林間学校 3☆


 それにしても、匂いがキツイものが苦手というのも難儀な話だ。身体能力が高く、五感の鋭い吸血鬼にもデメリットはあるということか。これでは食べられる料理の種類も激減してしまうだろう。


「鼻が良すぎるのも考え物ね。もしもシュールストレミングなんて開けたら、どうなるんだろう?」

「怖いこと言わないで。どうなるかなんて想像もつかないよ」


 シュールストレミングというのは世界一臭いと言われている、スウェーデン産のニシンの缶詰。そのあまりの臭いから缶を開けた直後気絶する人もいらしいし、ガス報知機が作動すると聞いたこともある。

 室内、および密閉空間では開けてはいけないという注意書きもされていると、本で読んだことがあった。

 いったいどれだけ臭いんだ?


「まあ、もしシュールストレミングがあったとしても基山のそばで開けるなんて悪戯しないわよ。どんな反応をするかはちょっと気にはなるけど」

「そもそもシュールストレミングなんて目にする機会は無いと思うけど。でももしあったら、水城さんだったら怖いもの見たさで開けてしまうかも。たとえ僕が近くにいても、苦手だって事をすっかり忘れて」

「どういう意味よ? 私が忘れん坊だって言いたいの?」

「そう言うわけじゃないけど……」


 そんな会話をしながら、自分たちの班へと戻ると、なんだろう? 皆が何か騒いでいるのが目に入った。騒ぎの中心にいるのは、どうやら霞のようだけど……。


「どうしたの?」

「ごめん、ちょっと怪我しちゃって」


 そう言った霞の左手には引っ掻いたような傷があり、そこから赤い血が流れていた。何でも、木製のテーブルの側面の一部が小さくはがれ、とがって針のようになっている個所があり、そこで引っ掻いたのだと言う。


「危ないわね。手当てしてくると良いわ」

「うん。ごめんね」


 そう言って霞は、薬をもらうべく建物の方へ歩いて行く。

 まあ、大した怪我じゃなくてよかった。ん、待てよ。血といえば……。


 ふと気になって、基山に目を向けた。

 思えば最初に会った日、怪我をして血が出ている私の手を見て、固まっちゃってたっけ?


 だったら今度も血を見たて、過剰なリアクションを取ってしまうのではないか。そう心配したのだけど、予想に反して基山は平然としている。

 ちょっと気になったから、こっそりと聞いてみる。


「ねえ、血を見ても、慌てたりはしないの?」

「特には。吸血鬼と言っても血を吸うのはあくまで魔力を得る手段なんだから、血を見たからって変に反応することはないよ」


 そう小声で答える。その割には最初会った時、私の血を見て表情が固まった気がしたけど。

 まあいいか。本人が平気って言っているんだし。


 気を取り直して、調理を開始する。

 野菜を切り、できた餡を餃子の皮で包む。男子も基山を中心にスープ制作に取り掛かっている。ここのキッチンは使いなれていないはずなのに基山の手際は良く、包丁さばきも中々のものだった。

 むう、これは負けてはいられないわね。


 私の腕も決して基山に劣っているとは思わないけど、これなら八雲が教わりたくなる気持ちもわかる。決してそれが嫌なわけではないけれど、何だか負けたみたいで悔しい。

 対抗心を燃やしながら調理を進めていると、手当てが終わった霞が帰ってきた。


「霞、もういいの?」

「消毒してガーゼを当てて終了」


 そう言ってガーゼのまかれた指を見せる。そこで霞は、ふと思い出したように基山の方を向いた。


「そう言えば基山君。さっき別の学校の人から、基山君がいないか聞かれたよ」

「僕?」


 基山が首をかしげる。そう言えば今日もう一校来ていたっけ。実習内容が違うから今のところ接点はないけど。


「その人、僕を探してたの?」

「たぶん。私達が弧ヶ原学園の一年だって事を確認していたし」


 うちの学校の一年の基山。霞の言う通りなら、その人の探し人はここにいる基山に間違いないだろう。


「今日来てるのって猪塚高校の一年だろ。基山、知り合いでもいるのか?」


 男子の一人が基山に聞く。基山は少し考えてから霞に質問する。


「田代さん、その人ってどんな人だった?」

「えーと、茶髪でポニーテールだった。そう言えばその子、最初基山君のことを『太陽』って名前で呼んでいたよ。」

「なに?相手は女なのか?」


 男子が彼女かと騒ぐ。

 けれど私は、女子アレルギーの基山が彼女なんて作るかなと首を稼げる。


「その子に呼んでこようかって言ったけど、時間がないからって行っちゃった。心当たりある?」

「……たぶん」


 なんだか間があった。その子は基山にとって良い知り合いなのかそうではないのか。


 ていっても、私が気にしても仕方ないんだけどね。

 気を取り直して、再び調理に戻るのだった。

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