第14話 思い違い

 唐突ではあるが。


 何かを考え出したいとき、アイデアを得たいときーーまあ端的に言えばヒラメキが欲しい場合。必要なのは偶然の発想ではなく順序だった思考だと俺は思う。

 例えば解けない謎にぶち当たった場合は、まずその時点で分かっていること、知っていることを並べ、整理し、その中から引っかかりを探す。小さな違和感、辻褄の合わない部分など、気持ちの悪さを感じるものをピックアップする。それを繋げて、切って、貼って、何かが見えてきたら、そこで初めてヒラメキの出番となる。

 まあ、誰しも無意識に行っていることかも知れないが、意識して考えてみるとまた違うものが見えてくる場合もあるのだ。行き詰まったとき、俺はよくこんな思考方法をとる。


 「ーーーーってのは、まあ言うまでもなく知ってるよな?何せ俺の記憶を持ってるわけだし」

 『うん、まあね』


 歩きながらそう尋ねると、ゆらも頷く。

 さて、それなら今回の件はどこに引っかかる部分があったか。


 「まあ、引っかかる部分っつーか、分からない部分だよな。お前が何を願って代償に体を奪われたか。でもって、あの二人が記憶を、お前が体を奪われたこと……この二つの違いはどこにあるのか」

 『ふんふん』

 「ここで一つ、思い出して欲しいんだけどさ。隠れ歌の歌詞、覚えてるか?」

 『隠れ歌の?』


 俺とて全て覚えている訳ではないが、愛梨ちゃんに歌って貰ったときだけではなく見せて貰った自由研究にもこの歌の歌詞は載っていた。大体のフレーズは覚えている。

 そして今重要なのは代償の部分。

 ……確か。


 

 ーーーーあなたの助けのお返しに

 わたしのおもいをささげますーーーー



 「こんな台詞があったよな。俺としてはこの『おもい』、単に信仰するとかそんな意味かと思ってたんだが……」


 しかし、今回のことで考えが変わった。


 「……もしかするとこれ、そのまんま記憶のことを指すんじゃないかって思ってな」

 『え……?』


 意表を突かれたようなゆらの声。

 しかし、そこまで意外なことでもないだろう。何しろ『思い』という言葉には、考えなどの他に経験や願いと言った意味もあるのだから。


 『で、でも……でもだよ?ボクの場合はどうなるの?ボクが取られたのは記憶じゃなくて……』

 「それだけどさ、ゆら。お前、神隠しに遭う前のこと、覚えてるか?別に些細なことでもいいんだが」

 『ええ?いや、そんな昔のこと覚えてない……よね?』

 「まあな。俺も三歳のときのことなんて、覚えてやしないよ」


 むしろ、そんな昔のことを覚えている人は少数派だろう。 

 しかしこれでは、ゆらが記憶喪失になったのか分からないのだ。


 「そう、前過ぎて覚えてないことが問題だ。つまり、もう既にどっちにしろ覚えていないが、ゆらにも忘却させられた記憶が有るかも知れない。……だろ?」

 『う、まあ……確かに……。いやでも待って、鳥居の夢を見たじゃない!あれはボクたちが三歳のときの思い出でしょ?』

 「ああ、ありゃノーカンだ。あの夢の場所は帰り道だろ?記憶を抜かれたのがてっぺんのボロ神社だと仮定すれば、帰ってる途中の記憶が残っていてもおかしくない」

 『あ、なるほど。え、ってことは?』


 そう言うことだ、と頷いておく。


 「お前も隠し狐に記憶を取られた可能性は、否定出来ないよな」

 

