010
扉を開けてから、お風呂の使い方を教えてもらった時に言われた通り、黒い布に包まれた物の中からバスタオルサイズの布とフェイスタオルサイズの布を取り出す。
「やわらか」
触った時の感触が、いつも使っているタオルよりも柔らかくて、触っていて楽しい。
「これ、欲しいな」
タオル掛けに薄水色と濃い青が並ぶ。
「これだけ持って帰りたい」と、呟きながら汚れてしまった服を脱いだ。
服を入れる籠はないので、脱いだ服は扉の前に散らかす。
扉を閉めてから、「脱いだ服、黒い布で包んだ方がよかったかも」と思ったが、今更それをするために戻る気は起きない。
気にする必要ないか。
だって、ここは自分の家じゃない。
お行儀よくしなくても罰する人はいない。
「気にする必要はない」
口に出してみると、自分がすごく馬鹿なことを思った気分になる。
どうして、温かいはずの家を恐れたり、罰することを気にしたり必要があるのだろうか。
一度だって、親に怒られたことはないのに。
ぺちっと頬を叩いて、考えていたことを頭の中から消す。
今すべきなのは、教えられた通りに湯を出して汚れを落とすことだ。
壁についているハンドルをくるくると回せば、天井から雨のようにざあざあとお湯が降ってくる。
「あったかい」
お風呂に入っている時だけは、悩みを忘れられた。
汚れた体を綺麗にしてから、適当にバスタオルで体を拭き、風呂場から出る。
部屋と風呂場の温度差から体が震えた。
ぽたぱたと、ちゃんと乾かしていない髪から水が落ちる。
それを無視しながら、新しい服に着替えた。
黒のスエットのような半袖の服に、「真っ赤な服だったような気がする」という印象しか残らないくらい赤い、七分袖の上着。
裾が少し長めだ。
腰を出発点にして手で測ってみたが、二十センチくらいの長さがある。
「この国の服だから」と、自分を納得させるように口に出すが、裾の長さが気になってしまう。
「そのうち慣れるかな」
そう呟きながら、ボタンに触れる。
上着は首が隠れる詰襟のようなもので、詰襟の縁とボタンを閉める真ん中の部分だけが黒い。
ボタンを閉めてしまうと布が重なってボタンが見えなくなるように作られているようで、すぐに黒色は隠れてしまった。
ズボンは灰色で、制服のズボンの履き心地と似ている。
ズボンの右太股あたりには黒色の模様が描かれていた。
時計の針のような形の一本線に、翼のような左右対称の三本線が付いている。
上着にもよく見れば、その黒色の模様があった。
左の腹あたりに片方の翼と時計の針のような模様の半分だけ見える。
腰を捻って服の後ろを確認すれば前の模様の半分がちゃんとあった。
「何の意味が込められてるんだ?」
国のシンボルマークだったりするのだろうか。
風呂場の扉の前からでも鏡が確認できるので、その場で全身を確認する。
「……うん、コスプレ衣装みたい」俺は力なく笑った。
赤色の上着も灰色のズボンも、普段着として持っている。
だから、色は関係ないと思うけど。
模様のせいか、服の雰囲気のせいか、RPGの服装のような姿に見えた。
もう一度だけ全体を確認するために、くるっと回ってみる。
街中でこんな格好をしていれば、すごく目を引きそうだ。
イベントなら馴染めるかもしれないけど。
こういう格好が好きだと言う人は沢山いるだろうが、自分が着るとなると変な気分でしかない。
「勇者って言うより、盗賊っぽく見えるな」
正義の味方となると、白色をイメージしてしまう。
清潔感があるし、正統派主人公のイメージカラーの一つに白色が当てはまるからだろうか。
「俺の服が真っ白……」
そう口に出したからだろう、真っ白な服とズボンに身を包んだ自分を想像してしまった。
「似合わない」
断言できる。
オールホワイトファッションが似合うのは、俺じゃなく光助みたいなのだ。
「服が白くなくてよかった」
勿論、似合わないだけが理由じゃない。
白い服だと汚れが目立つじゃないか。
ほんの少し汚しただけでも、すぐに分かる。
ちょっと外出する程度なら問題ないが、動き回るとなると白は遠慮したい。
「血とかで汚れたら大変だし」
冗談で言った言葉だったが、刃傷沙汰に巻き込まれないとは思えない。
さっきも、血を浴びたばかりだし。
「現実で起こったことだとは思えないけど、証拠が目の前にあるからな」
そう呟きながら、黒い布に残されていた紺色の靴下を履いた。
サイズがぴったりだったのが少しだけ、おかしかった。
「これで、着替え終わりだけど……」
上着のせいで寝る服装に見えない。
完全に外出用の上着だよな、これ。
「全部、着てみる必要はなかったか」
上着と靴下を脱いで、遠回りをしながらベッドに向かう。
せっかく綺麗にしたのに、また汚れたくはない。
ベッドに腰かけ、足元に上着と靴下を投げる。
「寝るかー」
さっき寝転がったせいで、布団が少し汚れている。
乾いてるし、大丈夫かなっと思いながら、中に潜り目を閉じた。
目を閉じても、すぐに眠れるわけもなく、ぼうっと眠気がくるまで考える。
明日のご飯とか、家に帰ることはできるのか。
給料とかでるのか、何をさせられるのか。
ふと、近所のお兄さんが偉ぶって俺に言った言葉を思い出す。
「正義は悪を殺せるから正義」という言葉。
「あなたは私たちの唯一の希望」「私たちの勇者」とかの言葉が入っているアニメや漫画は、基本的に正義が悪に勝つ。
