林間学校 5

 ロビーで向かい合い、話をしている基山と、香奈と呼ばれていた茶髪の女生徒。基山に用はあるけど、やっぱり話に割って入るのは気が引けるな。

 こうして二人の様子を窺うのも何だか盗み聞きをしているみたいで悪いとは思うけど。しかしこうして様子を見ていると、二人の会話がよく聞こえてくる。

 オドオドした様子の基山に向かって、女生徒は何かを言っている。


「高校では楽しくやってる?アンタのことだからまた名前を馬鹿にされたり、モノマネやれとか無茶ブリされてるんじゃないの?」


「されてないよ。だいたい、それやってたの香奈さんだけだよね。それに、吸血鬼だってことは皆には言ってないし」

「そうなの?まあそれが正解かもね。言ったら虐められそうだし。」

「虐めていた本人がそれを言う?」


 立ち聞きするつもりはないのだけれど、二人の話はよく聞こえてしまう。それにしても、虐めていたって。もしかして前に基山が言っていた、意地悪をしてきた女の子って言うのは彼女のことなのかも。


「なんとか無事にやってるよ。ごめんね、心配かけて」

「別にアンタの心配なんかしてないけどね。まあよかった、私の知らないところで虐められてるとなると面白くないし」

「見える範囲での虐めならいいの?僕としてはそれもやめてもらえたら助かるんだけど」

「うっさい、男がぐだぐだ言わない!脇腹もむよ」


 とたんに基山の表情が硬くなり、両手で脇腹をガードした。

 どうやら基山の言っていた、意地悪してきた女の子はこの子で間違いないだろう。それにしても、基山はわき腹が弱点なのか。何かの役に立つかもしれないし、ネタ帳に書いておくとしよう。


 メモをとり終わったところでケータイの時計を見ると、就寝までもうあまり時間はない。二人はまだ何か話しているけど、仕方がない。悪いとは思いながらも私は二人に近づいていく。


「基山」


 そう呼ぶと、二人は話すのを止めて同時にこっちを振り向いた。


「水城さん?」


 予期せぬ乱入に驚いたように、基山は私の名前を呼ぶ。

 一方香奈と呼ばれていた女の子は「何コイツ?」と言いたげな目でこっちを見ている。せっかくのお話し中に悪いとは思うけど、ごめん。こっちも急いでるの。


「ちょっと基山に用があるんだけど、借りていい?」

「いいわよ、話はもう終わったし」


 意外にも彼女はあっさり承諾してくれた。


「あ、そうそう。明日そっちも登山よね。アンタ昔山登りした時に体調崩してたから、今夜はしっかり休みなさいよ」


 彼女は基山にそう言うと、さっさと行ってしまった。最後に心配していたあたり、意地悪はしていたのかもしれないけど、別に基山のことが嫌いというわけではないのかも。


「登山、苦手なの?」


 そう聞くと基山は照れたように答える。


「そこまでじゃないんだけどね。長時間太陽に当たっていると気分が悪くなることはあるんだ。体質上これはどうしようもないって言われてる」


 なるほど吸血鬼は太陽が苦手だったっけ。けど、それを抜きにしても色白の基山は体力がなさそうに思える。同じ班だし、明日は気をつけておこう。


「ところで、さっきの子は友達?可愛い子だったけど」

「彼女は春日香奈かすがかなさん。幼稚園から中学校まで一緒だった子だよ。猪塚高校に入ったのは知っていたけど、まさか会うとは思わなかった」

「そうなんだ。もしかして、前に言っていた基山を虐めていた女の子?」


 基山は少し言葉に詰まったけど、やがて小さく頷いた。


「虐めてたと言っても、少しだけね。本当に、根は悪い子じゃないんだよ。今だって何だかんだ言って僕を心配してくれていたし」

「そうみたいね」


 彼女の意地悪はたぶんアレだろう。好きな子ほど虐めたくなるという、小さい男の子によく見られる天の邪鬼というやつだ。彼女はもちろん女の子だけど。


「ところで、水城さんは何か用があったんじゃ?」

「ああ、そうだ」


 肝心な事を忘れていた。私はすぐさまケータイを取り出す。


「さっき八雲が寂しがってないか心配で電話したのよ」

「……電話したんだ」


 ちょっと間があった。大方私の事をブラコンだとでも思って呆れたのだろうけど、仕方ないじゃない。二人で暮らしを始めてから、八雲が家に一人でいるなんて初めてなんだから、心配くらいする。


「それでどうだった。八雲の様子は」

「僕のことは良いから姉さんは楽しんできて、だって。夕飯もお風呂ちゃんと済ませたって言っていたわ。けど、なぜか最後に、基山はいないのかって聞いてきたのよ」


 そう、ここからが問題なのだ。


「いないって言ったら八雲、残念がっていたわ。声が聞きたかったなって言ってた。だから――」


 私は基山にケータイをグイッと押しつける。


「今から電話して、八雲に何か言ってあげて」

「八雲に?今から?でも生憎、話すようなネタなんて無いからなあ」

「何でも良いの。一人で寂しくないかっていうだけでも良いし、今日あった出来事を話すだけでも良いわ」

「そう言われても…そもそも、僕に八雲と仲良くするなって言ってなかったっけ?」

「仲良くするなとは言ってない。私より仲良くならないでほしいだけ」


 我ながらちょっとワガママだとは思うけど。思った通り基山の方も困った顔をしている。


「どっちにしろ、僕が電話していいのかな?水城さん、機嫌悪くなったりしない?」


 大丈夫、もうすでにちょっと悪くなってるから。だって私より八雲に懐かれるなんて羨ましいじゃない。それなのに八雲に電話をすることに躊躇するだなんて。


「つべこべ言わないの。脇腹もむわよ」

「それだけは本当に止めて」


 私はさっき聞いたばかりの基山の弱点をさっそく有効活用する。脇腹をもまれるのが嫌で折れた基山は、結局八雲にお休みコールをするのだった。



『姉さん!なに基山さんに迷惑を掛けてるの!』


 電話させた結果、八雲に怒られてしまったけど。うん、私もちょっと強引なお願いだったかなって気はしてたよ。

 基山、ゴメン。

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