林間学校 2

 私達が訪れたの、は山の麓にある自然の家で、市内の多くの学校が林間学校の際には利用する施設だった。


 四月のこの時期は林間学校を行う学校が多く、今日は私達弧ヶ原学園以外にもう一校、猪塚高校という学校が施設を訪れていた。

 最初にこの施設の説明と、猪塚高校と問題を起こさないようにという注意事項があり、それが終わったところで各班に分かれての野外調理実習となる。

 て言っても、料理なんていつも家でやってるんだけどなあ。


 なのにどうしてわざわざこんな所まで来て、しかも外で作らなければいけないのだろう。

 皆と協力して作ることに意義があると言いたいのだろうけど、料理作りなんてものは十人十色。無理して足並みをそろえるよりも、個々でやり易いように作る方が良いのではないだろうか。


 そんな事を思いながらも、エプロンを付けて準備に取り掛かる。

 作るのは定番のカレーではなく、地元の野菜を使った自由調理だった。地元の野菜と用意されているその他の材料を使って作れるのであれば、野菜炒めでもスープでも何でもありだ。班の意見をいかにうまくまとめるかと、料理にどんな工夫を凝らすかのアイディア力を育てるのがこの実習のポイントだそうだ。

 男女三人ずつで構成された班で、まずは何を作るかを話し合う。


「手っ取り早く、野菜炒めで良いんじゃないか?」


 一人の男子が早々に言ってきた。なるほど、切って焼くだけなのだから確かにそれが一番簡単だ。時間に追われている家での生活の中なら、私もそうしたかもしれない。


 だけど、今日は時間に余裕がある。指定された時間内ならどれだけかかっても良いんだ、早く作りすぎてもやることがなくなるだけなので、それではもったいない。


「野菜餃子はどうかな。細かく刻んだ野菜を餃子の皮で包んで焼くだけだからそう難しくないし」


 私はそう提案したけれど、先ほどの男子は不満げな様子。


「餃子の中身といったら肉だろう。野菜だけの餃子なんて旨いのか?」


 そう言ってきたけど、甘いわね。美味しく作る自信が、私にはあった。

 日ごろの切り詰め生活の中、形の悪い訳あり野菜を安く買ってきて作った餃子は野菜の甘みがよく出ていて、原価が安い割にはなかなかの味だと自負している。


「私も賛成」


 同じ班の霞がそう言うと、もう一人の女子もそれに続く。やがて男子達もそれに納得したので、私達の班は野菜餃子と、カボチャのスープを作ることになった。


「頼りにしてるよ、さーちゃん」


 霞も料理ができないわけじゃないけど、普段自炊している私の方が料理は得意だと思ってくれているようだ。ちょっとハードルが上がってしまったけど、期待に応えたい。ところで、私も一つ期待していることがある。


 私はチラッと班員の男子、基山を見た。

 同じ班になったのは偶然だけど、実はこれをチャンスだと思っている。それと言うのも、基山は時々八雲に料理を教えてくれているけど、私自身はこれまで、基山が料理している姿を見たことは無かった。

 だって二人が料理しているのは、決まって私が、バイトに出ている時だもの。

 そんな基山が作ってくれる料理はどれも美味しかったので、その調理の様子にはちょっと興味があった。


「それじゃあ適当に食材を取ってくるから、霞は食器を洗っておいて。基山、運ぶの手伝ってくれる?」

「了解」


 そうして私達は食材置き場へと行く。

 そこには多数の野菜や肉、調味料が揃っていて、どれを使おうか少し迷ってしまう。

 レタスにニラに人参も良いかも。香り付けにニンニクも加えようと思ったところで、私はハタと気が付いた。


「そういえば基山、ニンニク大丈夫だっけ?」


 するとすぐ横にいた基山は、そっと目をそらした。どうやら苦手らしい。

 当然か。吸血鬼の弱点の代表格だ。


「ニンニクというか、匂いがキツイもの全般が苦手かな。嗅覚への刺激が強いから」


 基山いわく、強すぎる嗅覚のせいで必要以上に臭いを感じてしまうそうだ。

 吸血鬼はニンニクが苦手とよく言われているけれど、たまたま広まったのがニンニクというだけで、本当はもっと苦手なものは多いらしい。


「それじゃあ、このニラなんかも無理かな」


 これは困った。使える食材が減ってしまってはいつもの味が出せない。だからと言って基山が吸血鬼だという事を秘密にしている以上、訳を話してメニューを変えてもらうわけにもいかない。

 そうして悩んでいると基山が慌てて声を出す。


「いいよ、水城さんの作りたいように作れば。苦手といっても、どうしても無理というわけじゃないし。いざとなれば食欲がないって言って、カボチャのスープだけ飲めば良いんだし」

「でも、それじゃあ後でお腹すかない?」


 基山は大丈夫と答えたけど、今日はこれからもたくさん動くのだからちょっと心配だ。

 普段の私でさえ、昼食のお弁当以外に、大抵菓子パンを二つくらい食べるのだから、沢山動く日の男子はもっと必要だろう。

 私が考えなしに提案したのが原因だし、後でこっそりおにぎりでも余分に作っておいてやろう。

 そんな事を考えながら、私はとりあえず必要な食材を手に取り、基山もカボチャや牛乳を調達した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る