特別な血
皐月side
特別な血 1
いったいどれくらい走ったのだろうか。自分の身に起きた出来事を理解するのに頭が付いていけず、どんな道を通ったのかも覚えていない。理解できたのは、私は目の前にいる傷の男に誘拐されたと言う事だった。
気がつけば辺りはすっかり夕暮れ。私は街の外れにある山中の小屋に連れてこられていた。
山の中ではあるが、小屋の近くには舗装された道路もあった。とりあえずここが人里から遠く離れた山奥でないことに、少しだけホッとする。
殺風景な景色の中にある小さな小屋の中は、ボロの外観に比べて意外としっかりした作りになっていた。
「ここは?」
「ここか。いざという時の為に逃走道具を置いていた隠れ家だよ。まあ急いで逃げることもないから、少しゆっくりするか」
そう言って男は置いてあったパンをかじり始める。隠れ家なんてものをべらべらと私に話したことといい、何だかえらく余裕だ。
パンを口に運ぶ男を見て、私は血を吸われた時のことを思い出す。
あの時男は、私の血を見て顔色が変わったかと思うと、いきなり私の手にかぶりついてきた。
「――――ッ」
思い出しただけでも悪寒が走る。
気持ち悪い。それは想像していたよりもずっと――
目の前にいる男を見るだけで吐き気がする。噛みつかれた左手なんて、できることなら今すぐ切り落としたい。自身の中を流れる血液が、今パンを食べているのと同じように、男によって吸われたのだと思うと、頭がおかしくなりそうだ。
血を吸われた後の男の行動も、私は理解できなかった。
気がつけばコイツはいきなり私を抱え、窓を割って外へと飛び出していた。
車が来てから逃げると言う話はどこに行ったのだろう。店内には男の仲間が二人いたはずなのに、なぜ一人で逃げだしたのか。店に残された香奈達人質がどうなったのかも分からないままだ。
ただ一つ分かっているのは、男は応戦する警官をものともせず、私を連れてまんまと逃げおおせた事だ。
それにしても、吸血鬼が人間よりも強いと言うのは知っているけど、いくらなんでも強すぎるんじゃないだろうか。血を吸えば強くなる事も分かっていたけど、私から吸ったのは献血にも満たないくらいの少量だった。
前に基山から献血程度の血を吸えば強くなるとは聞いていたけど、それ以下の量でここまで強くなるだなんて。同じ吸血鬼の基山も、男の前では手も足も出ていなかった。
(そうだ、基山)
警察に交じって、なぜか男と交戦していた基山の事を思い出す。
どうして基山があんな所にいたのかはわからない。ただ一つ分かったのは、基山が私を助けようとして男に挑み、傷ついたということだった。
(だいぶ酷くやられていたけど。あいつ、大丈夫かな?)
心配だけど、生憎安否を確かめる術など無い。
静かな小屋の中、男がくちゃくちゃとパンをかじる音が異様に大きく聞こえる。このままでは本当に気が変になりそうだ。私は自我を保つため、男に話しかけた。
「ねえ、あなたの仲間は置いてきてよかったの?」
「ああ。もうどうでもいいよ、あんな奴ら。どうせ金欲しさにつるんでいただけの奴らだ。今となっては、お前の方がよっぽど大事だよ」
男は笑いながらこっちを見て、私は身震いした。
言っている意味が分からない。献血者がいるといってもここまで強気になれるのはおかしい。そんな私の疑問を察したのか、男は口を開いた。
「おまえ、どうやら無自覚らしいな。自分の血が特別だってことに」
「特別?」
特別って何?何だか知らないけど、そのせいで私はこんな所に連れてこられたって言うの?
混乱する私を見て、男は言葉を吐く。
「俺たち吸血鬼が人間の血を吸って魔力を得るのは知ってたよな。基本人間の血から得られる魔力はどれも一定なんだが、ごく稀に常人の何十倍も魔力を得られる特殊な血を持ったやつがいて、吸血鬼の間では魔力体質って呼ばれている。お前、頭良さそうだし、ここまで言えばもうわかるよな?」
「……私が、その魔力体質だって言いたいの?」
震える声で問いかける私に、男はゆっくりと頷いた。
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