07

「うん、気にしないでおくよ。言いにくいことを聞いてごめんね」

 口元を手で隠しながら笑う。

「君の立場を考えれば、すぐに分かることだったのに。そのことを考えれるほど、余裕がなくって。困らせてしまって悪かったね。だけど、いつまでも顔を伏せているのは俺が困る。立ち上がるのが無理なら、顔だけでも上げてくれないかな?」

 すらすらと言葉がでてくる。

こういう嫌なところは、あの人に似ているらしい。

「俺を助けてくれたのは主さんに命令されたからだよね? 嘘をついていないとは思うのだけど、少し不思議に思って。その……違っていたら悪いのだけど、君は俺よりも年下じゃないのかな? それとも、この国では君くらいの子が働くのは普通なの? この質問も君を困らせるものだったら悪いのだけど、それでも答えれるのなら答えて欲しいな」

 顔を上げた彼と目があう。

彼は目を泳がせた後、「いいえ」と小さく否定を口にした。

「いいえ、いいえ。命と口にしましたが、本当は命を受け賜われるほど、私は成熟していません。これは我が君によれば、ただのお願いです」

「お願い?」

 彼は頷く。

近くにいるから彼の薄青い目が、よく見えた。

「我が君は私に言いました。勇者の命が狙われることがあれば、守って欲しいと。それは、私にしか頼めないことだと。私はこの頼み事を、私に与えられた命だと喜んでしまったのです。だから、我が君の命で来たと言ってしまいました」

 後悔をしているのだろうか、言葉が徐々に弱々しくなっていく。

「それは言ってもよかったの?」

 たまたま、俺が殺されかけていたから助けただけで、勇者であれば、どっちでもよかったのか、と納得しながら問いかける。

「はい。私の年齢などを問われた時は、答えてもよいと許可を貰いました」

 「そうなんだ」と返事をしながら、彼を見る。

目の前で片方の膝をつき、こちらの様子を伺う「しずめえんじゅ」と名乗った彼。

何かあれば、彼が勝手に行動したのだと切り捨てられてしまうだろう、かわいそうな子。

俺は優しく慈愛に満ちた顔を心がけながら笑みを浮かべた。

「君は、ずいぶんと主さんが好きなんだね」

「……好きだなんて、恐れ多い」

 恐れ多いと言いながら、彼は目元を赤く染めている。

黒布で隠れているけど、さっきから分かりやすい反応ばっかりだ。

「主さんにお礼を言わないとね」

 彼は、ほんの少しだけ左右に目を動かしてから頷く。

「はい、私から伝えておきます」

「そう、ありがとうね」

「お礼を言われるほどのことではありません。それも私の役目ですので」

 俺は少しだけ彼に近寄り、

「それでも、お礼を言いたいんだよ」

 血を汲み上げるように地面を蹴った。

床に溜まっていた血が細かく飛び散って彼の顔にかかる。

思ったよりも上に飛んだようで、隠れていない部分にも血が付いている。

「ごめん! わざとじゃないんだよ?」

 しゅんっとした雰囲気で謝りながら、顔に手を伸ばす。

「濡れてるの、気持ち悪いよね」

 目元の血を拭いながら、相手の反応を見た。

考えがある行動じゃなかったので、怒鳴られても仕方がない。

怒って殺そうとしてくるのなら、腕や目を犠牲にして逃げればいいかな。

命を投げ出すほど馬鹿ではないつもりだったんだけど。

「ああ、ここも汚れちゃってる」

 これから、どうしよう。

逃げられたとしても、その後、どうすればいいのかは思いつかない。

逃げた後のことを考えながら、もう一度謝った。

「本当にごめんね?」

「……わざとじゃないのでしょう? それなら、気にしません」

 彼は目元を緩めて言った。

綺麗に拭うことができなかった血が、化粧をしているように目元を彩っている。

文句の一つでも言われると思っていたのに、彼は何も言わなかった。

俺を傷つけるアクションを起こすと思っていたのに、血を浴びた時に目を閉じたくらいで、他に行動をする気配もない。

心の中で文句を言っている可能性はあるが、態度に出さないところが大人だ。

面倒なことを自分から起こさなくてもよかったかな、と後悔する。

「そう言ってもらえると、ありがたいけど……」

「本当に、気にしないでください」

「……ありがとう」

「それに……もし、貴方が私を害することをしても、我が君の命がある限り、殺すことはできないですからね」

 冗談には聞こえないことを、彼は冗談っぽく言った。

「そんな、君を傷つけようとは思ってないから」

 首を横に振って、否定する。

自分で言っておいてなんだが、説得力はない。

「そうですね、貴方は優しい人でしょうから。我が君のように」

 彼はぐっと手を握りながら言った。

布ごしでも、優しげに笑っているのが分かる。

彼にとって主は、絶対で、唯一で、一途に慕うべき相手なのだろう。

だから、最上級の賛美であることは理解できる。

「そんなことないですよ」

 曖昧に笑って、誤魔化す。

嬉しいとか大袈裟だとか言いたいことは思い浮かぶのに、すこん、と感情が抜け落ちたみたいに何も感じなかった。

やはり、何かがおかしい。

内側に違う誰かがいて、俺の感情を持っていっているようだ。

「そろそろ、私は元の場所に戻ります。何かあれば、また」

 彼が立ち上がり、頭を下げる。

「あ、待って。まだ、聞きたいことが」

 と言いながら、彼の腕を掴もうとした。

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