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 この国では見かけない木を使って作られた机の上に、アルネ姉さんに手伝ってもらいながら作った木のマグカップを置く。

節のない材を厳選した天板と形が崩れているマグカップを見比べて、息を吐いた。

完成した時は嬉しかったが、お世辞にも上手とは言えない出来だ。

座った時にちょうどいい背もたれの角度や前側を細くしあげた脚のデザインにこだわりを感じる椅子も、木を厳選して作られた丸脚の机も、オレと同じくらいの年齢の時にイザベル兄さんが作ったものだと知っているから余計に不格好だと思える。

「やっぱり、練習したほうがよかっただろうか」

 アルネ姉さんの誘いを断ってしまったのは、もったいなかったかもしれない。

 お願いすれば、教えてくれるだろうけど……。

帰る間際に、「近々、大きな仕事に行く」と言っていたので、今から頼みに行くのは憚られた。

「……今度、ヘリナ姉さんに頼んでみようかな」

 ギザギザの歯を見せて笑う彼女の顔を思い浮かべて、頷く。

家族を甘やかすことが好きな彼女なら、オレのわがままも笑って受け入れてくれるはずだ。

「そうと決まれば、主様が帰ってくるまでに飲み物の用意しておかないと」

 木のマグカップは食器棚の奥に隠しておこう。

 それで、いつものカップに飲み物を入れるんだ。

 オレが作った物を使ってもらいたかったけど、やっぱりもっと上手になってから使ってもらいたいし。

そう思いながら、キッチンに向かった。



 いつのお土産か忘れてしまったけど、円形の白い布に細かい刺繍が縫ってあるテーブルクロスを貰ったのを思い出して引き出しの中から取り出す。

それを机の天板を隠すように、上にかけた。

見えなくなると、少しだけ心が落ち着く。

「しばらくは、これを使おうかな」

 オレは少し落ち込みながら言った。

家族だからよけいに、嫉妬してしまう。

「気にしない、気にしない」

 そう呟きながら、自分が座る椅子の前に桃色スライムから搾り取った液体と牛の乳、砂糖を混ぜたものをいれたカップを置いた。

主様が座るところには、声を聴いたものは死ぬと噂されているアラウルネの血を砂糖水で薄めたものを置く。

お菓子を用意する気にもなれず、そのまま椅子に座った。

「ただいま、ラルス」

 その直後、自室の扉を開けて主様が顔を出す。

「おかえりなさい」

「飲み物の準備、ありがとうね」

「いえ、気にしないでください」

 主様は嬉しそうに鼻歌を歌いながら、椅子に座った。

 一度も聞いたことのない音程だ。

 どこの国の歌だろうか。

カップの中身を銀色のスプーンでぐるぐるとかき混ぜながら、思う。

 今度は何をするつもりなのだろう。

とっても嬉しそうな主様をぼうっと眺めていると、自然とため息を吐いていた。

「そんなにじろじろ見られるのは落ち着かないな。なんだか悪いことをしたような気分になるよ」

 クスクスと楽しそうに、主様は笑う。

 どうして見られているのか、分かっているくせに。

「勇者様とやらを見に行っていたのでしょう? 正式に依頼が来ているのだから、先に確認しに行かなくてもよかったのでは?」

「ちょっとだけ、話しておきたかった子がいたから、つい」

「……家族にしたい子がいたんですか?」

「ふふ、可愛い子だったよ。他の子達とは違った魅力があった」

 異世界から来てくださった「勇者」に異常がないかを確認して欲しい、と城に招待されているにも関わらず、わざわざばれない様に魔法を使って確認しに行ったのだから、本当に家族にしたい子がいたのだろう。

だけど、この浮かれようでは自分達を恐れ、嫌悪しているあの人に要らぬ検索をされる可能性が出てくる。

そうでなくても、あの国には言いがかりをつけてくる人が多い。

主様だってそれくらい分かっているはずなのに。

いや、家だから隠してないだけなのかな。

 スプーンを指で固定してからカップに口をつけて少しだけ飲んだ。

甘酸っぱい味が口の中に広がる。

それで、少しだけ落ち着いた。

その様子に気がついたのか、主様は微笑む。

「気にしなくても、向こうから私を手放そうとはしないよ。私がどの国のお願いも叶えているのは分かっているもの。自分の国だけで私を利用したいとは考えるだろうけど、無償で使える便利道具を手放すつもりはないだろう。だから、何も心配しなくてもいいのだよ? ラルス」

