05
「……あなたが誰かは分かりました。いや、あんまり分かってない気もしますが。その目的が俺と話したいことだと理解はしました。だけど、黙って入ってくるのは止めてください」
「そんな顔をしないでくれないかな? ほら、笑って、笑って」
自称魔法使いは、にこっと笑いながら、両手をひらひらと顔の前で振りながら言う。
「私は君を傷つけることはしないのだから」
自分に害がないと示すための行動だろうが、魔法使いだと名乗ってすぐだし、信用できない。
というか、雰囲気から既に胡散臭い。
「ふふ、怖い顔」
相手を睨んでいたつもりはないが、ぐっと、目に力がこもっていたらしい。
慌てて、顔を逸らした。
「そんなに心配しなくても、本当に、君を傷つけはしないさ」
怪しまれているのに気が付いているくせに、魔法使いさんは上機嫌そうに、ふふふと笑っている。
その余裕そうな態度に苛立つし、此方が何もできないと分かっていることに腹が立つ。
顔がひきつりそうになった。
「……おや?」
思わず、といった風に魔法使いが声を漏らす。
赤い目をパチクリとさせ、俺が見ていた方の、自身が背中を向けていた壁を振り返った。
「おやおや、まあ」
身近な人の恋模様に気が付いたおばちゃんのような笑みを浮かべている。
少しの間、魔法使いは壁の方を見ていた。
急に、どうしたのだろう。
幽霊でも見えているのだろうか。
いや、本当にそうなら怖いけど。
「……うん。そっか、そうなるよね」
意味深そうな言葉を呟いてから、自称魔法使いは俺の方に体を戻した。
そして、角砂糖を十個ほど入れたココアのような、優しすぎる笑みを浮かべる。
「えーっと、なに」
変な行動が多すぎて、頬がぴくぴくと動いてしまった。
今の俺は変な顔をしているだろうな。
「いやあ、ねえ? 君と一緒にいた少年は今、可愛い女の子と会っているのにさ、君のところには私みたいな得体の知れない奴が会いに来て悪かったなって」
さっきまで見ていた壁を指さして、ごめんね? と、魔法使いは言う。
心の底から悪いと思っているような声音で、謝られた。
「はあ、そうなんですか」
得体の知れない奴が会いに来てごめん、と謝られたって、誰が来たって一緒だから謝る意味なんてないのに。
いや、可愛い女の子が来なかったことを謝っているのか。
この状況で、可愛い女の子が来ても怪しいだけだしな。
それよりも、まるで自分の目で見てきたかのような発言の方が気になる。
覗き見ができる魔法でもあるのだろうか、便利そうだな。
魔法が嘘や夢物語ではなく、実際に使うことができる人が存在する。
そういう世界だから、遠くからでも出刃亀できそうだし。
「向こうは楽しそうだけど、こっちは後々で大切になる話し合いだから我慢してね? ほら、最初の方に面倒な手続きをしていた方が、後が楽でしょう?」
言い聞かせるような言葉に、「はあ」と、気の抜けたような返事をした。
この人の言葉の意味が、よく分からなかったからだ。
向こうの楽しそうな様子はまあ、想像できる。
だけど、大切になる話とか、面倒な手続きだとかは、王様とやらから話を聞いてからのはずだろう?
会社の社員のように、勇者になる前には契約書にサインをしないといけない。
それは、分かる。
だけど、商品の説明をされていないのに、知らない物を買う馬鹿はいないだろう?
本当に、何の話をしに来たのか。
事前に説明をしに来たとか?
