林間学校 4

 夜。夕飯も終わり、今は就寝前の自由時間だ。

 入浴も終え、ジャージに着替えた弧ヶ原学園の生徒はお喋りをしたり、廊下の休憩スペースにるテレビの前に集まったりと、寝るまでの時間をそれぞれのやり方で過ごしていた。

 私はというと、本当なら部屋で女子とお喋りをするか、持ってきた小説でも読むかしたいところだけど、訳あってそうしてはいなかった。


 女子部屋から出た私は、離れた場所に位置する男子部屋の戸をノックする。就寝後はもちろん出入り禁止だけど、今の時間行き来するくらいなら何も問題は無いのだ。


「ねえ、基山いる?」


 ドアから顔をのぞかせた男子にそう尋ねる。その子は部屋の中を見てくれたけど、生憎部屋にはおらず、残っている者も誰も基山の居場所は知らなかった。


「なんだ水城、基山に告白するのか?」


 一人がからかってきたのをきっかけに、部屋にいた男子たちがけらけらと笑いだす。

 やれやれ、こういう男子の相手をするのは面倒だ。返事をする代りに、最初にからかってきた男子を思いっきり睨みつけた。


「わっ、悪い」


 睨まれた彼はすぐに謝ってきて、騒いでいた男子は水をうったように静まった。

 うん、この睨みというのは意外なほど効果があるようだ。もしかしたら単にこの部屋の連中が揃いも揃って気が弱い奴らだっただけかもしれないけど。だとしたら初めからからかわなければいいのに。

 そんな事を考えながら、私は部屋を後にする。


 基山ってば、どこにいるんだろう?

 部屋にもいない、食道はさっき見てきた。お風呂は探すわけにはいかないけど、弧ヶ原学園の入浴時間は終わっていて、今は猪塚高校の使用時間だからいないだろう。


 もう一度、元来た所を探し直してみよう。そう思いながら廊下を歩いていると、談笑する男子の一団見えた。

 よく見ると弧ヶ原学園の生徒の中に、猪塚高校の生徒も混ざっている。ここは丁度、二校の宿泊場所の中間辺りだったので、別段不思議は無い。案外中学時代の同級生とでも再会して話がはずんでいるのかもしれない。

 何気なくその一団に目をやると、そこに探し人、基山の姿があるのに気が付いた。


 ……こんな所にいたんだ。

 基山は楽しそうに喋っていて、声をかけようと思ったけど、話も弾んでいるようだし、邪魔するのも悪いかもしれないなあ。

 そうしてどうするか迷いながら様子を窺っていると、私より先に基山に声をかける人がいた。


「太陽!」


 一瞬、それが基山を呼んだものとは気がつかなかった。だけどすぐに基山の下の名前が『太陽』だったことを思い出し、声の主を見る。

 少し離れた場所に立ち、基山の事を睨むように見るその子は、私の知らない女生徒だった。


「太陽、アンタこんな所にいたの」


 そう言って女子生徒はズカズカと基山に歩み寄って行く。

 見ると、彼女の着ているのは猪塚高校のジャージ。もしかして彼女が昼間霞の言っていた基山を探していた人だろうか?霞の話では確か茶髪でポニーテールだったはずだ。風呂上がりのためか髪は下ろしていたけれど、茶髪というのは一致していた。


「香奈さん…」

 

 基山がその子を見て呟く。『香奈』というのがあの子の名前だろう。なんだか気の強そうな子だ。彼女は何事かと見守る男子を一瞥して一言。


「こいつ借りていくよ」


 彼女はそう言うとあっけに取られる男子をよそに基山の手首をつかみ、強引に引っ張った。


「ちょっと、香奈さん」


 基山が慌てた声を出している。いきなり表れてあんな風に腕を掴まれたら誰だって慌てるだろう。

 そのため周りの生徒も基山の反応を自然なものと思ったみたいだけど、基山は女子アレルギーなのだ。きっと別の焦りもあるのだろうな。


「ちょっと、いったいどこへ行くの?」

「つべこべ言わない!いいから付いてくる!」

「…はい」


 突如現れた彼女は強引に基山を連れて、いや、攫って行ってしまった。二人の姿が見えなくなった後、残された男子達はようやく口を開く。


「大丈夫かよアレ、かつあげされたりしないか?」

「助けに行かなくていいのか。あいつ、おまえらの友達だろ」

「それならあの女は猪塚の生徒だろ。そっちで何とかしろよ」

「嫌だよ、だってアイツ怖えもん」


 みんなおっかなびっくりで、一向に後を追おうとしない。情けない男共だ。

 私は用があるから追いかけるしかないのだけれど。


 二人の後を追って、去って行った廊下を歩く。まだそう遠くには行っていないはずだ。

 探しながら歩いていると、いたいた。二人は人気のないロビーで何やら話していた。さて、何て言って声を掛けようか。

 私はとりあえず、柱の陰に隠れて二人の様子を窺うことにした。

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