同級生の吸血鬼くん 3

 しばらく歩いたところで、小学校に行く八雲とは別れる。


「八雲、もし途中で気分が悪くなったら、ちゃんと保健室で休んでね。病み上がりなんだから、無理はしないでよ」

「分かってる。姉さんも気を付けてね」


 手を振りながら、優しく見送る水城さん。なんだか学校で受ける印象とずいぶん違うなあ。

 男子の間では水城さんは、普段は静かだけど、性格がきつそうだと言われている。眼鏡の奥のツリ目が、そんな印象を与えているのかもしれないけど、こういう穏やかな一面もあるんだなあ。


「何?」


 視線に気づいた水城さんが、目を向けてきた。

 いけない。いつもと違うその表情につい目を奪われてしまっていた。あまりジロジロ見ていたら失礼だよね。


「何でもない。早く学校に行こう」


 そう言って話を打ち切り、今度は二人で歩き始める。けれど……会話が無い。

 水城さんは気にしていないようだけど、こうも沈黙が続くと何だか気まずい。話したいことが全く無いわけじゃないのだけど。


「あの、水城さん」

「何?」


 水城さんがこっちを振り向く。昨日も思ったけど、水城さんは話をする時、基本相手の目をじっと見るようで、なんだか気圧されてしまう。でも何も言わないのも失礼なので、意を決して言う事にした。


「あの、できればで良いんだけど、僕のあの事、学校では話さないでもらえませんか?」

「あの事って……」


 水城さんは少し考える様に俯いたけど、やがて思い当たったように顔を上げた。


「ああ、吸血鬼ってこと?それとも女の子が苦手だってこと?」

「えっと……両方」


 水城さんの声のボリュームが思っていたより大きかったので、誰かに聞かれていないか慌てて周りを見たけど、どうやら大丈夫そうだ。


「別に良いけど、そう気にすることもないんじゃないの。吸血鬼が手当たり次第人の血を吸って殺すなんて嘘だって、みんな知っているわよ」

「一概に嘘とは言えないんだけどね」

「そうなの?」


 水城さんが目を丸くする。


「吸血は魔力を得るための手段だって言うのは知っているかな。たいていの場合献血程度の吸血をすれば足りるってことも」


 水城さんが「うん」と言って頷いたので、僕はそのまま話を続ける。


「実は献血程度の量で足りるのは、相手の精神状態が良好だからなんだよ。もし血を吸う相手の精神状態が悪ければろくな魔力が得られないんだ」

「へえ、そうなんだ」

「今では吸血行為を行う時は相手の同意を受けてからやるのが大前提なんだけど、それは倫理だけの問題じゃないんだ。血を吸われるのは嫌だっていう人から無理やり血を吸っても精神が安定してないはずだから、同じ量の血を吸っても得られる魔力はそう多くないんだよ」


 水城さんは「ああ」と声を漏らす。どうやら僕の言わんとしていることが何となくわかったらしい。


「昔、悪い吸血鬼の中に質より量で魔力を得ようとした奴は確かにいたんだよ。そいつは手当たり次第人間を襲って満足いくまで血を吸おうとした。最後には人間にやられちゃったんだけどね」


 話していて気分が悪くなる。そういうやつがいるから吸血鬼の評判は落ちて行ったのだ。だけど水城さんは顔色一つ変えていない。


「でも、基山はそうはしないでしょ」

「それはそうだけど」

「だったら堂々としていればいいのよ。人間にだって悪いやつはいるんだし。そんな一部のやつがしたことで負い目を感じる必要なんてないじゃない」


 確かにその通りだと思う。けど、僕にはある不安があるのだ。それに。


「吸血鬼は美人の血を吸うって逸話を例に出して、女好きの変態だなんて言わない?」

「言わないわ」

「僕は『太陽』って名前だけど、吸血鬼なのに太陽なんて可笑しいって笑わない?」

「笑わないわよ」

「それじゃあ、吸血鬼だからって間寛平さんのギャクをやれとか強要されない?『血吸うたろか』ってやつ」

「しないわよ。何?基山今までそんなこと言われてきたの?」

「恥ずかしながら」


 過去に我が身に降りかかった出来事の数々を思い出して、恥ずかしさのあまり俯く。つい勢いで喋ってしまったけど、あまり知られたくなかった過去なんだよね。


「それってたぶん吸血鬼関係ないわよね。きっと基山が吸血鬼でなくても、別の意地悪されたんじゃないの?」


 正直僕もそう思う。困った僕の顔を見て面白そうに笑っていた幼馴染の事を思い出す。


「まったく、これだから男子は。基山も言われっぱなしじゃなくて、ぶん殴ってやれば良かったのに」


 水城さんはそう言うけど、生憎そうするわけにはいかなかった。


「それ言ってきたのは女の子だったから、殴るのはちょっと。男子はむしろ『そんな言い方するなよ』ってフォローしてくれた」

「え、女の子に虐められてたの?それじゃあ殴るわけにはいかないわね」


 そういうこと。おかげで僕の周りでは、吸血鬼イコール怖いものという印象はすっかり無くなり、結果的に周りと馴染む事ができたから、意地悪を言ってきたその子には感謝しているのだけれど。

 その子も僕が嫌いでやっているというより、反応を見てみたかったからいろいろ言ってきたのではないかと思ってる。女の子に虐められていたというのは、ちょっと恥ずかしいけど。


「基山……苦労したんだね」


 いや、そんな目で見られても……。

 憐れむような水城さんの視線が、とても痛かった。

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