 自分でも穴がないか確認しながら断言する。可能性でしかないが、今のところ否定材料は見つからない。


 『で、でもそれじゃあ、ボクがこうなったのは何でなの。隠し狐が二つとも奪っていったってわけ?それとも、まさか……』

 「まさか、の方だろうな。多分お前が体を失ったのは、願いの方に原因がある」

 『……!』


 ゆらが息をのんだ。つまり、昔のゆらは体を失うようなことを願ったことになる。そう簡単には信じられないだろう。


 『いや、それは……その考えは無かったなあ。でも、だとするとボクは何で、そんなバカなお願いをしたんだろう?』

 「はっきりしたことは分からないけど、まあ、大体の想像はつくな」

 『え?本当に?』

 「ああ。つーか言っちゃあ何だけど、三歳児の考えるお願いごとって、所詮知れてるとは思わないか?」


 ちょっと想像してみる。

 偏見かも知れないが、何となく予想できるものじゃないだろうか。この年頃なら、まだそんなに複雑なものを頼むとは思えない。例えば何かが欲しいだとか、何かをしたいだとか、そんな即物的なお願いになってしまうことは想像に難くない。


 おもちゃが欲しい。

 どこかで遊びたい。

 だれかと遊びたい。


 そう考えていけば一つ、今の状況に合致する『お願い』が浮かび上がってきた。

 それはつまり、


 「『ユウともっと長く遊びたい』」

 『え?』

 「これじゃないかな?」

  

 簡潔にして単純明快。

 遊びの延長という『願い』。

 遊びが終わりに近づいた子供なら誰しも、いや年など関係なく思うことだろう。俺も昔は、友達の家に遊びに行ってこの台詞を連発し、母を困らせたような記憶が有る。楽しい時間は終わって欲しくないものだ。

 俺とゆらの仲は初対面にも関わらずとても良好だったと聞く。ならばそんな相手と挑んだ神社での楽しい冒険を終わらせたくないと考えたとしても不思議ではない。


 『え?嘘でしょ。じゃあ隠し狐は、子供のもっと長く一緒にいたいっていう願いを、意識だけもう一人に貼り付けるって方法で叶えたってこと!?』

 「いやまあ、想像でしかないんだが」


 しかし、俺が考えたのはそう言うことだ。信じられない、というゆらの驚愕にあいまいに笑って応える。これは全部、俺の単なる予想で、特に願いの内容に関しては別のものだった可能性も大いにある。決して確実なものではない。

 しかし、ゆらの気持ちもよく分かる。俺も同じ気持ちだ。もし、この考えが合っているとするならば、


 『……それ、いくら何でも酷くない?』

 「まあ本当、ふざけんなって話だよな」


 ……嗚呼、まったくだ。  


 だとすれば、いくら何でもそれはどうなんだ神様。一応は子供の願いを叶える神様として名前が知られている筈なのに、何てことしてくれてんだ。


 そんな風に、文句の十や二十は言ってやりたくなる。そんなアホすぎる方法はねーだろと。融通が利かないどころではない。曲解にも程がある。これに加えて記憶まで持ち去るなんて、もはや祟り神ではないか。


 ……本当はそんなとんでもないこと、あり得ないと思いたいのだが。


 「けど、篠原さんの様子を伝え聞くに、意外とあり得ない話でも無さそうなんだよなあ……」

 

 篠原さんの状況はさっき聞いたとおりだ。前野くんに対して異常なほどの感情を向け、性格にまで影響を及ぼしていた。精神の変調はもはや洗脳と言っていいレベルにあり、彼女個人の感情を踏みにじっている。願いの対象にされた側のことを全く顧みていない。

 無関係の少女を狂わせ、精神を操るという明らかに度を超した強引すぎる願いの叶えかた。俺がさっき言ったアホすぎる方法にも通じるものがある。

 

 「篠原さんにとっては、突然祟りが降ってきたようなもんだよな。隠し狐って神様は、願いを叶えるためには手段を選ばないと思った方がよさそうだ」

 『何それ、怖い』

 「まったくだ。でも、そうだとすれば一つ、解決策になるかも知れない方法がある。これ、さっき思いついたんだけどさ」

 『へ?』


 指を一本立てる。

 

 「……この際、お礼参りに行ってみたらどうかな?」

 『いやちょっと待って』


 ……ん、何か?