聞きたいことは沢山あったが、唇を噛んで、ギリギリで我慢した。
魔法使いは、俺の混乱を見抜いたような顔で、笑っている。
「大切な話とは、勇者のことですよね? 王様から話を聞いた後では駄目なんですか?」
「勇者のことではないんだよ。それよりも、大切なことさ。私にとってはね」
この人にとっては大切なことで、俺に関わること。
余計に分からなくなる。
舌打ちをする前に、舌を噛んだ。
「……あなたにとっては。俺にとっては違うかもしれないのですね」
今度は意図的に、睨むような顔で言う。
自称魔法使いは、笑いを押し殺しながら返事をした。
「どうだろうね? 君にとっても大切だといいのだけど。私はね、君を誘いに来たんだ。私の家族にならないかって」
「ふざけて言ってるのでは……ないのでしょうね」
自分の手を握って気分を落ち着けようとするが、あまり意味はない気がする。
最近、切ってない爪が手に食い込んで痛いだけだった。
「ふざけてない、ふざけてない。真面目に言っているよ」
何で、そう思われたんだろう、なんて不思議そうに言われても。
言葉に重みがないというか、急に家族になれと言われても困るというか。
「最初は、誘いに来ただけだったけどね。会ってしまうと、君と話をしたくなっちゃって。余計な言葉が多かったのかな?」
組んだ足の上に、祈るように組まれた手を置きながら魔法使いは笑った。
不自然にならないよう完璧に作られた、それ。
やっぱり、心の底からの笑わないと、不自然に見えるんだな。
そんなことを思いながら俺は首を横に振る。
「家族に誘われるというのが、初めてだったので戸惑っただけですよ」
家族になって欲しいとか言われたら驚くよね、普通。
簡単に断ることはできるのに、断ろうとは思えなかった。
家族なんて、ろくでもない。
知っているはずなのに。
どうしてか、その誘いが魅力的に聞こえた。
「ふふふ、そうだね。誘いに行くたびに言われちゃう」
自称魔法使いは言う。
「でも、他の誘い方なんて分からないから」
拗ねたような口調に、俺は笑ってしまった。
「まるで、結婚の申し込みに悩んでいる人みたいだな」
「ああ、確かに。間違っていないかもね」
うんうん、と頷きなから、魔法使いはベッドから立ち上がる。
あ、間違ってないんだ。
俺は結婚を申し込まれたってことか?
そんな風に考え込んでいるうちに、魔法使いは窓の近くに歩み寄っていた。
窓の近くに立った奴は少しの間、外を眺めてから、窓に背を向けて此方を見る。
「気づきたくなくて目を反らしているみたいだけど、君だって本当は分かっているのだろ? 私の誘いが魅力的だと」
優しい微笑み。
「別に、今はそれでもいいよ。いきなり言われたって頷けないのは知っているし。だけど、私は必ず君を迎える。だって、私は君を家族にしたいのだもの」
その言葉に、目を瞬く。
どうしてそこまで、俺を家族にしたいのだろうか。
「今回は諦めるけど、もう一度、君を家族に誘うよ。その時には、きっと君は頷いてくれると思うな。その時まで、無茶をしてはいけないよ?」
その言葉に何を言えばいいのか分からず、口を閉じる。
言いたいことを言って満足したのか、何も言わない俺に近づき、ぽんっと優しく頭を一回、叩いた。
その様子は、我が子を見守るような母親のような優しさと、子どもの成長を期待する父親のような温かさがあった。
俺は何も言えずにいる。
くすぐったくて、気持ち悪くて、言葉が詰まった。
何が楽しいのか、セオドアはクスクスと笑いだす。
「ふふふ。その時がくるまで、またね。気を付けて。この世界は誘惑が多すぎる。破滅はいつだって君の側にいるのだから」
今、まさに、誘惑されたばかりだしね。
だけど、破滅が側にいるとは、どういう意味だ。
問い詰めたかったが、瞬きをした瞬間には、その姿はなかった。
周りを見渡しても、さっきまで目の前にあった姿はどこにもない。
「……本当に魔法使いだったのかよ、あいつ」
その声は一人になった部屋にむなしく響く。
「ああ、もういいや。どうでも」
さっきまで、セオドアが座っていたベッドに飛び込むような勢いで寝転がる。
疲れた。
ああ、本当に疲れた。
あいつは魔法使いではなくて、悪魔だったんじゃないかな。
俺は目を瞑る。
考えることを放棄して、今は眠ることにした。
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