特別な血 2

「最初お前の血を見た時は驚いたよ。俺も魔力体質の奴に会ったのは初めてだけど、まさかそんな奴があんなタイミングで表れて、しかも自分から血を吸えと言ってくるとはな」


 私を見てニタニタと笑みを浮かべる。だけど、冗談じゃない。どうしてそんな血が私に流れているの?


「ついてるなあ。警察に追われて喫茶店に立てこもった時はイラついたもんだが、世の中捨てたもんじゃねえな。本当最高だよ、お前」


 私にとっては最悪だ。それじゃあ私がその魔力体質でなければ、コイツはあそこまで強くならなかったという事だろうか。そうでなくても私が血の提供を申し出なければ、うまくいけば男は警察につかまっていたかもしれないし、基山だって、怪我しなくて済んだかもしれないのに。


 地面に叩きつけられながらも伸ばしてきた基山の手が、傷ついていたことを私は思い出した。吸血鬼といってもその血は私達と変わらず赤く、血を流した手を必死に私に向けてきていたっけ。


「また、吸わせてもらうぞ。なあに、間違っても死ぬまでは吸わねえよ。たっぷりじっくり、いつまでも吸わせてもらうからな」


 私の心情などお構いなしに、男は勝手な事を言う。彼は気付いていないようだけど、この隠れ家には直に警察が来るだろう。ここが前々から用意していた隠れ家なら、現場に残してきた男の仲間が口を割れば、潜伏していることくらいすぐにわかるはずだ。

 自分達を見捨てて一人で逃げた仲間を庇って黙秘するような人達にも見えなかったし。だけど、もしそうなったら男は再び私の血を求めるだろう。

 そっと血を吸われた左手を見る。吸われた個所には小さな傷跡が残っていて、とても気持ち悪い――


「トイレ、ある?」


 声が震えるのを必死で押さえながら、男に尋ねる。


「外にある。使うなら勝手に使え」


 私は頷き、小屋から出た。

 男はついてこない。もし逃げたとしても、すぐに捕まえられるという自信の表れだろうか。実際私は、男から逃げられる気がしなかった。


(きっと、逃げても無駄ね。すぐに追いつかれる)


 だから無策のまま逃げようだなんて思わない。それよりも、まず先にやっておきたい事がある。

 トイレは小屋のすぐ隣にあったけど、私の目的はそのそばにある水道だった。蛇口をひねると、そこから勢いよく水が出てくる。その水に左手を付け、何度も何度も洗った。

 気持ち悪い。あんな思い二度とごめんだ。激しく擦られた傷口がズキズキと痛むけど、それでも洗うのをやめなかった。


 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い―――


 洗っている途中、ふと右手の袖口にも血が付いていることにも気が付いた。知らないうちに怪我でもしたのかと思ったけど、よく見たらそこに傷はなく、血が付いているだけだった。


「ああ、そうか」


 攫われる前、抵抗してきた基山の血が付いたのだと、私は理解した。

 あの時の基山は普段の子犬のような奴ではなく、とても必死で。こんな状況だと言うのに、やっぱり基山も男の子なんだなあと思ってしまった。


「バカ、女子アレルギーなのに無理して」


 普段は女子と手が触れただけでも脅えるような奴なのに、今日は自分から。あんなに必死に手を伸ばして私を助けようとしてくれた。

 私は手を洗うのをやめて、基山が無事であることをそっと祈った。

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