 『話が急に飛んだよ!?』

 「飛んだか?」

 『うん、かなり。何をどうしたらそんな物騒な話になるの!?』

 「そっちのお礼参りじゃねえよ」


 誰が神様にケンカ売るような真似をするか。

 ……確かに、お礼参りという言葉は、現在では意味が転じて報復のような意味合いで使われている。しかし、本来はお礼という言葉通り、神社で願掛けをして成就したあとその感謝を示すためのお参りやお布施のことを指す。俺が言ったのは当然こっちだ。


 「……って知ってたよな?神様にするんだから当然こっちの意味って分かるだろ」

 『いやあ、流れでてっきり仕返し的なあれかと』

 「……まあ気持ちは分かる」


 出来ることなら、そっちの意味のお礼参りでもしてやりたい、かも。


 『でしょ?……で、何でお礼参りをしようと思ったの?原因がボクのお願いだったとしても、結局変わらない気がするんだけど』

 「そうでもない。多分」


 一見、分かったところで何も変わりないように思えるが、原因が願いの代償から願いそのものに変わった意味は大きい。

 ……失ったものが代償ならば代償を払わなければ取り戻せまい。しかし、代償を払って願ったものならば、また別だ。


 「いつまでも遊び続けるってのもおかしな話だろ?……もう一度隠し狐に遭って、もう十分遊んだと伝えられないかと思ったんだ」

 『というと?』

 「隠し狐に遭ったとき、願うんじゃなく報告するんだ。『願いを叶えてくださってありがとうございます。わたしはもう十分に遊びました。そろそろ家に帰りたいと思います』ってな感じでな」

 『……なるほど、報告かぁ。つまり、もう十分だからお願いしたことを止めて良いよって言いに行くわけだよね。本当にそれで上手くいくの?』

 「それは分からん。もしかしたらそれで元に戻してくれるかもってだけだ。……考えてはみたものの、確実ではないかなぁ。これ、神隠しに遭う必要があるから」

 『それは……嫌だね。こわいよ』

 「ああ、何が起こるか分からない。やっぱ危険だよなあ」


 何も失わずにゆらを帰してあげられる可能性として魅力的ではある。しかし結局のところ、神隠しに遭う必要がある時点でリスクはかなり大きい、か。


 『あと、こんなことしてくれた神様にお礼とか、あんまりしたくないよね』

 「はは、同感だ。でもしゃーないだろ。一応善意でやってくれたのかもしんないし」

 『ってことは悪意を持ってた可能性もあるってこと?』

 「さあ。考えたくないけどあるかもな」


 願いを叶えるのが善意かどうかはともかく、代償が必要な辺りいい神様とはほど遠い。そも、神様に善悪やいい悪いがあるのかは知らないが。昔は人身御供とかあったらしいし。


 『そもそも、隠し狐は何で代償なんて求めるんだろうね』

 「さあな。神様の考えることなんて分からないって。しかし、こういうのって神様が要求するんじゃなくて、人の側から差し出すイメージがあったんだけどな」

 『……性格の悪い神様なのかもね』

 「最悪だな。本当、傍迷惑な……いや、傍迷惑では済んでないけど」

 『うん。……でも、ある意味これも天災なのかもね。神様からの罰みたいな?』

 「天災、ね。確かにそんな見方もありか。しっかし、それならいったい何の罰なんだろうな?」


 ある種の天災と言うのは、確かにそうかも知れない。しかし罰と聞くと何となーく腑に落ちないものがある。


 「つーか三歳の子供に天罰を落とす神様っていったい……いや、個人を対象にしてるんじゃなく、人間全体が対象だったりするのかもな」


 ……そういや宮白神社って移転してるんだった。もしかしてその関係か?


 『それは分からないけど……。でも、はっきりするまでは神隠しに挑むのは止めた方が良いと思う。ミイラ取りがミイラになりかねないよ』

 「それは確かに。はぁ、やっぱ駄目か。上手くいかないもんだな」


 かぶりを振ってそう呟く。同時に足下にあった石ころを衝動に任せて蹴飛ばした。


 少しだけ、希望が見えた気がしたのだが。

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