4 (光助視点)
慈恩寺光助にとって宵野十夜は、すれ違うだけの他人であり、幼いころから知っている幼馴染であり、一緒に過ごす友人であり、手を取り合える兄弟であり、そばにいてくれる家族であり、ピンチを救ってくれるヒーローだった。
大げさだと言われるかもしれないが、救世主と言っても過言ではない。
昔も今も、それは変わらない事実だ。
初めて会った時、「かっこいいな」とか「優しそう」だと思ったが、それは今も変わっていない。
外国の血が半分入っているせいで金色の髪をしている自分とは違い、生粋の日本人らしい真っ直ぐな黒髪。
彼の母親に似た、きゅっと上がった目尻。
つり目の人はきつい印象があるが、笑顔の時の方が多いからだろう、彼は違った。
左の目尻の下には泣き黒子がある。
安直だと笑われそうだが、泣き黒子があると色気があるものだと考えてしまう。
でも、考えちゃうよね。
そういうイメージがあるし。
だけど、十夜が笑顔でいる時は、色気とは縁がないような柔らかい雰囲気を纏っている。
目尻が下がるからだけじゃなくて、元々の空気が優しいのだと思う。
顔立ちは母親に似て美人で、雰囲気は叔母さんに似て柔らかい。
頭の良さや運動能力はお父さんに似ているのだろうか、お爺さんに似ているのだろうか。
こんな好条件だから、同い年や年上の女の子からよく告白をされていた。
どうしてか、年下の子からの告白は少ないみたいだけど。
何人かと付き合っていたようだが、よくは知らない。
人の恋路を気にする時は、告白までだ。
彼と会ったのは保育園の年長組になる直前だった気がする。
母親に連れられて行ったお茶会で、知り合ったのだ。
どうやら、同年代の子どもがいることと、同じ学校の先輩後輩だと分かったことから、母親同士は仲良くしていたらしい。
俺と十夜が仲良くなったきっかけは、母親同士の会話をおとなしく聞いていられるほどお利口ではなかった俺が、十夜に無理を言って色々な遊びに付き合ってもらったことだろう。
小学校に上がる頃には家が近いことを知り、自分から会いに行くことも増えた。
彼のことを詳しく知っていくうちに、彼に憧れを抱いた。
弱い者の味方をするところとか、平等に優しいところとか、誰かのために動き回るところとか。
自分ができる範囲で相手を助けようとする行動は、理想のヒーローそのものだったのだ。
「勇者か……」
神楽木さんに案内された部屋のベッドに仰向けに寝転びながら、現実逃避のように昔のことを思い出していた。
十夜との出会いとか学校の休み時間とかを頭に思い浮かべては、今の状況を思い出して、現実味がないなと思う。
夢の中にいるみたいだ。
「俺に、できるのかな」
不安が口から出てしまう。
ぼうっと天井を眺めていると、控えめに扉を叩く音が聞こえた。
「はい。今、行きます」
慌ててベッドから起き上がって、扉に近づく。
衣食住を提供してくれている人たちだし、待たせる訳にはいかない。
途中で足がもつれそうになったが、転びはしなかった。
それに、ほっとする。
「どちら様ですか?」
部屋の扉を開けながら、問う。
返事はない。
あれ? と思いながらも、完全に扉を開けた。
相手が見える。
そこにいたのは、さっき別れたばかりの神楽木さんだった。
「すいません。突然、このように来てしまって」
早口に謝罪を言われる。
長い水色の髪を耳にかけてからぺこり、と頭も下げられた。
「大丈夫ですから、頭を上げてください。何か、用があったのでしょ?」
そんな姿に、慌てて返事をする。
自分では早く返事をしたつもりなのだが、彼女は顔を伏せてしまう。
怒らせるようなことを言ったつもりはないし、やっぱり、返事が遅かったから怒ってしまったのかな。
原因は分からなかったが、せっかくの可愛い顔なのだし、笑ってもらいたい。
「立って話すのもなんですし、中へどうぞ」
これ以上、彼女を不愉快にするわけにもいかないので、下手なことは言わないで、部屋の中へと通す。
女性をいつまでも立たしておくわけにもいかないからね。
部屋の中に通してから、そういえば椅子が一つしか無いんだった、と気が付く。
仕方がないから、彼女にはベッドに座ってもらった。
この場合は反対の方がよかったかな?
椅子に座ってから思ったが、今更、言うわけにもいかない。
自分の発想の遅さを悔やむことになるとは思わなかった。
彼女は一言も喋らずに俺の言うことに従ってくれていたが、ベッドに座ってから、ちらちらと、俺を見ている。
やっぱり、ベッドは駄目だったのかな。
今度からは気をつけよう。
「それで、あの、俺に何のご用でしょうか?」
彼女の真正面に椅子を動かして、顔がよく見えるようにしてから問いかけた。
「えっと……その……」
戸惑うような彼女を見て、首を傾げる。
言いにくいことなのだろうか。
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
落ち着かせるように言えば、神楽木さんは安心したように息を吐いた。
「その、貴方に言いたいことがあって……。貴方が旅を始める時、私も一緒に連れていってくれませんか? できることは少ないと思いますが、貴方の役にたちたいのです」
彼女はゆっくりと顔を上げ、か細い声で言った。
「ありがとうございます」
その言葉が嬉しくて、抱きしめてしまうそうになる。
だけど、急に抱き付いたら驚かすだろうから、手を握るだけにしておいた。
「そんな! お礼を言われるようなことなんかでは……」
手を握った瞬間の彼女が、いつかに見た十夜に告白した女の人と同じ顔をしていたような気がする。
気のせいだろうけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます