新生活とお隣さん 3

 モタモタしてたら、昼食を食べ終える前に昼休みが終わってしまう。

 普段ならまだしも今日のお弁当は、寝坊した私に変わって八雲が作ってくれたものなのだ。食べずに終わるだなんてあまりに勿体無い。

 そう思いながらサラダに箸を伸ばしていると、それを見た霞が言ってきた。


「なんだか今日のお弁当美味しそうだね」


 そりゃあ、八雲お手製のお弁当だからね。普段私が作っている物よりも良さげだという事なのだけど、弟が作ったお弁当が褒められるのも悪い気はしない。


「今日のお弁当は八雲が……弟が作ったからね。実は今朝寝坊しちゃって、そしたら用意してくれたのよ」

「そんなことがあったんだ。良いね、優しい弟君がいて」

「まあね。けどねえ、私としては八雲にはもっと、のびのび過ごしてもらいたいのよ。弟に苦労をかけるなんて本当はしたくないんだけどねえ」

「ふふふ、なんだかさーちゃんってお姉さんだけど、お母さんみたいなところもあるね」


 そうかもね。

 母さんは死ぬ前も仕事が忙しく家を空けることが多かったから。その間八雲の面倒を見ていた私が、お母さんみたいだと言われても否定はできないかも。

 亡くなってからはより家事をするようになり、バイトまで始めて家計をやりくりしているので、同年代の子と比べて所帯じみている自覚はある。まだ高校に入学したての十五歳だというのに。


「でも、弟君って料理得意なんだね。一口ちょうだい」

「ん。じゃあ、卵焼きで良い?」


 霞に卵焼きを渡し、自分も同じものを口に運ぶ。冷めているけど程よい甘みと塩加減のバランスがよく、中々美味しい。


「サラダも食べる?」

「ありがとう。あ、でもトマトはちょっと苦手かな」


 サラダの中にあるプチトマトを指す霞。

 あ、トマト嫌いだったんだ。


「嫌いというより、ちょっと嫌な思い出があってね。小学校の時、給食の時間にふざけた男子がトマトをぶつけてきたことがあったの。その時着ていたお気に入りの服が汚れて。それ以来食べられないことはないんだけど、わざわざ食べなくても良いかなーって思うようになって」

「なるほど、酷い男子ね。私がその場にいたらその男子の頭から熱々のカレーをかけてやったのに」

「さーちゃん怖いよ。でも本当にあの時は嫌だった。洗っても落ちなくて、シミがまるで血みたいになったから、家に帰るまですれ違う人が二度見してきたんだよ」


 ああ、確かにそれは嫌だ。


「おまけにぶつけてきた男子からは、まるで血みたい。行儀の悪い吸血鬼みたいだって言われてねえ」

「自分が汚しておいてあんまりな言い草ね。私がその場にいたらしかえしにペンキでもかけて全身真っ赤に染めてやったわ」

「全身真っ赤な男の子が歩いていたら、完全にホラーだよ」


 霞は若干顔を引きつらせながら笑う。そういえば、吸血鬼で一つ思い出した。

 さっき話題に上った基山の方をチラリと見る。私は基山が吸血鬼だと知っているけど、入学してから基山は自分が吸血鬼だと言う事を、おそらく誰にも言っていない。

 男子のことはよくわからないけど、少なくとも女子の間では知っている子はいないようだ。そう言えば最初会ったとき、結局基山は吸血鬼であることを否定しなかったけど、肯定もしていなかった。

 理由は分からないけど、もしかして隠したいのではないだろうか。言わなければいけない義務があるわけでもないし、問題はないんだけどね。

 まあいいか。どうせ私には関係ないんだし。


 浮かんだ疑問を早々に打ち切した私は、プチトマトに箸を伸ばすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る