのは、向こうだし。眠る前に誰かの声を聞いたような気がするが、気のせいだろうし。
「じゃあ、誰が?」
もしかしたら、セオドアか?
今までの考えの中で、一番信憑性があった。それ以上、考えるのも面倒になり、食事を下げられたことを受け入れる。多分、セオドアが動かしたのだろう。
自分が食べなかったのが悪いのだが、ため息を吐いてしまった。何も食べることができなくなった腹は飢えを訴えていたが、手元には何も無い。家にいるなら台所に行って、残ったご飯で何か作るのだが、ここではそうはいかない。というか、どこに何があるのか分からないから行動できないが。
「腹、へったな……」
枕にダイブしてから、そう呟くとさらに腹がへるような気がした。
ベッドの上で考えるのを止めて二度寝をしようかと考えていると、突然ドンドン、と力強く扉が叩かれる。扉を叩く音と一緒に聞き覚えのある声も外から聞こえてきた。
「十夜? 起きているかな? これからのことを朝食の最中に話したいらしくて、今から王様達と食事をするのだけど出てこられる?」
うわ、最悪。朝から聞きたくなかったな。
そう思いながら、ベッドから体を起こして聞こえてくる声に面倒だと思いながらも答えた。何も言わなかったら、入ってくるだろうし。
「すぐ準備するから、待っていろ」
いちいち、朝食の時に話し合いを持ってきたことが気になるが文句を言うつもりはない。と言うか、文句を言える立場にいる訳ではないから言えないのだが。
ぐっと体を伸ばして、腕や首を回して解してから扉の方へ向かう。
一度、扉の前でセオドアから貰ったものを身に付けていくべきか迷ったが、光助が怪しむだろうから止めておいた。この服装は向こうが用意したのだから大丈夫だろうが、ガントレットとブーツのようなものは城の連中も怪しむだろう。ポケットがあるのを確認し、髪飾りを手に取る。これくらい持っていっても平気なはずだ。ただのアクセサリーだし。
あかい宝石の髪飾りだけポケットに入れておき、ゆっくりとした動作で扉を開けると何故か満面の笑みの光助がいた。少女漫画のヒーローのような輝きに、自分の笑顔がひきつったように感じる。光助が笑顔の時、いい思い出が無いのも理由の一つだ。
どうやら光助にはばれていないようで、笑顔のまま挨拶をされた。
「おはよう、十夜。晩御飯を食べずに寝てしまったのだって? 疲れていたの?」
「うん」とも「ううん」とも聞こえるくぐもった音を俺は喉の奥でたてる。返事をして話を続けられるのも面倒だから、誤魔化しておこう。光助は笑顔のまま言葉を続けた。
「王様に会うのだから緊張するね。どんな人なのだろう?」
さあ? 俺が知るか。てか、緊張とかしないし。そう心の中で返す。
光助は俺の返事を待たずに言葉を続けていた。
「そう言えば、新しい服を着ているけど似合っているね。俺は勇者のコスプレみたいだから、恥ずかしいよ」
光助は自身が着ている白い服を見せるように、一回転をしてから此方を見る。新しい服を見せびらかす女のような行動だ。
だからどうした。正直、どうでもいい。そう思いながらも、ニコリと笑っておく。
俺の笑顔をどう解釈したのか知らないが、少し嬉しそうに光助は話題を変えた。
「そういえば神楽木さんとは仲良くなれた? 優しい人だから十夜だって仲良くなれるよ」
表面上は仲良くなれるだろうな。優しいのはお前限定だろうが。なんて言葉を返せる訳もなく、俺は笑いながら光助の言葉を聞き流していく。
光助はしばらく一人で話していたが、ようやく行かなければいけないことを思い出したのか少し焦ったように俺に言った。
「そろそろ、行かないと。行く途中でも話はできるしね」
思い出すのがおせーよ、とでかかった言葉を飲み込む。まだ言いたいことがあるのかと顔を顰めそうにもなったが、どうにかして笑顔を保った。
廊下を並んで歩きながら、王様が待つ場所まで光助は会話と呼ぶには一方的だと思う会話を続けていく。何度か、返事が曖昧なことに気がついた光助が「聞いている?」と問いかけてきたのに頷いていたが、会話の内容は思い出せない。どうせ世間話だろうけど。
「あ、ここだよ。神楽木さんが教えてくれたから間違いないと思う」
光助が一つの大きな扉の前で立ち止まり、そう言ってからノックもせずに扉を開ける。扉の向こう側は金銀の装飾や埋め込まれた宝石の輝き、傷一つない白い椅子や机のような光景が広がっていた。
「悪趣味」
それを認識し、つい本音が漏れる。呟いた言葉は光助には聞こえてなかったようで、光助の方を見ても首を傾げられた。それに安心する。ここで面倒なことにならなくて良かった。
税金で賄われているだろうこの部屋は、成金親父でもなかなかできないほど豪華だった。それだけ税金を私情で使っていると言うことだろうか、とも思う。舌打ちしそうになったが、隣に光助がいることを思いだし、我慢した。
「まだ王様は来てないみたいだな」
誤魔化すように、そう言ってみると光助はにこにこっと上機嫌に笑いながら当然のことのように椅子に座る。
「きっと何か用事があるのさ。王様だったら忙しいだろう? ここで待っていればいいのだから、待っていようよ」
小学校の木で出来た机を八個ほど横にして繋げた長さほどの白い長い机に手を置いて、見せつける様にため息を吐く。
「楽観的だな、お前は」
俺の言葉に光助はきょとん、とした顔をしてから不思議そうに言葉を返した。
「そうかな?」
そうだよ。楽観的じゃなきゃ、そんな風に言えないだろ。
そう思った言葉も結局、口に出すことはできなかった。どうせ言ったところで今更、こいつが変わるわけでもないし。それに変にこいつに関わりたくもないし。言わないで、勘違いさせた方がいい。
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