 そう言われてしまうと何も言い返せない。

オレは誤魔化すように、スプーンを動かした。

「別に心配なんてしていません」

「そうなの? それは悲しいな」

 悲しいと言っておきながら、主様は笑っている。

それがなんだか、悔しかった。

「その家族にしたい子って、どんな子なんですか?」

 そんな質問をされると思っていなかったようで、主様は驚いたようにこちらを見た。

表情のせいか、幼い顔立ちがさらに幼く見える。

 自分やきっとじじ様やばば様よりも年上のはずなのに、そうとは思えないほど若い顔立ちと老人のように聖も濁も飲み干して達観し、その上で優しく自分たちを見ている目は嫌いじゃないが、時々見える幼い表情に妹を思い出して、真っ直ぐ見れない。

体内に宿る魔力が強大すぎて二十になる前に年をとる機能が止まり、元々持ち合わせた自然治癒力に並外れた自己治癒が付属され不老不死になってしまった、と聞いたことがあるが、きっと嘘だ。

 顔を直視できず、肩あたりを見ていると主様は

「君から、そういうことを聞かれるのは初めてだな。ふふ、何だか嬉しいな」

 花が咲くような笑みで言った。

「そうですか?」

「そうだよ、初めてだ」

「気のせいですよ」

「……ふふ、そういうことにしておこう」

 生暖かい眼差しに、少し落ち着かない気分になる。

「それで? どんな子なんですか?」

「読書家だろうと思うな。きっと、部屋の中にいることの方が好きな子だ。動物も好きかもしれない。手先は器用そうだったかな」

「千尋姉さんやアリス兄さんと仲良くなれそうな子ですね」

「ラルスだって、きっと仲良くなれるよ」

「そうでしょうか。獣人などと仲良くなりたくはないでしょう」

「ラルス」

 怒ったような声音。

「他の子たちもそうだけど、そんな卑下する言葉は口にしないで。君のことを、家族たちも私も、とっても愛しているのだから。種族なんて関係ないよ」

「そう……ですね。ごめんなさい、変なことを言って」

「私の家族はすぐに自信を失うのだから。そういうところも愛しているけどね」

 主様はそう言いながら立ち上がって、オレの頭を撫でてから、キッチンへと向かう。

自室から出てきた時からふわり、と匂っていた花の香りが、近づかれたことで更に臭った。

鼻がむずむずする。

東の国にはない花の香りは懐かしくもあったが、あまり好きではない。

「西の国でしか栽培していない花だからね、懐かしいかな?」

「毒を作るための花ですし、花そのものを外に出す必要はなかったんでしょう。栽培自体は他の国でもできると思いますよ。懐かしいと言えば懐かしいですけど。どうして、その花の匂いがするんですか?」

 主様は、ふふ、と声を出して笑った。

 今日は本当に機嫌がいいな。

 さっきから、よく笑っている。

「少し懲らしめようと思ってね。死なないと言っているのに、お金を使って私を殺そうと無駄な努力をしているみたいだから」

 主様は言った。

「どうして無駄だと分かっているのに、しようとするのだろうね」

 オレは何も言えなかった。

主様はずっと楽しそうに笑っている。

「ああ、そうだ。昨年、作った髪飾りとか、どこに置いていたか覚えているかい?」

「外の物置じゃないでしょうか? 確認しないと分かりませんが」

「ありがとう。それを確認したら、もう一度、行ってくるね」

「……はい、分かりました。待っています」

 オレの言葉に手を振って、主様は外に出て行った。

誰もいなくなった部屋の中で、オレは目を閉じる。

「…………アルアリア」

 懐かしい花の名前を呟く。

母親と同じ花の名前。

まだ、名前を憶えている自分に驚いた。

 本当に、懐かしかったな。

閉じていた目を開ける。

 声も顔も何もかも覚えていない奴のことなど、考えても仕方がないか。

 今、考えないといけないのは主様のことだけだ。

「主様、変な事しないといいのだけど」

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