(短編)幸福のエンチャント
こうえつ
幸福のエンチャント
「私……ずっと運が無かったの」
僕の前に優雅に座る、美しい彼女が言った。
「そうかな? 僕にはそう見えないが」
僕を見るその神秘的な瞳、誰もが羨むプロポーション。
非の打ち所のない、女神の瞳が曇った。
僕はニコリと笑って、彼女に言った。
「今は違う……そうだろう?」
僕と彼女は、結婚の約束をしていた。
「もしかして……僕との結婚が嫌になったのかい?」
ハッと僕を見て、激しく首を振って、否定する彼女。
彼女は右手にした、ブレスレットを僕に見せた。
「キミのお気に入りのブレスレットだね……それがなにか」
「十年前に、友人とインドに旅したときに、買った物なの。これを見て」
幾筋にも銀のチェーンが絡み合う、ブレスレットの真ん中にあるプレート。
彼女はそのプレートを裏返して僕に見せた。
何か文字と数字が書いてある。文字は読めなかったが、数字は読み取れた。
「……1/20……何の数字なの?」
「これは”願いを叶える”ブレスレット。この文字は昔の言葉で”エンチャント”と書いてあるの」
「ふ~ん、願いを叶えるブレスレットか……それで数字は何なの?」
「願い事をしたの。日常のささやかな願い事……そうしたら、まるで生き物のように腕に絡みついて、ブレスレットが外れなくなったの。そして……願いは叶えられた……」
「願いが叶う……いい事だろう? なぜ浮かない顔をする?」
彼女が呟いた
「……数字が減るの。この……1/20……最初は……20/20だったの。願い事を叶えると、このエンチャントの数字が減るのよ」
僕は怖がる彼女をなだめるように言った。
「その数が減る事が怖いなら、あと1残っている。何も願わないといい。もう十分幸せだろう?」
彼女の表情が止った。
「……もう、願ってしまった……貴方との結婚を……願い事が叶うと、深夜の零時にこの数字が減るの。この数字がゼロになったら……何かが起こる気がする」
僕は笑って杞憂だと言った。
「小説の猿の手でもあるまいし、今まで反作用が起こったことはないんだろう?」
だが深刻な彼女の表情。
僕は時間を確かめた。零時まであと”十五分”
急に部屋の置き時計の時を刻む音が、大きく聞こえ始めた。
カチカチ、時計の音が進む。あと五分……あと三分…一分。
ゴーンゴーン、零時の時が告げられた。
静寂……何も起こらない。
「良かったね……」
僕が言いかけたその時、ガチャン、大きな音を立てて、彼女のブレスレットが腕から外れ机の上に落ちた。
「外れた! 数字は?」
二人は小さなプレートを裏返すよ、
そこには……「エンチャント20/20」と書かれていた。
「ふぅ、どうやらキミの願いを全て叶えて、元の状態に戻ったみたいだね」
僕の言葉に、彼女の顔に生気が戻ってきた。
その時……音がした。突然……部屋のドアが空いた。
「!?」驚く僕と彼女。
そこには僕の旧い友人が、花束を抱えて立っていた。
「いくら呼び鈴押しても、返事が無かったからさ」
人なつっこい笑顔を見せる友人。
「ああ、すまん。ちょっと立て込んでいて気づかなかった」
僕が握手をすると、友人は花束を彼女に渡した。
「婚約おめでとう!」
「ありがとう」
僕と彼女は礼を言い、席に座るように友人に勧めた。
テーブルの角に置かれたブレスレット。
友人は宝石商をしており、貴金属についての知識が豊富だった。
「へぇえ、かなり年代があるものだね」
友人は、ブレスレットを見ると手に取ろうとした。
「気をつけろよ。それは曰く付きなんだ」
僕は友人に、これまでの経緯を話した。
「……なるほどな。まあオレには似合わないデザインだな」
笑いながら、ブレスレットを手に取る友人が言った。
「こんな綺麗な人を見つけやがって。しかも今度また、大きな仕事を始めるのだろう?」
僕の笑みを見た友人が呟いた。
「いいなあ……オレも……こんな綺麗な人と結婚したい……大きな仕事もしてみたい」
シュルシュル
友人の持っているブレスレットが、生き物ように動いた……
一ヶ月後
「結婚おめでとう!」
多くの知人が結婚を祝ってくれた。その言葉に肯く。
「こんな綺麗な人と結婚できて、しかも新しい大きな仕事も始まる……オレは幸せだよ」
笑ったオレの腕には……「エンチャント18/20」と書かれたブレスレットが、絡みついていた。
(短編)幸福のエンチャント こうえつ @pancoo
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