011

 ゲームのキャラが付けているような銀色のガントレットとブーツのようなものは、見た目よりも軽く、細部が細かいので動きやすそうだと思う。

一通り確認してから地面に置いた。

「それで、まだ何かあるんですか?」

 じっと見られているせいで、居心地が悪かった。

すぐに帰るものと思っていたのに、帰る様子はない。

つい聞いてしまったが、答えは帰ってこなかった。

「すぐに帰ると思ってましたけど」

 思ったことを口に出しただけなのに、セオドアさんは俺の言葉に何かを感じたらしく、唇に人差し指を当てて顔を少し上げながら首を傾げるという、仕草をして俺の言葉に返事をした。

「……私も帰るつもりだったのだけど、君が手助けしてもいいと言ったからね。それなら、この世界のことや君が知りたがっていることを教えてあげようかなって」

 そのぶりっ子ポーズは何だ、と言いたかったが我慢して「ありがとうございます」と返事をする。

わざだと分かる可愛い仕草は、あまり魅力を感じない。

 無自覚でも、それなりの年齢に見える奴がこういう仕草をすると魅力を感じないと思う。

 子どもとかアイドルとかなら、話は変わるのだろうか。

「それじゃあ、座ってお話しようか」

 セオドアさんが踵を三回打ち鳴らす。

ぶわっと風が起こり、何の装飾もない木造の肘掛け椅子がセオドアさんの後ろに表れた。

チェックのひざ掛けとココア色のクッションがお行儀よく座っている。

セオドアさんが最初からあったような態度でその椅子に座るのを見てから、俺も姿勢を正す。

ベッドの上に置いた髪飾りが動いた時の衝撃で、擦れあって音を鳴らした。

「さて、まず基本的なことから話そうか」

 セオドアさんはゆったりとした動作で右腕を椅子の肘置きに置いて話を始める。

「まず、この世界は七つの国しか存在しない。その代わりにたくさんの都市がある。それを統轄している国もあれば、都市と都市とが戦争しあっている国もある」

 セオドアさんが空中に左手をかざして、動かす。

プロジェクターで映し出されるように、赤いチョークで描いたような地図が浮かび上がった。

千ピースのパズルを眺めているみたいな気持ちになるほど、たくさんの線が引いてある。

 つまり、都市が俺たちでいうところの国で、この世界の国というのはヨーロッパやアジアといった大きな括りになるのだろう、と俺は納得した。

「ここが今いる国だね。東国と呼ばれるパーシャン」

 指さされた国は、七つの国の中では大きくもなく小さくもない。

「他の国の中では都市と都市の繋がりが強い国かな。それでも、一つになっているとは言いにくいのだけど。パーシャンは占いや星読みを得意とした国で、そういった情報を他国に売って生活をしている。それと、細工物を作ったり庭園の整備をしたりするのも得意だから、他国に出稼ぎに行っている人もいる。数は多くはないけどね」

 セオドアさんの指が隣の国を指さす。

オーストラリアの形に似ている国だ。

指された場所は色を変え、視覚的に分かりやすくなった。

「パーシャンの隣国はディアという。フェニックスと呼ばれる者たちが支配している国だね。背中や首、腰のあたりと場所は様々だけど翼を持っているのが特徴だ。この国は分かりやすい。血筋を重んじているから、純血種が国を統括するべきだと思っているし、そうしている。都市という考えは残っているから、まだ区分はされているけどね。体術や剣での戦い方が上手いし、料理も得意。それに番う相手を一生愛する性格だから、他国では妻や夫にしたいと人気がある」

 今度はイギリスのような形をした場所を指さす。

「この西にある島国はブルーメ。ブルーメは他国よりも魔法が発達している国だね。都市ごとで重要視している魔法が違っており、複数の魔法を扱える人は少ない。だからだろうね。魔法のイメージカラーを建物や身にまとっている服に取り入れて、どの魔法を使うか分かりやすくしている」

「セオドアさんは、そのブルーメの出身なんですか?」

 と、俺は問う。

セオドアさんは、困ったような笑顔で首を横に振る。

「いいや、違うよ。私がブルーメの出身だったなら、襟や袖口にひらひらしたレースがいっぱいついた服を着て、ボタン付き靴を履き、両腕に魔法石のブレスレットをつけているだろうからね」

 襟や袖口にレースがいっぱいついている服と言われると、ゴスロリのような服しか思いつかない。

セオドアさんのような顔なら似合いそうだけど、普段着としてはどうなんだろう。

洗濯しにくそう。

「次の国の説明にいこうか。この北にあるのがネージュだよ」

 セオドアさんが仕切り直すように、上品に微笑みながらロシアのような大きさの国を指さした。

「ネージュは絶対王制の戦闘民族の国。ディアと違って、複数の王様が存在しており、それぞれの場所を治めている。血筋なんて関係なく強ければいいって考えだからか、他国のものだろうと女だろうと臣下になれる。だからだろうけど、代替わりがよく起こっているのが特徴かな。時間があれば戦争しているような国だから近づくことはあまりないと思うな」

