非日常は突然に 5

「いいか、くれぐれも無茶をするんじゃないぞ」


 僕が今いるのは、店を取り囲むパトカーの影。本来警察やその関係者以外が現場にこんなに近づいているなんてありえないことだけど、必至の交渉の末、僕は協力者としてこの場にいた。

 八雲の事は西牟田と店長さんに任せてある。僕は自分にできることをやるべく、パトカーの車体に隠れるよう腰をおろした。


「面目ない。俺たち警察が不甲斐無いばかりに、君みたいな子供にまで頼ってしまって」


 刑事さん――荒木さんは申し訳なさそうに言った。


「構いません。あの中にいるのは僕の友達です。それに、犯人の中には吸血鬼もいますし」


 使命感というわけではないけど、同じ吸血鬼がこの事件にかかわっているのだ。だったら同族として何かしなければならない。だけど荒木さんはそんな僕を抑えるように言う。


「そう背負いこむな。友達の事はともかく、吸血鬼は関係ねえだろ。あの中にいる野郎と君は違う。同族なんて言っても、一人一人は全く別のやつなんだから」

「それは……そうかもしれませんが……」

「俺の別れた妻も吸血鬼だった」

「えっ?」


 荒木さんの言葉に僕は驚いた。


「今は離れて暮らしているが、息子も吸血鬼だ。君は確か高校一年生だったな。俺の息子も丁度同い年だ。今ではだいぶ大人しくなってきてはいるが、吸血鬼の発表があったころは、吸血鬼は十把一絡げで扱われていたよ。一つ問題を起こすと、無関係な妻まで悪く言われたもんだ。だから――」


 そう言って、力強い手で頭を撫でた。


「あの中にいる奴と自分が同じだなんて思うな。そうしねえと、いつまでたっても偏見はなくならねえ」


 言葉が出なかった。犯人の中に吸血鬼がいることに申し訳ないと思ってしまっていたけれど、そんな風に考える事は、無関係な他の吸血鬼まで侮辱することになるのではないだろうか。

 昔香奈さんにからかわれたことなんて関係ない。僕は無意識のうちに自分達吸血鬼は物語に出てくる怪物そのもの何だと思ってしまっていたのかもしれない。


「さあ、そろそろ動くぞ。用意はいいか?」

「は、はい」


 反省は後だ。今は自分に出来る事をやらないと。

 荒木さんが無線で部下に指示を出す。

 作戦はこう。まずは警官が要求のあったお金を犯人に渡す。渡した後、店のドアを少し開けておいて、そこから僕が音を拾うというものだった。


「ドアはそう大きく開けることはできねえ。小さな隙間だけど、聞こえるか?」

「やります」


 僕は店のドアに神経を集中させる。正直ここまで離れた場所の音を拾うのにはかなり集中力がいるし、魔力も消費してしまう。だけど、ためらっている場合じゃない。


 お金を持った警官が店に近づき、ドアを開ける。ここからは中の様子はよく見えないけど、どうやら警官はドアを開けてすぐのところにお金を置き、去り際にドアに何かを挟み、少しだけ開いたままにしているようだ。


「……聞こえた!」


 今の僕が聴力から得られる情報は常人のそれをはるかに上回る。犯人達の会話は勿論、音の反響具合で店内のどこに人質がいるかも大体は想像できた。

 脅える人質達の目の前で犯人達が大金を手にして下品に笑っているのがわかる。その声を聞きながら、僕は奥歯をかみしめた。

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