林間学校
皐月side
林間学校 1
弧ヶ原学園に入学してから、もう2週間。学校に家事にバイトにと忙しかったけど、八雲にも手伝ってもらっているし、この生活にもだいぶ慣れてきた。
けど、この日はいつもと少し違う。今日から二泊三日の林間学校が始まるのだ。
私は居間でテレビを見ながら、身支度を整えていた。
テレビからは先日、隣町で起きたコンビニ強盗と同様の手口が増えていることが報じられていて、いつかクラスで男子が噂していたように、犯人に吸血鬼がいる説が濃厚だとアナウンサーが伝えていた。
そんなニュースを聞きながら、忘れ物がないか最終確認をする。
「これで大丈夫かな」
着替えや勉強道具の詰められた大きめのバッグのファスナー閉める。重くならないように必要最低限の物しか入れてないバッグは、見た目より重くはなかった。
ケータイの充電器さえも持って行かない。ほとんど『持っているだけ』の私のケータイは、充電しなくても一週間は電池がもつのだ。
「どう、用意できた?」
登校する準備をしていた八雲が様子を見てくる。八雲は林間学校というわけではないので、いつも通りの格好だけど。
「姉さん、分かっていると思うけど、林間学校の間は周りに迷惑を掛けちゃダメだよ」
「当り前よ。というか八雲は、本当に一人で大丈夫なの?」
「平気。戸締りもちゃんとするし、いざとなれば原田さんも頼るから」
「そうね。それじゃあ、学校に行く前に挨拶しておこうか」
テレビを消し、部屋を出た私達は学校に行く前に原田さんの家を訪れる。私が三日間留守にするので、その間八雲の様子を見てもらうようお願いしていた。
家の前に行くと、原田さんが朝から道路の掃除をしていた。
「原田さん、おはようございます」
私と八雲が挨拶をすると、原田さんも挨拶を返す。
「おはよう、二人とも。皐月ちゃんは今日から臨海学校だったわよね」
「臨海学校じゃなく林間学校。行くのは海じゃなくて山ですよ」
響きが似ていたから聞き間違えたのか、勘違いしたのかはわからないけど、原田さんは「歳かしら」と言っている。まあ、どっちもやることは似たようなものなんだけど。
「八雲君は私が様子を見るから、皐月ちゃんは勉強してきてね。といっても、八雲君はしっかりしてるから私がいなくても大丈夫かもね」
「そんなこと無いです、助かります」
八雲はペコリと頭を下げる。そうやって話していると、八福荘から基山が出てきた。
「おはようございます」
基山は原田さんと私達に挨拶をする。
そんな基山が肩から下げているバッグは、私のバッグと同じくらいの大きさだ。女子に比べて男子は荷物が少ないというけれど、基山の荷物が男子にしては多いのか、私が女子にしては少ないのかは定かではない。
「八雲、今日から僕もお姉さんもいないけどしっかりね」
「わかりました。帰ってきたらまたいろいろ教えて下さい」
基山に頭を撫でられながら、八雲は嬉しそうに言う。
やっぱり仲が良い。それはとても良いことなんだけど、何だか私より基山の方に八雲が懐いている気がして、少々複雑。そんな感情が顔に出てしまったのか、こっちを向いた基山の表情が曇った。
「えっと、ゴメン」
謝られた。別に基山が悪いわけじゃないのだけどね。もちろん理不尽に恨んでなんかいないけど、むしろ感謝しているのだけど、やっぱりちょっと悔しい。
「荷物重そうだけど、持とうか?」
「結構」
これ以上借りを作りたくはない。
私達は「仲良くね」という原田さんに見送られ、登校して行った。
「それじゃ姉さん、基山さん。林間学校楽しんで来てね」
そう言った八雲と別れ、私達が学校に着いた時には、集合場所の体育館には林間学校に行く一年生が集まっていた。いつもはこの時間だともう少し人は少ないのに。基山もそうだけど、行事の時は早めに来る人が多いようだ。
男子のグループと合流する基山と別れた私は、図書室で借りていた小説を読みながら時間を潰すことにした。必要最低限の物しか持ってこなかったけど、本は必要な物と認定して何冊か持ってきていた。三日も本を読まなかったら本欠乏症になってしまうからね。
やがて集合時間が近付いてきたころ、霞が姿を現す。
「さーちゃんおはよう」
「おはよう、荷物、ずいぶん重そうね」
霞の持ってきたバッグは、私のものより一回り大きい。けれどよくよく周りを見ると霞のバッグの大きさは女子の中では平均的で、中には二泊三日とは思えない大荷物を抱えてきた子もいる。どうやら私の荷物は他の人と比べて少ないようだ。
かと思えば男子の中には普段通学に使っている学校指定の鞄に必要な物全てを入れてきた強者もいた。いったいどうやって入れたのかと周りの生徒も驚いていたけど、彼曰く袋にとことん詰めた後に掃除機で中の空気を吸って圧縮させたらしい。帰りはどうするつもりなのだろう?
私は愛用のネタ帳に『二泊三日の荷物を学生鞄に入れてきた』と書いた。その様子を霞が不思議そうに見る。
「前から気になってたけど、さーちゃんが時々書いているメモって何なの?」
「ああ、これ?」
そう言えば、霞には私が物書き志望だったと言う事を話してはいなかった。昔の夢のようなもので、今はもっと堅実的な将来を考えているのだけど。
私は昔小説家になりたかった事と、習慣で面白い出来事があればメモを取るようにしている事を、かいつまんで霞に話す。
「もうやりたいことがあるなんてすごいね」
「中学時代の儚い夢よ。これだって癖で今も書いてはいるけど、半分くらいが予定表になってるわ」
ネタ帳を開くとバイトの日時や、買い物リストなども書かれている。それでも霞は尊敬の目で私を見てくる。
「いつかさーちゃんが書いた小説を読みたいな」
「書くことがあればね」
そう言ってネタ帳を、そっとポケットにしまいこんだ。
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