新生活とお隣さん 7

 母さんが亡くなって、二人で暮らしていくことになった時に決めたのだ。決して八雲に負担はかけないと。

 そりゃあ私は上手くやれているわけじゃないけど、それでも八雲に頼るわけにはいかない。なのに頼れって、何を考えてるの!?


「今日だって八雲は熱を出したのよ。むしろ今後はこんな事が無いように、徹底して休ませるべきじゃない」


 今までは八雲はこっそり手伝ってくれていたけど、それだって何とかしないと。だけど……。


「それで良いのかなあ。水城さんが八雲の事を思って言っているのは分かるけど、それじゃあ八雲の意思を無視する事にならない? 八雲はそれで、本当に納得すると思う?」

「それは……」


 言葉に詰まる。

 八雲が仕事を手伝うって言ってくれた時も、私は決まって自分がやるからと言ってそれを拒否してきた。その時の八雲の切なそうな表情が脳裏をよぎる。


「それとも、八雲に任せるのは心配?手伝わせても失敗して、余計に手間がかかるって思ってる?」

「そんなわけないじゃない! 八雲は掃除も洗濯も、料理だって小学生とは思えないくらいによくできるわ!」


 思わず声が大きくなる。基山はそんな私に圧倒されたように怯んだ様子を見せる。


「でも、それじゃあどうして今まで頼ろうとしなかったの?水城さんだって、余裕があるわけじゃなかったんだよね」

「そんなこと言われても……だって家事なんてさせてたら、あの子の自由な時間が無くなっちゃうじゃない」


 八雲は優しい子だから、家事を任せたら少しでも私の負担を減らそうとし頑張ってくれるだろう。多分だけど、今日みたいにバイトがある日なんかはごはんの用意も洗濯も僕がやると言ってくれるに違いない。だけど、それじゃあダメなのだ。


「頼る身内もいないから、八雲は私が育てなきゃいけないの。あの子口には出さないけど、お母さんも死んで、学校も転校して、きっと色々辛いはずよ。だからせめて、ゆっくりできる時間くらいはあげたいの」

「それは立派な考えだと思うけど…本当にそれでゆっくりできるのかな。自分のせいで水城さんに迷惑が掛かってるって思ったりしてない?」

「そんな事――」


 無い……とは言いきれなかった。

 最近の八雲の様子を思い出す。少し前までは家のこともちゃんと八雲と二人でやっていたのに、最近は「お姉ちゃんがやるから」と言って私が全部一人でこなそうとしてきた。その度に、八雲はどこか寂しそうな表情を浮かべていた気がする。

 もしかすると負担を掛けまいとする私の行動が、逆に八雲を追いつめていたのかもしれない。


「ねえ、さっき言ってた、自分のせいで迷惑を掛けているんじゃないかって話。それって、八雲が言ってたの?」

「え? いや、そう言う訳じゃないけど……」


 基山は気まずそうに視線を逸らしたけど、この反応、八雲は実際に言っていたと見ていいだろう。

 もしかしたら直接そう言ったわけじゃないのかもしれないけど、それに近い事を基山に話していたのかもしれない。なのに一番近くにいる私が、その事に気付いていなかったなんて。


「私のせいで八雲が悩んでいたのかなあ」


 ぽつりと漏れてしまった自分の言葉に、泣きたい気持ちになった。

 反省すべきは、八雲の気持ちに気付いてあげられなかった事だけじゃない。体調が悪かったことだって、私は連絡を受けるまで分からなかった。原田さんや基山は様子を見ただけで分かったっめいうのに。


 八雲は私が育てるなんて息巻いていたけど、これではあまりに情けない。

 そんな落ち込む私を慰めるかのように、基山は口を開く。


「水城さんは、十分頑張っていると思うよ。でも、ちょっと気負いすぎているのかも。一人で何とかしようとしないで、もう少し周りを頼ってみたらどうかな」

「でも、それじゃあ迷惑掛けちゃうじゃない」

「それは仕方がないよ。一人で何でもできるわけじゃないんだし。八雲だって、頼ってもらえた方がきっと喜ぶよ。大丈夫、八雲は水城さんが思っているよりもずっと頼りになる子だから」


 返す言葉もなかった。自分で何とかしなきゃなんて思っていたけど、実際私は十五歳の高校生だ。一人で何でもできるほどのキャパを持っているわけじゃないもの。


「だから、そう落ち込まないで。上手くいかないこともあるかもしれないけど、そういう時こそ家族でちゃんと話し合ってみたらどうかな。きっと一人で悩んでいるよりも良いだろうし、ちゃんと相談してもらえたら八雲だって喜ぶよ。あの子、お姉さん想いだし」


 基山の言う通り、自分が楽をしたいからではなく、二人で生きていくために八雲を頼っても良いのかもしれない。ただ、ただね。


「八雲を頼るのは良いけど、なんだか私より基山の方が八雲をよく分かっているみたいで悔しい」

「えっ?」


 思わずもれた私の本音に、基山は驚いたような焦ったような顔をする。


「それに、なんだか仲も良いみたいだし。私の知らない所で八雲が基山に懐いているのかと思うとちょっと複雑」

「そんなこと言われても。八雲はちゃんと僕よりも水城さんに懐いてるよ…たぶん」


 分かり易く狼狽する基山。私はそれを見てクスリと笑う。


「冗談よ。今日はありがとう、八雲を診てくれて」

「えっ? まあ、大したことしたわけじゃないし」


 そう言って、今度は照れたように顔をそむける。

 さっきまでは落ち込んでいたけど、基山のこういう反応を見ているとなんだか可笑しくて、少し気が楽になった。正直見ていて可愛い。クラスの女子が可愛がる気持ちも、今ならわかる気がする。

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