第5話 無職と長話(まだ働きません)

 この世界に来てから2日、いろいろあった。これまでの人生で最も濃い2日間だった。だけど───




───まだ僕の冒険は1mmも始まっちゃいないのであった。魔王的なのを倒す前に僕の胃がストレスでやられる。


 しかしまだまだ僕の冒険は始まらない。

なんたって27歳、勇気や野望などを胸に外に飛び出すほどの度胸はない。理性が先に働いて行動を止めてしまう。


 そんなわけで、まだ最初の街で可能な限り情報を集めている。


         ✢


「とりあえずさ、自己紹介しない?流れでパーティー組んじゃったけど僕ら名前も知らないし、いろいろ知ってた方が攻略の方針立てやすいしさ」


「『組んじゃった』ってあなたから言い出したんじゃん。まあいいけど。私の名前はヨハネ、本名じゃないよ。ここに来た時にはもう名前が決まってたの」


 やつの仕業なのは明白だが僕のに比べてかなりマシな感じだ。何か引っかかるな。


「もしかして君の本名.....よしこ?」


「え、なんで分かるの⁉もしかして元の世界でストーカーとか生業にしてた方ですか?」


「違うわ!君をここに連れてきたあの女がその名前をつけるなら本名がよしこの可能性がかなり高いというだけだよ」


 やっぱりだった。こんな命懸けの世界で妙な遊び心を出さないで欲しい。おかげで彼女にドン引きされたじゃないか。


「じゃあよしこちゃん、僕は──」


「ちょっとまって!いきなりちゃん付けしないでよ。こんなことあんまり言いたくないけど、多分私あなたより年上だよ」


「え、僕27だけど.....」


「え、同い年......」


「「その見た目で⁉老けて見えるわー」」


 なんかハモった。若く見えるんだ、ちょっと嬉しい(はーと)。などと思っていると


「あなたその歳でなんでこんなとこいるのよ⁉恥ずかしくないの?」


 とても辛辣な言葉をかけられた。でもね、よしこちゃん、それはとんでもないブーメランなんだよ。


 意図せずして結婚適齢期ど真ん中パーティーになってしまった。


「じゃあもう呼び捨てでいいか、よしこ、僕の名前は───」


 と、本名を言いかけたところでふと考えた。なんか恥ずかしいな。いや、それよりも元の世界での僕はいろんなやつに迷惑かけて挙句解雇され、両親にまで迷惑をかけている。そんなこれまでの自分を戒めるためにも



「───『無職』、伝説の勇者『無職』。よろしく」


 そう言うと彼女は「ぶふぉっ」と口に含んだ紅茶を吹き出し、なるべく被害を最小限にするため手で受け止めた。


「ちょっと何言ってんの⁉冗談はもう飽きたよ」


「いや、マジでここに来た時にはもう決まってたんだよ。両親には申し訳ないけど、そんなに大層な名前じゃないし、これでいいかなって」


 全然信じないので、ステータスブックを見せたところ、哀れみの目と共に納得してくれた。


 軽めの自己紹介は済ませ、僕らは王城内にあるという資料室でこの世界について調べ、攻略の方法を考えることにした。とりあえずお互いの武器の説明等は後回しにすることにした、強引に。なるべく後戻りできない状態で説明しないと別れられちゃうと思ったから。

 


         ✢

         ‎

 正式な名称は『王立図書館』と言うらしい。王城の敷地内に建てられたこの大きな図書館は一般の国民も許可を取れば利用できるらしい。割りと平和な国だ。


 魔王やその他魔物等の資料は探しても全く出てこなかった。過去の勇者についても名前だけで武器の能力については触れられていない。あるのは女神がいて、魔王があらわれて、といったにわかに信じ難い神話のような話ばかりだ。


 不思議に思い、僕達は館長に尋ねた。

最初は渋っていたが、僕が伝説の勇者であることもあって答えてくれた。


「ここだけの話、魔物や勇者様については魔女様との契約で記録を残してはいけないことになっているんです。挑んだ勇者が全員殺されてしまっているので魔王についての情報は完全にありません」


 何故だ、勇者はともかく魔物の情報を記録することになんのデメリットがある?

まあ、八割型あいつの嫌がらせだろう。


館長はこう続けた


「その神話はほぼ事実ですよ。祖母から聞いた話ですが、100年前はこの世界は平和で魔物なんかいなかったんです」


 本当に資料の通り、神話風に書かれている割に、魔王が現れたのはかなり最近の話のようだ。


「100年前は女神様が自分が世界の安寧を保ってると言い張って人々に自分を信仰させてたんです───」


 なかなか横暴な女神様だ。


「───悪い魔女が現れて女神様を封印し、魔王が現れ、世界が荒れ果ててから人々は女神様の有り難さを知ることになります。その数年後、勇者様もご存知の魔女様が強い勇者達をこの世界に召喚してくださってから人々は街の中では安心して暮らせるようになったのです。」


 うん、大体この世界について分かったぞ。ただ、あんまり役に立たない情報ばかりな上、こっちから尋ねといてなんだが、なかなか話が長くなってしまった。僕を寝ずに看病していたよしこは横で寝息を立てて寝ている。


         ✢


 寝ている彼女を背負って宿に戻った。

あまり収穫は無かったが、とりあえず自分で攻略方法をゼロから考える必要があることは分かった。



結構疲れたし今日は寝よう。

明日から本気だすよ。






そろそろ冒険するんで許してください。

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