じゃあ、ヒーローが悪と戦わなかったら。何もしなかったら。
本当は、正義側が悪者で、悪だと思っていた方が良いことをしていたら。
そこまで考えて、目を開ける。
「寝る時に考えることじゃない」
正義とか悪とか、考え出すときりがない。
もし、本当に殺しを強要されても、俺が殺す必要はないんだ。
俺は可哀想だからできないと言い訳しながら、あいつの後ろでサボっていればいい。
他の誰もが許さなくても、光助を騙せれば、しばらくは大丈夫だろうけど。
ふうっと、ため息を吐いた。
「……何か、悩みごとかな?」
上から顔を覗きこまれて顔がひきつる。
「私に話してみるかい? 解決できるかもしれないよ」
自称魔法使いはにっこり笑った。
「どうしてここにいるのか」、「いつの間に」とか、わかりきった言葉が口から出そうになって慌てて口を閉じる。
魔法使いさんは、にっこり笑いながら、顔を覗き続けている。
「魔法使いさん、また来たの」
「うん、遊びに来ちゃった」
自称魔法使いが言う。
「遊びに、ね」
俺はベッドの上に置いた携帯を探して、手を彷徨わせた。
すぐに目的の物は見つかる。
布団の中で操作し、自称魔法使いの顔の前まで持ってきた。
それが何なのか分かっていないらしく、不思議そうな顔をしている。
俺はカメラのシャッターを押した。
フラッシュが部屋の中を一瞬、照らす。
至近距離でその光を見たせいか、魔法使いさんは目を覆って、その場で蹲った。
あ、やり過ぎたかな。
そう思って謝ろうとしたが、ばっと立ち上がって、魔法使いはキラキラした目で俺の手の中にある携帯を見た。
「凄いね! 魔法かな? 魔力は感じなかったけど。どうやって、作られているのだい?」
子どものようにはしゃぎながら、魔法使いさんは俺の手と携帯を一緒に握った。
俺は、おかしくて笑ってしまった。
「魔法じゃないですよ。後、嫌がらせにしてもやり過ぎました。ごめんなさい」
携帯を包み込んで謝る。
魔法使いさんは、どうして謝られたのか分からないような顔で俺を見た。
「あの程度の光で、目は潰れないよ。もし、潰れたとしても元に戻るから」
「魔法使いってすごいんですね」
気味悪そうに言ってしまった気がして、誤魔化すように手を解いて、体を起こす。
魔法使いさんは笑いながら、俺から離れて指をならした。
「とても面白そうな物だね。また今度、詳しく聞こうかな。今回は、ちょっと贈り物をしに来ただけだから」
「贈り物?」
魔法使いさんは得意気に俺の言葉に頷いて、またパチンっと指を鳴らした。
魔法使いさんの手の中に赤い何かが現れる。
それを起き上がった俺の方に差し出す。
それを受け取って、眺めた。
「まず一つ目は、これ。髪飾り。希少種のドラゴンにしかない額の部分に隠されている第三の目に私の魔力を込めたものなのだけど。見てごらん、綺麗な色だろ? こんなに濁ってなく、大きな物はなかなか作れなくてね。一番、うまく作れたから、君にあげようと思って」
自分で作った物を紹介しているためか嬉しそうに話している。
母が宝石商をしているせいか、宝石には無駄に詳しいがセオドアが見せた髪飾りについている宝石はなんと表現したらいいか分からないものだった。
ガーネットやアルマンディン、アレキサンデライトが白熱灯の下で赤紫や褐色に変化した時、ルビー、サード、ルビセル、他にも考えたら思い付くかもしれないが多分、どれにも当てはまらない。
ただ、赤で、緋で、紅い。
あか色というあか色を全て混ぜ合わせたような不思議な色だった。
角度によって変わっているようにも、いろんな色を混ぜ合わせたようにも見える。
そんな得体のしれないモノで作られたのを俺にあげると彼は笑うのだ。
「二つ目と三つ目はね、銀竜の鱗で作った小手と具足。防御に優れたものだし、使いやすいものだと思うよ」
パチンッと指をならして彼の手の中に現れたのは、ガントレットと呼ばれる五本指の籠手と膝を覆い隠すくらいの籠手と同じ素材で作られたブーツのようなもの。
「勇者になるからには必要になるでしょう? 勿論、私が作った中で最高のできだから安心してね。そこら辺で買った剣よりは殺せると思うよ」
嬉しそうに笑って言ったセオドアに何も言えなくなる。
さっきまで、どうやって殺さないようにするか考えていたんだけどな。
「すみません、ありがたく頂戴します」
ベッドの上に髪飾りを置いて、ガントレットとブーツのようなものを受け取る。
せっかくの好意だし、拒絶するのも勿体ない。
「受け取ってくれてよかったよ。もし、受け取ってくれなかったら違う方法を考えていたところだ」
セオドアさんは笑う。
「家族になるならない関係なしにね、君に死んでもらいたくないから」
セオドアさんは子どものように可愛らしく笑っている。
何て、分かりやすく自分のためだけに動く人なのだろうか。
「なるほど」
俺は頷いた。
「俺も死ぬのは嫌なので、こうやって助けてもらえるのは嬉しいです」
「本当かい? ふふ、そう言われると小さなことでも手を貸しちゃいそうだ。だから、過保護だって怒られちゃうのだろうけど」
その言葉に嫌な予感しかしなかったのは気のせいだということにしておく。
別に怖いとかではなく、本気でセオドアさんなら何でもしそうだと思っただけだ。
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