「時間があれば戦争ですか。怖そうな国ですね」

「そうでもないよ。六日に一回は休みがあるし、その休日は絶対休まないといけない決まりがある。だから、家で刺繍をしたりヌイグルミを作ったりしているし、人懐っこい性格の子たちも多い。他のことよりも戦うことが好きなだけなのだよ」

 そう聞くと、イメージが変わる。

 もっと恐ろしいのを想像していたが、国全体が闘技場のようなものなのだろうか。

「そのネージュとパーシャンの中間地点にあるストゥラーダ。交易せず、入国も禁止している獣人の国だね。昔はまだ交易をしていたのだけど、不法入国をして獣人の子どもを攫っていく者がいたせいで、入ってくるものを全て排除するようになってしまったのだよ。まあ、子どもを攫われることは勿論だけど、攫われた先で奴隷として扱われているのも我慢ならないだろうから仕方ないだろうけど」

「……奴隷、ですか」

「そう、奴隷。自分の国に帰れたものは、ほとんどいないだろうね」

 「かわいそうに」と呟いたセオドアさんは、すぐに切り替えて「次はこの南の国だね」と笑う。

 指さされたのは、ロシアと同じくらい大きく、イタリアの形に似ている国だ。

「この国はムノーガ。精霊やエルフが住んでいる国だよ。自然豊かで、自由な国だね。花や果物が美味しい。最近はこの国も他国からの入国を嫌がっているね。自然を破壊されるし、血が混ざるし、何より歴史を否定されることが嫌なのだろう。精霊とかは、信仰が重要だから。否定されるのは致命的だ」

 何が面白いのか、クスクスと声を出して笑い始めた。

「ムノーガの少し下にある、この小さな国がゲジェ」

 とんとん、と指で一番小さな国をつつく。

「君たちがここに呼ばれた理由の一つは、この国にある。魔族と呼ばれている者がいる国だ。種族は様々で、一番の特徴は赤目であること」

 そこまで言うとセオドアさんは頬杖をついた。

「ブルーメの説明で複数の魔法を扱える人は少ないことを言ったのを覚えているかな? あれはね、必要な魔力が違うからなのだよ。基本的に魔力を持って生まれたものは一種類の魔力しか持っていない。だから、複数の魔法を使えない。だけど、赤い瞳の者は六つ以上の魔法が使える魔力を持って生まれてくる。だから、魔族なんて呼ばれているのだろうね」

 瞳の色が重要なのは分かったが、髪の色はどうなのだろう。

 セオドアさんは、俺が何を思ったのかを察して

「この世界ではあまり黒い髪の子はいないだろうね。いたとしても、君みたいに呼ばれた異世界人の子孫だったり、先祖がえりした子だったりする」

 と、教えてくれる。

「だけどね、黒髪の者も他の国にとっては邪魔らしい。複数の魔力を持っていることも、異世界人の子孫や先祖がえりがいることも。だから、ゲジェに閉じ込めて、彼等を魔族として迫害している」

 くるり、とセオドアさんが指を回すと映し出されていた地図が、悪魔の顔をした男が王冠をかぶっている絵に変わった。

にやにや、にたにた、笑うその男は見ていて不愉快になる。

 なるほど、他の国の奴らはこういうイメージをゲジェに植え付けているのか。

セオドアは俺の様子を確認してから言葉を続けた。

「この国の王様も他国の王様も異世界人や魔法使いが恐ろしいのだよ」

 くるり、とセオドアさんがまた指を回すと王冠をかぶった男の横に真っ白な影のような人物が描かれた。

その人物が描かれてから男の表情が強ばってしまって、なんだか小さくなったかのように見える。

 お互いがお互いを恐れているのだろう。

 他人事だからだろうか、大変だなとしか思えなかった。

その絵を眺めていると、セオドアさんが立ち上がった。

「ずいぶんと長話になってしまった。疲れていないかな?」

「あ、いえ、大丈夫です」

 その言葉にセオドアさんは、

「よかった」

 と、呟きながら、パチンッと指を鳴らして地図と椅子を消した。

「長話だったから忘れていることもあるだろうけど、頭の片隅にでも覚えておいてね」

 そう言いながら俺に近づき、優しく頭を撫でてからセオドアさんは青い光に包まれて消えてしまった。

ベッドに倒れ込む。

「……疲れたし」

 心配されたらしい、と撫でられた自分の髪を握る。

「びっくりした」

 子ども扱いされたのが久しぶりで自分の顔が熱かった。



 セオドアさんが座っていた椅子が消えていたのは気付いていたが、液体で汚れていた場所も死体も何もなかったかのように綺麗になっていたのに気づいたのは、顔の熱さが引いてからだった。

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