皐月side
非日常は突然に 6
犯人達が大量の札束を手にして笑っている様を、私達は不安な空気の中で見ていた。
「警察もあっさり要求をのんだな」
「それしかないだろ。なにしろこっちには人質がいるんだ。こいつらには感謝しないとな」
犯人の一人が私達に視線を向ける。本当に感謝していると言うのなら、さっさと開放してほしい。
「車はあとどれくらいで用意できるんだ?」
「さっき金を受け取る時に催促したから、もう少しなんじゃねえか。警察も当然引き延ばそうとしてるだろうけど、遅れたら人質を殺すって言ってやったよ」
そんな軽い感じで殺すなんて言われても困る。
彼等は本気で私たちの命を奪うつもりだろうか。少なくとも私の知る限りでは一連のコンビニ強盗事件で亡くなった人はいない。
人を殺したかどうかで罪の重さは大きく変わる。彼らが軽率な行動に出ないことを祈るけど、こんな風に人質を取って立てこもっている時点で、常識を求めるのも難しいだろう。
聞こえてくる彼らの会話の一つ一つを聞くたびに、言い用のない恐怖が襲ってくる。震える私の手を、香奈が強く握った。
「……きっと、大丈夫」
小さく震えた声で発せられたその言葉には、根拠なんて無かったけど、それでも私は少しだけ落ち着きを取り戻す。だけど次に聞こえてきたのは、恐怖を呼び戻すには十分な言葉だった。
「車が届くなら、そろそろ血を吸っても良いよな?」
傷の男が獲物を物色するような眼で私達を見た。辺りから次々と言葉にならない声が漏れ、みんなの動揺が伝わってくる。だけど犯人達はそんな私達の心情などお構いなしだ。
「ああ、さっさとやっちまえよ。お前には逃げる時に役立ってもらうんだからな」
仲間の男達も傷の男を止める気はないらしい。彼は私達の方へ近づいてくると、ゆっくり視線を動かし――やがて止めた。
「お前だ」
男がそう言って指をさした瞬間、戦慄が走った。彼が指していたのは……香奈だ。
「――――ッ」
香奈の体が震えたのがわかった。それと同時に、周りから安堵の息が漏れるのを感じた。皆標的が自分でないと分かり、ホッとしたのだろう。そして私も――
(私じゃなかった)
一瞬、安心してしまった自分が信じられなかった。指名されたのは香奈なのに。我が身可愛さのあまり友達の不幸で安心する自分をひどく恥じる。
香奈は凍りついた顔で男を見ている。そんな香奈の気持などお構いなしに、男は香奈の手を掴んで引き寄せた。
「キャッ」
小さく悲鳴を上げた。男はいったいどれくらいの血を吸うつもりだろうか。無理やり吸った血では大した魔力は得られない。だったら満足のいくまで血を吸い続けるつもりではないだろうか。もしそうだとしたら香奈が――
次の瞬間、私は頭の中が真っ白になった。そして――
「待って!」
一瞬、それを言ったのが自分だと言う事に気がつかなかった。私を見る傷の男や香奈、人質達を見て、ようやく自分のしたことを理解した。
「何だお前は?」
男がこっちを見る。膝ががくがくと震え、声もなかなか出すことができない。香奈もひきつった顔でこっちを見ている。
私は、恐怖を振り払うように口を開く。
「吸血鬼って、無理やり血を吸っても大した魔力は得られないんでしょ。その子の血を吸っても、アンタは満足しないんじゃないの?」
男は怪訝な目で私を見る。彼は満足いくまで血を吸い続けるつもりだったのか、それとも香奈だけでなく他の人からも血を吸うつもりだったのかはわからない。だけど、どっちにしろそんなのはごめんだ。だったら――
私はポケットに入っていたシャーペンを取り出し、自分の左手を思いっきり刺した。
「――ッ」
痛い。手の皮が裂かれ、血がにじみ出る。私は血の流れる左手をそっと男に向けた。
「私の血をあげるわ。これなら少しはマシな魔力になるでしょ。だからその子を離して」
血を差し出そうとする私を見て、男はあっけに取られた様子だったけど、すぐにニタニタと笑みをうかべる。
「そう言う事なら、遠慮なくいただくぜ。お前は運が良かったな。この嬢ちゃんが代わってくれるってよ」
そう言って男は香奈を離す。解放された香奈は青い顔をしながらこっちに戻って来る。
「あんた、何やってるの」
「だって……こうでもしなきゃ無事じゃ済まないかもしれないじゃない」
「だからって……」
香奈の言う事もわかる。私だって本当ならこんな危ない事はしたくない。嵐が過ぎ去るのを静観して、早く家に帰りたい。
だけど、自分でも意外だったけど、私は目の前で香奈が傷つくのを見たくなかったらしい。
男は笑いながら近づいて来ると、私の手を取った。
「この状況で献血者なんてな。ありがたく吸わせてもら――」
男は私の血をまじまじと見つめ―――顔色が変わった。
「何だこれは――」
掴まれていた左手に痛みが走る。声をあげる男を見て、私は再び恐怖を覚えた。
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