基山side

同級生の吸血鬼くん 2

 昨日からの雨は明け方にはやんだものの、外はまだ曇っていて、太陽は顔を覗かせていない。

 暗い方が体の調子が良いからちょうどいいやと思いながら僕、基山太陽は制服に着替える。そんな風に考えてしまうあたり、自分はやはり吸血鬼なのだと実感する。


 吸血鬼は人間よりも優れた存在である。そんな大昔の祖先が残した言葉を、僕は微塵も信じてはいなかった。

 そもそも吸血鬼の人間を凌駕すると言われている力は、人間から吸った血に含まれる魔力を使う事で初めて発揮されるものなのだから、威張る前に血をくれた人間に感謝しなくてはいけないと言うのが我が家の理念だ。


 僕は父が吸血鬼で母が人間だけど、だからと言って力が半分というわけではない。

 両親のどちらかが吸血鬼であった場合、その子供も何割かの確率で吸血鬼として生まれるけど、これは両親ともに吸血鬼だった場合も、実は生まれた子供が吸血鬼である確率はあまり変わらないとされている。

 かと思えば両親共に人間だったとしても、その親や祖父母に吸血鬼がいれば隔世遺伝することもある。数多の人と吸血鬼の遺伝子を持つ者が知らず知らずのうちに交わってきた現在において、吸血鬼はどこから生まれてもおかしくないと言えるだろう。


 そうして生まれてきた吸血鬼は、その血の濃さに関わらず、力の強さは一定だと言われている。もちろん個人差や鍛錬を積むことで差をつけることはできるけど、スタートラインはほぼ変わらない。

 もっとも、古の昔から吸血鬼同士でしか交わることのなかった純血種となると、話は別だけど。


 僕の両親は将来僕が社会に出た時に困らないよう、人間と同じように僕を育てた。吸血鬼に合わせた生活が悪いと言うわけではないけれど、世の中には吸血鬼よりも人間の方がずっと多いし、吸血鬼と人間の両方の気持ちを分かってあげられるようになれと両親は言った。

 夜の方が体の調子はいいけど、昼間でも動けるような生活のリズムを作った。太陽はちょっと苦手だけど日の光を浴びたからといって灰になるわけじゃない。長時間日に当たっていたら少し気分が悪くなるくらいだ。


 昔風邪を引いた時も、母さんは血を与えようとはせず、食事と薬で治そうとしたっけ。

 血を吸えば簡単に治るのだけど、これはいつか誰かが病気で苦しんでいた時に対処できるようにという願いを込めてのものだった。

 辛さを知っておかないと相手の気持ちは分からない。当時は血を吸ってさっさと治したいなんて考えたりもしたけれど、今にして思えばあれでよかったと思える。そのおかげで、昨日八雲を看病することができたのだから。


 昨日学校から帰ってきた僕は、部屋の前で八雲と会った。

 赤い顔をして元気のない様子の八雲に熱があると思った僕は、すぐさま看病をはじめた。八雲とはこれまでも何度は話したことがあったし、水城家の事情は八雲からとクラスの噂で知っていたから放ってはおけなかった。

 結果、夜には八雲の熱は下がって、昔の苦労が無駄ではなかったと実感し、両親に感謝したよ。

 その後水城さんに女の子が苦手だと言う事を知られたのは誤算だったけど。


 高校では完璧に隠してきたのになあ。

 出来れば知られたくはなかった。とはいえ過ぎた事を悔んでいても仕方がない。僕は身支度を澄ませて部屋を出る。部屋に鍵をかけた所でちょうど隣の部屋のドアが開いた。


「あっ、基山さん」



 振り向くと部屋から出てきた八雲が笑顔を向けている。その隣には水城さんもいる。


「おはようございます」

「おはよう、基山」


 八雲が丁寧に挨拶をし、水城さんもそれに続いたので、僕もおはようと返す。


「八雲、体は大丈夫なの?」

「はい。おかげ様で熱はすっかり下がりました」

「それは良かった。でも、まだあんまり無理しちゃダメだからね」

 

 そう言って僕は八雲の頭を撫でた。

 途端に元気そうに笑う八雲。この様子だと本当にもう心配ないようだ。そうしていると、今度は水城さんが口を開いた。


「基山、昨日はゴメンね」

「いやっ、あれは別に……」


 昨夜水城さんに壁に追い詰められた時のことを思い出して緊張する。あの後居心地が悪くなったのですぐに帰ってしまったけど、水城さんがそんな僕の態度を気にしているのなら申し訳ない。


「八雲がお世話になって。薬も基山の家にあったやつなんでしょ、お金払うわ」

「そっちの話?」


 思っていたものと違った。僕は財布を出そうとする水城さんを止める。


「薬くらい別にいいから。困った時はお互い様だから」

「そうはいかないわ。甘えっぱなしなんてよくないもの」

「本当に良いから。それより、学校に行くんでしょ」


 水城さんをなだめながら、三人で八福荘を出る。同じアパートに住んでいるのに、水城さんに至っては学校も同じなのに、こうして登校時間が重なったのは初めてだった。


「そういえば、二人ってこの時間だっけ?」

 

 僕はいつも今くらいの時間に出ているけど、二人はもう少し早く登校しているはずだ。古いアパートなので、隣の部屋の玄関が開いた時は音でわかることもあるのだ。


「今日はちょっとね」


 そう言いながら水城さんがフイと目をそらした。


「さっきまで姉さんと話してて遅くなったんです。今日から僕も家事をやらせてもらう事になりました」

「ちょっと八雲!」


 余計なことは言わないでと、八雲を叱る水城さん。家庭のことを言われた事が恥ずかしかったらしい。詳しいことは分からないけど、どうやら二人の間で話し合いが行われたようだ。

 八雲は水城さんのことを手伝えるのがよほど嬉しいのか、にこにこ笑っている。水城さんもまんざらでもなさそうなので、もう二人がすれ違う事はないだろう。昨日水城さんは自分が八雲を悩ませていたのかと言っていたけれど、僕から見たら互いに思い合っている仲の良い姉弟だ。

 仲良さそうに並んで歩く二人を見ながら、僕は笑みをこぼした。


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