第14話 12/24(日) 23:55

ノイズキャンセリングヘッドホン+耳栓を装着し、布団にもぐる。

電気は消した。

壁に向かって横になり、うっすらと目をあけ、後ろに意識を集中させる。

ありえない、は、ない。

今年、リョウコが対策を取る上で決めたことだ。

オーバーテクノロジーやら心霊現象やら、全てを『ある』として、ありとあらゆる想定をする。

その上で、催眠誘導音、をある、としてリョウコは対策を取った。


キィィィ……


時計を見ると23:55。

毎年、突然の眠気に襲われる時間。

ヘッドホンから、わずかな高温――催眠誘導音ノイズをキャンセルした際に発生するノイズ、といういささか矛盾したものが響く。

(正解だ)

謎の眠気もこない。

高温に多少の不快感はあるが、耳栓のおかげでそれも緩和されている。


1分ほどで、その高温も消えた。

(なるほど。

 確かに、催眠“誘導”であれば、ずっと流し続けている必要はないな)

しかし、念のためもう少しヘッドホンはしたまま待機する。

今のところ、人の、否、動くものの気配はない。


今年も、出入り口には細工がしてある。

上と下に、テープで留めた髪の毛だ。

出入りがあれば、簡単に切れてしまい、かつ元に戻すことはできない。

単純ではあるが、確実な方法である。


さらに1分。

再び音がなることはなかった。

(よし)

人の気配に気をつけながら、そっとヘッドホンを外す。

「ん…」

寝たふりをしながら、寝返りを打つ。

目は9割がた閉じ、うっすらと部屋の中の様子を伺う。

ベッドサイドには感謝の手紙と、クッキーとグァバジュース。

いつも返事を書いてくれていることから考えて、一旦そこで立ち止まるのは間違いないだろう。

デジタル機器は何故か全滅だったが、さすがに目視でも見れない、ということはない、と思いたい。

目視でも見れないだなんて、透明人間でもない限りは…。


そうこうしているうちに、2分が経ち、23:59。

さぁいよいよだ。

母との会話から、サンタ=父であることはもはや疑いようもない。

ただ、いわゆる、サンタクロースは親なんだよ、というのとは明らかに違うことも確かだ。

23:55に催眠誘導音を聞かせて、音もなく全ての記録を残さずに立ち去るなんて、通常ではありえないからだ。

(来い!来い!来い!)


ピピッ


24:00。

部屋の時計が短く電子音を鳴らした瞬間。


フゥン!


わずかに空気が動いた気がしたと同時に、突然人の気配が部屋の中に現れた。

出入り口が開いた感じはない。

ないが、何かが部屋の中にいる、それだけは間違いない、と確信する。

(でも……何も見えない……)

薄く開いた目には、いつもの部屋の様子が映るのみである。

真っ暗で何も見えない、のではない、いつもと変わらない景色しか見えない、のだ。

(どういう、こと?)

事態の異様さに心臓が早鐘を打つ。

(何が起きているの??)


カタッ


不意に、音がする。

なんとか視線を向けると、手紙の横に浮かぶペンと…手首から先だけの手が!!!

「…………!」

危うく悲鳴をあげそうになるのを必死でこらえる。

(生首、ならぬ、生手首!?

 いや、それだと空気の揺れるあの感覚はおかしい。

 …と、なるとどういう…)

リョウコの頭に浮かんだのは、映画やゲームなどでたびたび見かける『光学迷彩』というもの。

周囲の風景に溶け込み、あたかも透明になったかのように見えるもの。

ある作品では『透明マント』なんてものもあったか。

ありえない、は、ない。

再度心に思い直す。

でないと、こんな荒唐無稽なことを受け止めきれない。

(つまり、あの位置からすると…)

そうして、手の位置、机の高さ、からおおよその全体像を想像する。

よほど不可思議な体勢で書くことでもしない限りは、あそこに手がある。

(焦るな、焦るな…)

クッキーとグァバジュースを手に取った瞬間を、狙う。

その2つを持ち上げた、その時、ほんの一瞬スキが出来るはず。


ガサガサッ


手紙は書き終わったようで、浮かんでいた手首がペンの代わりにクッキーの包を手に取る。

その表面には


『Merry Christmas Dear おとーちゃん』


「…ッ!」

息を呑む気配を感じる。

(今だ!!!)


ガシッ!!!


一気に起き上がると、布団から飛び出し、体全体で飛びかかる。

「………!!!」

咄嗟に逃げようとする…気配!

(だけど)

逃げられない。


ドシーーーン!!!


受け身も何も考えていない全力の体当たり。

ついに、リョウコはサンタの捕獲に成功した!!


パチッ


「リョウコ、おめでとう~」

ほどなく、1階から母がやってきて部屋の電気をつける。

「…って、なにこれ」

母が見たものは、何やらベタベタするものに絡みつかれているリョウコの姿だった。

「えっと…トリモチ……」

少し恥ずかしそうに、リョウコが答える。

「…トリモチ!?

 なにそれ、あはははは、リョウコらしいわ~」

「も、もう、笑わないでよーーー」


サンタを捕獲するためにリョウコが取った手段は、餌と罠をしかけること。

未知のオーバーテクノロジーが絡んでいるのであれば、敢えて超アナログではどうだ?という発想からだった。

光学迷彩で透明となった人間が、まさかトリモチにかかって動けなくなるだなんて、誰も想像しなかっただろう。

「ははは、トリモチかー!

 考えたなーー!!」

突如、何もなかった所からサンタの声が聞こえる。

「おとーちゃん!!」

抱きつく力を強くするリョウコ。

父と会ったのは何ヶ月ぶりだったろうか。

まさかこんな形で会うことになるとは思っていなかったが。

「メリークリスマス!!」

「ああ、メリークリスマス、リョウコ!」

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