基山side

非日常は突然に 4

 僕が八雲や西牟田と一緒に喫茶店『ペリカン』に着いた時、辺りにはすでに人だかりができていた。

 店の周りをパトカーが包囲し、盾を持った機動隊が取り囲む。騒ぎを聞きつけて集まってきた野次馬の数はさらに多く、遅れてきた僕等は中々店内の様子をうかがう事は出来ない。


「ちょっと待ってて」


 西牟田が人込みをかき分け、警官に知り合いが人質になっているかもしれないことを伝える。

 警官は何やら無線で連絡を取った後、今解放された人質から中の様子を聞いていることが告げられ、僕達を案内してくれた。


「大丈夫、水城さんはきっと無事だよ」


 八雲にはそう言ったけど、案内された場所で解放された人質の顔ぶれを見ると、水城さんがいないことはすぐにわかった。


「解放されたのは男性だけらしいね」


 西牟田が八雲に聞こえないよう、そっと僕に言ってくる。犯人はおそらく、力で劣る女性を選んで手元に残したのだろう。元々人質を取るような犯人達だ。紳士的な行動を求めるだけ無駄ということだろう。

 顔も知らない犯人に苛立ちを覚えていると、ふと一人の中年の男性が八雲の事を見ている事に気がついた。


「八雲君、君は八雲君か?」


 男性はどうやら解放された人質の一人のようで、八雲を知っているのかこちらに近づいてくる。。


「八雲君だろ。皐月ちゃんの弟の」

「はい。貴方は?」

「私はあの喫茶店の店長の久留米と言う者だ。君の事は皐月ちゃんから写真を見せてもらったことがあるから知っているよ。こちらは?」


 店長さんがこっちを見てきたので、僕等は自己紹介をする。


「僕は基山太陽、こっちは西牟田秀樹と言い、水城さんのクラスメイトです。あと僕は、八雲や水城さんとはアパートの隣人でもあります」

「アパート、すると八福荘の。いや、今はそんな話はいいか。すまない、うちの店でこんなことが起きてしまって」


 店長さんのせいでもないだろうに。それでも責任を感じているのだろう。店長さんは子供の八雲や高校生の僕達に頭を下げてくる。


「店長さんが悪いわけではありません。それより、中の様子は?姉さんは無事なんですか?」

「私達が解放された時点では人質はだれも怪我をしていなかった。けどすまない。本当は私より皐月ちゃん達が解放されるべきなのに。やっぱり、無理にでも残った方が良かった」


 店長さんはそう言ったけど、解放する人質の選別が犯人によってされたものなら、無理に残ろうとしたら犯人を逆上させて人質に危害が及んだかもしれない。おそらくこの人はそうさせないために意に反して犯人の言う事に従ったのだろう。それにしても、もっと中の様子は詳しくわからないだろうか。


(そうだ)


 僕は周囲の警官の言葉に耳を傾けた。

 普通の人間ならこの雑音の中、必要な情報だけを聞くことなんて到底不可能。だけど僕は違う。吸血鬼特有の人並み外れた聴力が、それを可能にできるのだ。

 神経を研ぎ澄ます。余計な音は無視して警察の会話だけに耳を傾ける。すると。


『応援はまだ来ないのか?』


 警察の、たぶんこの事件の指揮を任されている刑事さんの声が聞こえる。


『せめて中の様子はわからないか』

『無理です。こんな時、大野がいれば。アイツの耳なら中の様子がわかるのに』

『言うな。大野はさっき負傷した。くそっ、吸血鬼のいない対吸血鬼課は役に立たないと言う事かっ』


 話を聞いて状況が少しだけわかった。犯人に吸血鬼がいるから、対吸血鬼課が指揮を任されているのだろう。ただし今の対吸血鬼課には、同じ力を持ち、対抗することができる吸血鬼はいない。おそらくニュースでやっていた負傷した警官というのが大野と言う名前の吸血鬼だったのだろう。

 アイツの耳があれば中の状況がわかる。さっき警察の一人が確かにそう言っていた。確かに僕が今みたいに警官の会話を聞けたように、吸血鬼の聴力をうまく使えば中の様子を知ることはできる。ただ、店の周りは警察が包囲しており、一般人である僕はあまり近づくことができない。そうなるとさすがに中の様子を探るのは無茶だ。


「どうした、基山?」


 黙って耳を澄ませている僕の様子が気になったのか、西牟田が聞いてくる。けれど僕はそれには答えない。頭の中で考えをまとめている。


(警察は吸血鬼がいないから中の様子が分からない。僕は警察が包囲しているから中の様子が分からない)


 だったら話は簡単だ。いや、簡単かどうかは分からないけど、交渉してみる価値はある。


「ちょっと待ってて」


 そう言ってその場を離れる。けれど、突如行動に出た僕を不思議に思い西牟田はついてきた。まあいいや。説明している時間も惜しい。

 僕は耳を頼りにさっき話をしていた現場指揮をとっているであろう刑事を探した。警官が慌ただしく行きかう中、スーツを着た中年の男性がいた。あの人だ。


「おい君達、ここは立ち入り禁止だぞ」


 警官の一人が僕達を見てそう言うも、僕は歩みを止めなかった。


「何だ君は?」


 刑事さんは突然の珍客を怪訝そうに見る。だけど僕はそれを気にせず、要件を単刀直入に言った。


「話は聞きました。中の様子が分かればいいんですよね」


 刑事さんは僕が何を言っているのかわからないようで、あっけにとられた顔をしている。僕はさらに言葉を続ける。


「協力させて下さい。中で友達が人質になっているんです」

「はあ?協力って、何を?」

「僕は吸血鬼です。今の警察には、中の様子を探る事の出来る吸血鬼がいないんですよね。けど、僕なら中の様子がわかります」

「君が?」


 刑事さんは驚いたように、僕をまじまじと見つめる。そして驚いたのは西牟田も同じだったようだ。


「基山、本気か?」


 そう声を漏らしている。もちろん冗談でこんな事は言わない。もし力になれるのなら、僕は何だってやってやる。

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