09

 閉じていた目を開け、仰向けになる。

家の枕よりも柔らかいからだろうか、少し違和感があった。

旅行に行った時みたいに数日しか過ごさないならいいけど、ずっと使うとなると寝れるか不安だ。

そういえば、放置されたままの死体、どうしたらいいのかな。

このまま床に転がしておくのはまずいよな、やっぱり。

ベッドの下に入れておくべきか、風呂場に隠すべきか。

でも、自分が使う場所に置いておくのは嫌だな。

使っている時に視界に入れば、げんなりする。

何より、あの鼻が曲がるような酷い臭いの中で過ごしたくはない。

絶対に嫌だ。

「やっぱり、ここには置いておきたくないな」

 でも、他に隠せそうな場所は思いつかなかった。

しずめが片してくれたらよかったのだが、今更それを言っても仕方がない。

「どうしようかな」

 寝返りを打って、胎児の様に体を丸める。

大きな欠伸がでた。

眠くないけど、こう何度も欠伸がでると眠いような気がしてくる。


 こつこつと足音を響かせて、誰かが廊下を歩いている。

足音が部屋の近くで止まった。

こん、こん、と一定のリズムで扉を叩く音が聞こえる。

また誰か訪ねてきたのか。

「はーい」

 返事をして、ベッドから降りる。

面倒だが出ないわけにはいかない。

本当に用事があった場合困るのはあっちではなく、俺だ。

「さっきから訪ねてくる人、多くないか」と呟きながら、扉の前に立った。

その間も叩く音はやまない。

返事をしたのだからノック止めればいいのに。

「今、行きます」と言ってドアノブに触れたが、扉を開けるのをためらう。

汚れた服も気になるが、死体を見て悲鳴を上げられても困る。

それに、助けてもらえると分かっていても気をつけるにこしたことはない。

殺されかけたわけだし。

ハサミやカッターみたいな刃物が手元にあったなら脅すこともできるのだろうけど、残念ながら筆記用具がはいっている鞄は近くにない。

きっと今頃、道端に置きっぱなしになっていることだろう。

「誰か家に届けてくれてたらいいんだけど」

 扉を叩く音は、いっこうに止まらず聞こえてくる。

「……うるさい」

 苛立ちながら呟く。

一定のリズムで叩かれていた音が少しだけ途切れた。

慌てて口を閉じたが、聞こえたのだろうか。

そんなに大きな声で言ってないから、タイミングが偶然あっただけだろう。

疲れと空腹のせいで、扉の向こうにいる誰かに配慮する余裕がない自分に呆れる。

相手を気遣える余裕がないのは駄目だ。

ちゃんとした会話ができなくなる。

 すうっと息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

死ぬ気で笑って、優しい言葉を心がける。

そう思いながら問いかけた。

「どちら様でしょうか?」

 少し間をおいてからはっきりとした声で「世話係を任されました。エルマです。エルマ・アルティといいます。衣服と食事を運んできました」と返ってくる。

名前を覚えるのは苦手ではないが、今の状態だと忘れてしまいそうだ。

声に出さず繰り返して覚える努力はしておく。

「今、開けますね」

 扉を開ければ、クラシックメイドと言うのだったか、ロングスカートのメイド服を着た少女がいた。

ふわふわした髪を肩までのばした小さな女の子。

俺の腰くらいの背丈しかないが、化粧をしているからか大人っぽく見える。

しかし、左頬から首にかけて焼けただれた痕があるせいで、顔をじっくりと見てはいけない気持ちになってしまう。

「初めまして、勇者様」

 彼女が笑った。

「刺客だと疑われているなら、それは杞憂ですよ。私はあなたを傷つけることは絶対にありません」

 姿勢を正し、

「私たちは嘘を言いません。神様とそう約束をしているので」

 手に持っていた黒い布で包まれた物を手渡される。

お偉いさんに会うのだから正装で来いって意味だろうけど、汚れていたから丁度よかった。

それを受け取って、お礼を言う。

「お風呂の使い方は分かりますか? お手伝いを呼んできましょうか?」

「あー……使い方、教えてもらえますか?」

「お任せください」


 お風呂の使い方を一から教えてもらってから、料理をのせたワゴンを部屋の中に運んでもらう。

「お食事を終えた後は、部屋の前に置いていてください」

「はい、分かりました。ありがとうございます」

 用事を終えた彼女は、一礼して退室していった。

本当に、服と食事を届けに来ただけらしい。

まだ、信頼できると決まったわけではないけど、仕事をしっかりする態度は好感を持てる。

その背を見送ってから、死体に関して何も言わなかったなと息を吐いた。

「気がついてなかったとか? ありえないか」

液体で汚れて酷い有り様になっている床も、頭と体が離れている死体も、入ってすぐに気がつくほど目立っている。

気がつかないわけがない。

「ここの人って皆、同じ神様を信仰しているのか? それとも、彼女は違う国の人だったりするのだろうか?」

 それに、あの傷も気になる。

変な儀式の結果、あの傷を負ったとかじゃないといいけど。

「化粧で隠せばいいのに」

顔を思い出さそうとしても焼けただれた傷痕しか思い出せない。

わざと見せていたのだろうか、悪趣味。

「……エルマ・アルティ」

 名前を声に出して呟いてみる。

しずめは日本的な名前だったが、彼女は外国で聞くような名前だ。

最初に会った女も名前は日本っぽかった。

生まれが違うのか、種族が違うのか。

今の段階では何も分からない。

神様のことだって、一つの神を崇めているのか、複数の神様を崇めているのかで話は違ってくる。

「……今は気にする必要ないか」

 これ以上、考えても堂々巡りになるだけだ。

「風呂入って、寝よう」

 汚くなった体を洗うために風呂場に足を向けた。

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